第14話 【無能】で【不良】な王子様 その二

「鳥捌くって……狩りでもするつもりですか?」


 ルトの突拍子もない言葉に言葉に困惑する一同。

 だが、ルトはそんな部下たちの疑問に答えることなく、『良いからついて来い』と身振りで指示を出し天幕を出ていった。慌てて部下たちが後を追うと、何故かルトは天幕の直ぐ傍で空を見上げていた。

 そしてそのタイミングで、薪を手にしたアズールがやってくる。


「ルト様。薪と塩をお持ち致しました」

「ありがとうアズール殿。それらはそこら辺に置いといてくれ」

「かしこまりました……?」


 アズールに指示を出しながらも、ルトは空を眺めるのを止めない。そんなルトの様子を不思議に思ったアズールは、薪と塩を置いてから部下たちの方に近寄っていく。


「……ルト様は一体何を?」

「いやそれが、我々も何が何だが……。鳥捌くから手伝えと指示されたんですが、何故か殿下はあの状態でして」

「鳥……? 野鳥狩りでもするつもりですか? 流石にそれは許可が下りないかと」

「それは俺たちも言ってるんですがねぇ……」


 かなり自由な日々を送っているルトであるが、立場的には侵攻軍の捕虜だ。侵攻軍側にも体面というものがある以上、一時的であっても管理下を離れるような行為が許可される訳がない。監視付きで軍から離れるぐらいなら万が一程度の確率で許可が降りるかもしれないが、武装に関しては間違いなく許可は下りない。ルトが魔神格の魔法使いであり、その気になれば脱走どころか侵攻軍を壊滅させられることができるとしても、そこだけは軍として譲れない一線なのだ。

 故にこそ、部下たちもアズールも首を傾げているのである。『口ぶりからして野鳥でも狩るつもりなんだろうけど、狩りにすらいけないのにどうするつもりなんだろう?』と。


「来たか」


 だが、ルトはそんな彼らの疑問に答えることなく、空を眺めながら一言呟き。



 ──次の瞬間、空から一羽の野鳥が降ってきて、ルトの直ぐ近くの空中で静止した。



「お、『強筋鴨』か。こりゃ運が良いな」

「「「「……は?」」」」


 そのあまりに予想外の光景に、ルトを除くその場にいた全員が目を見開き絶句する。

 だが、驚愕はそこで終わらない。


「散れ」


 ルトの言葉と共に、鳥の全ての羽根が飛散する。そうして残ったのは、丸裸となり食用へと加工され『鴨肉』である。


「うし」

「……で、殿下。満足そうなところ悪いんですが、幾つか質問をしても?」


 皆が衝撃的かつ摩訶不思議な光景に絶句する中、漸く驚きから復帰した部下の一人が声を上げる。


「何だ?」

「まず、その鳥は何故降ってきたんです……?」

「ああ。今さっきまで空見てたろ? アレ、適当な鳥が真上を通るの待ってたんだよ。で、通ったタイミングで『心臓』の動きを魔法で凍結させた」

「そんなことが可能なんで!?」

「戦場全体を範囲にできるんだぞ。横を縦にすればいけるに決まってるだろう」

「……空中で止まったのは?」

「地面に激突してグチャグチャになったら台無しだからな。だから空中で動きを凍結……というより停止させた」

「……鳥が一瞬で丸裸になったのは?」

「羽根だけ凍らしたんだよ。そして凍らしたものなら、あんな感じで自在に動かすこともできる」

「アンタ本当に無茶苦茶だな!?」


 全ての質問を当然とばかりに言ってのけるルトに、堪らず部下たちが声を上げた。ルトが魔神格の魔法使いという出鱈目なのは理解していたが、今回のそれはあまりにもベクトルが違い過ぎたのである。


「何かもう前々から思ってたんですけど、殿下の魔法ちょっとおかしくないですか!? 凍らせる魔法なのは分かりますけど、使い方とか色々とヤバ過ぎますって! 特に遠距離からの心臓停止とか! 物騒過ぎますよそれ!」

「何言ってんだ。戦場そのものを氷漬けにさせる方が物騒だろうが」

「いやそうですけどね!?」


 理屈的にはルトの言葉は間違っていないのかもしれないが、それ以上に状況的に間違っていると部下たちは叫ぶ。何故そんなピンポイントで任意の生物の心臓を停めるという、如何にも『暗殺向き』な使い方をアズールの、帝国側の監視役の目の前で披露してしまったのかと。

 そう内心で頭を抱えながらも、部下たちはチラリとアズールの方へと視線を向ける。だが意外なことに、アズールはルトの滅茶苦茶具合に呆れてこそいたが、警戒心や危機感の類を浮かべてはいなかった。暗殺用としか思えない魔法の使い方を目にした筈なのに、である。


「……あの、アズール殿?」

「何でしょうか?」

「今その、うちの殿下が結構ヤバいことやったのですが、その辺は大丈夫なんですか?」

「それは『どうやっても病死としか処理できない理想的な暗殺魔法』のことを言っているのですか?」

「……そうっすね」


 やはりというべきか、アズールは先程ルトが見せた魔法の脅威を正しく認識していた。

 そう。ルトの【遠距離型強制心停止魔法】の真に恐ろしいところは、遠距離から問答無用で人を殺せることではなく、一切の『証拠』も残さずに殺せる点にある。心臓停止は誰にでも、特に高齢の者なら唐突に起こり得るものだ。もし被害者に外傷がなく、毒物の形跡もなく、現場に争った形跡もないとなれば、それは病死として処理する他にない。更には効果範囲が少なくとも戦場一つ分は存在する為に、ルトが被害者の近くにいる必要すらないのだ。

 その気になれば一切の証拠を残さず容易く要人を、それこそ皇帝すら自然な形で暗殺できる魔法。それが今ルトが使った魔法の実態である。


「……あの、うちの殿下にそんな悪気はないので。見ての通り鳥を取るぐらいの認識でしか使ってないので。そんな暗殺なんて大それたことは多分考えてないので……」

「どうかその、危険因子として排除するのだけは……」

「お前ら俺を何だと思ってるんだ」

「えっと、排除など一切考えてないのでご安心を……」


 冷や汗を浮かべて必死に弁明をする部下たちに対し、ルトはジト目を。アズールは苦笑を浮かべる。


「いやだって! 普通に考えてそんな魔法使える奴、それも敵側から来た奴を信用できないでしょう!?」

「阿呆。んなこと言ったら『認識凍結』の話が上がった時点で動いてるわ。アレだって十分にヤバい類の魔法だぞ」


 ルトがランド王国で過ごしていた際、暇潰しで街へと繰り出していたことは、既にクラウスを筆頭とした侵攻軍の高官たちには広まっている。当然、その手段たる認識凍結、即ち『他者の中にあるルトという概念を凍結させることで一切の知覚を不可能にさせる魔法』のことも耳に入っている訳で。

 理想的な暗殺魔法なのはこちらも同じだ。いやむしろ、暗殺だけでなく『盗難』にも使えるのだからこちらの方が脅威度は高い。それでも尚、侵攻軍がルトの排除に動いていないのだから、それはつまりそういうことなのである。


「そもそもお前らの認識が間違ってるんだよ。魔神格の魔法使いの射程を考えろ。街の外からでも対象を周囲諸共消しされるんだ。暗殺向きとかそういう問題じゃねぇんだよ。魔神格がその気になったら、大抵の襲撃は防げないし、襲撃者不明で終わるんだぞ? その時点でどうしようもないだろうが」


 無論、その場合も可能性として魔神格の名が挙がりはするだろうが、まず間違いなくそれだけで終わる。何故なら不確かな可能性で魔神格の不興を買うような行為は国として避けたいから。更に言えば、例え拘束に動いたとしても抵抗された場合は敗北が必至であるから。

 当然、そうした不干渉には限度がある。如何に相手が魔神格といえど、おイタが過ぎれば帝国とて見過ごせない。無法を許せば国家の面子が潰れる故に。だが逆に言えば、おイタが過ぎなければ国家は見過ごすしかないのである。『国家の面子』の方に天秤が傾かない限りは。


「そうした出鱈目と長年付き合ってきたのが帝国だ。その辺の匙加減は筋金入りさ。つまりお前らの心配は杞憂でしかない。だろ? アズール殿」

「ルト様の言う通りでございます。我々は新たな同胞となるべき御方を疑うような愚を致すことはございません」


 ルトの言葉にアズールもまた頷く。そんな『もしも』の可能性に恐慌し、魔神格の排除を試みようとする愚者は帝国には存在しない。何故なら帝国を動かす全ての者が、炎神の齎す恩恵と敵対した時の絶望を幼少の頃から叩き込まれる故に。

 歴史が証明しているのだ。国すら焼き尽くす超戦力を六代に渡り仕えさせた実績を持つ国が、そんな悪手を打つ訳がないと。


「……まあ、それはそれとしてルト様の魔法がおかしいという点には同意しますが」

「ん? 何故だアズール殿」

「いえ。炎神様は炎熱を自在に操りますが、ルト様程色々な応用を行ってはいらっしゃらないので……」

「そりゃ単に使ってないか、気付かせてないかのどっちかだな。魔神格が操るのは『概念』というあやふやなもの。使い手の認識次第で応用なんて幾らでも効く。解釈の仕方によってはそれこそ無限の使い方があるんだ」


 事実として、ルトは『凍結』の概念を操るが、その力は物理的な凍結だけに留まらない。人の認識などというあやふやなモノを対象とする。凍結を操れる以上は『氷』も操れるという拡大解釈から、氷を生み出し自在に操る。『凍結』は『停止』に転ずると解釈することで、万象の動きを停止させるetc.....。単純な力だけではなく、無限に等しき手札を備えていることも魔神格の恐ろしさなのだ。


「なるほど……」

「ま、兎も角だ。そういう小難しい話はひとまず置いとけ。今はコイツの調理が先だ」


 そう言って、ルトは丸裸となった強筋鴨を掲げてみせる。



 ーーー

 後書き

 まず一つ修正点が。アズールちゃんが持ってきたものに『塩』を追加しました。味付け無しは流石にアレなのでね! 前話の部分も修正致しますので、よろしくお願いします。

 次に、書いてて長くなったので分割しました。本当だったらチャチャッと調理工程まで済ましたかったのですが、ルトのスペック描写が長くなりまして。

 最後。Twitter始めました。モノクロウサギ@monokakiusagi

って名前です。詳しくは活動報告に載せるので、気になる方はフォローおねしゃす!

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