第12話 仮面、再び

『限定的停戦協定



 一.フロイセル帝国軍(以下・侵攻軍)は、ランド王国内におけるレンバート砦以降への領土侵攻を禁ずる。


 二.侵攻軍は、現時刻を持ってランド王国内における積極的な武力行使を禁ずる。但し、ランド王国軍を始めとした敵対勢力への防衛の際は武力行使を認める。


 三.ルト・ランド率いる砦防衛部隊(以下・ルト部隊)は侵攻軍の捕虜として扱われる。但し、侵攻軍はルト部隊に対して生命と尊厳に配慮した待遇を保障する義務を負う。


 四.ルト部隊は生命と尊厳を侵害するような内容を除き、侵攻軍の指揮下に入り従う義務を負うものとする。


 五.上記の項目が守られている限り、ルト部隊は侵攻軍に対するあらゆる敵対行為を禁ずる。



 以上を協定とし、ルト・ランド/クラウス・ユリウス・フロイセルの名のもとに遵守することを誓う』



「……とまあ、こんな感じで話が纏まった訳だ」


 先程完成した協定書を片手で弄びながら、ルトは肩を竦めてみせる。

 現在ルトがいるのは部下たちの為に用意された侵攻軍の天幕である。交渉が無事に終わり、本国からの指示が下るまでクラウスのもとで待機することになった為に設けられた物だ。

 指示が下されるまでは、彼等はひとまずこの天幕で生活することになる。因みに、ルトには事実上の賓客ということで専用の天幕が与えられていたりする。

 そうでありながらわざわざ部下たちの天幕にルトが顔を出しているのは、これまでの経緯とこれからについてを彼らに説明するためである。


「ひとまずコレで一段落。あとは向こうの指示待ちとは言え、そこまで変なことにはならんだろうよ」

「「「「は、はぁ……」」」」

「……何だお前たち。やけに返事が上の空じゃないか」


 祖国の滅びが一時的とは言え回避され、事実上の救国の英雄となったことが決定したというのに、どういう訳か部下たちの返事に力が感じられない。

 何故もっと喜ばない?と首を傾げるルトに対し、今回の件をルトの次に詳しいであろうハインリヒが声を上げる。


「仕方ありますまい。停戦とかそれ以前に、我らは殿下が魔神格の魔法使いということに驚いているのですから。なにせ長年傍に控えていた私ですら驚き、未だに現実を受け入れきれていないのです。彼らが上の空になるのも分かるというもの」

「何だそこからか。ありのままに受け入れろ。以上」

「「「「雑過ぎやしませんかね!?」」」」


 説明もへったくれもないルトの対応に、放心気味であった部下たちも流石にと抗議の声を上げる。


「阿呆。隠してた理由の大半は既に話したろうが。んで、それを受け入れるのはお前ら側の問題だろ。俺は知らん」

「いやまあそうなんですけどね!?」

「そこはもうちょい情緒とかを汲んで頂けませんか!?」

「こちとら『報われぬ主だろうと我らは最後まで支えてみせる!!』的な気概でいたんですよ!? それが蓋を開けたら魔神直属の配下とかいう、えげつない肩書きが生えてしまったのを理解して欲しいっす!!」

「やかましいわ馬鹿者ども!! いい歳したオヤジたちが若い娘みたいにピーチクパーチク騒ぐんじゃない! ここは他所様の陣地だってことを理解しろ!」


 やいのやいのと騒ぎたてる部下たちを一喝し、ルトは天幕に備え付けてあった椅子にドカりと腰を降ろした。


「ったく。お前らの方に大して害は無いんだから騒ぐな。むしろこれから面倒事が待ち受けてる俺をいたわれよな」

「面倒? 交渉は円満に纏まったんですよね? その割には内容ペラッペラでしたが」

「馬鹿。解釈を持たせやすいように敢えて内容は薄くしてるんだよ。そもそもここで交わされたのは、向こうの皇帝陛下からの指示が下されるまでの一時的なもんだ。それをガチガチに固めてどうするんだ」


 ルトたちの所属が表面上はランド王国で、事実上の独立勢力であるからこそ正式な書面としての形を残したが、文言の大半が体裁を整える為の形式的なものでしかない。

 なにせルトたちにはこれ以上侵攻軍と敵対する理由もメリットもなく、侵攻軍側としても戦力でルト陣営が上回っている状況で無体なことなどできる訳がないのだ。

 もはやルト陣営は侵攻軍の事実上の同盟戦力であり、捕虜や指揮下云々などは協定書を装飾する以上の意味など無いのである。


「今回ので重要なのは、侵攻軍側は『これ以上の侵攻はしません。仲良くしましょう』。俺たちは『敵対しません。仲良くしましょう』。これだけ守ってればあとは自由だ。なんだったら適当にぶらついても構わないとクラウス殿下から言質も取ってるぞ。勿論だが監視は付くがな」

「……いや、さっきまで敵対してた、なんならボッコボコにしてきた軍隊の中を歩き回る度胸は無いです」

「あっそ。なら降ってわいた休暇だと思って、この天幕の中で時が来るまで寛いでろ」

「……そう言ってる殿下が一番寛いでるのですが」

「殿下。流石にその体勢は色々な意味で宜しくないかと……」


 自然な動作で近場にある椅子を集め、足を伸ばした体勢となって寛ぐルトに部下たちは呆れ、ハインリヒは頭を抱えて苦言を零した。当然である。


「知るか。堅苦しい仕事を終えて疲れてるんだ。多少ダラけるぐらい目をつぶれ」

「いや殿下、アンタ仮にも王族でしょう。なんなら帝国とも交渉できるようなトンデモない肩書き持ちでしょう。そんな方がそんな場末のチンピラみたいな態度なのはちょっと……」

「良いだろ別に。それにこれから山程面倒事が押し寄せてくるんだ。それまでぐうたらっぷりを全面に押し出してもバチは当たるまいよ」

「え、さっきご自分で休暇みたいなもんだって言ってませんでした?」

「それは返事が来るまでだ阿呆。いやまあ、返事が来たところでお前らの方はさほど面倒事はやってこないだろうが、俺は違うんだよ」


 そう言って実に億劫そうにため息を吐いた後、ルトはこれから起こるであろう面倒事とやらを語っていく。


「お前たちも知っての通り、魔神格ってのは単体で国家を蹂躙できるようなトンデモ戦力だ。そんな人の形をした災害みたいな奴が、何でか知らんが大した対価も必要としないで自分を売り込んできてる。それが今の帝国側からの認識だ。お前らならどうする?」

「そりゃまあ、何か裏があるんじゃないかと疑いますが……」

「正解。だが、現状では友好的かつ、その理由も比較的納得できるものだ。それでいて話を持ってきたのは、俺と違って有能で知られる第二皇子。となれば、真っ向から疑うような真似はできん」


 もし妙な嫌疑を掛ければ、取り次いだ第二皇子の面子も潰すことになるし、なにより魔神格などという超戦力の不興を買いかねない。

 折角の友好的な態度が敵対的になるのは、帝国としても絶対に避けたい。

 もし不興を買って国内で暴れられれば、幾ら同格の炎神がいるとはいえ被害が甚大となるのは明らか。

 そうでなくとも魔神格という超戦力が他国へと流れたら、それこそ法国にでも流れたら目も当てられない。


「そうなると帝国の打てる手は一つ。全力の懐柔だ。地位、財産、女。あらゆる手を使って俺を取り込みに掛かるだろうな……」

「あー、確かにそれは殿下からしたら面倒事に他ならないですね……」

「社交とかそういうの大っ嫌いですもんね殿下」


 全身で面倒だという雰囲気を発するルトに、その場にいた全員が納得の声を上げる。

 気怠げでだらしのないその姿は、先程までクラウスたちの前で見せていた、強かと覇気を兼ね備えた『英雄』の風格とは真逆もいいところ。

 もしクラウスたちが今のルトの姿を見れば、色んな意味で唖然としたことであろう。

 だが、彼らルトの忠臣たちにとっては今のルトこそが慣れ親しんだ姿である。

 これによって漸く、心の中に僅かに残っていた『畏れ』の感情が彼らの中から全て洗い流されたのであった。


「まあ、良いじゃないですか。確かに社交とか面倒かもしれませんが、女だったら男として大歓迎では?」

「そうっすよ。殿下は帝国側からしても絶対に取り込みたい重要人物なんでしょ? ならどんな美女や美少女だってよりどりみどりじゃないっすか。帝国の貴族のお嬢様だって狙えるかもしれませんぜ?」


 普段の調子を取り戻し、下世話な励ましを送ってくる忠臣という名の馬鹿者たちに、ルトは盛大にため息を吐いた。


「黙ってろエロオヤジども。というか馬鹿野郎。よりどりみどりとかそういう領域じゃねえし、貴族のお嬢様なんて当然の如く割り当てられるに決まってるだろうが。どっかの高位貴族のお嬢様と婚約、そこから妾も宛てがわれて囲い込みからの種馬路線は確定だよ馬鹿が」

「「「「へ?」」」」


 ルトの予想外の返しに、エロオヤジたちは揃って間抜けな声を上げる。

 揶揄いの言葉が全肯定され、いやそれどころか上回る予想が主から飛んできたのだ。それはもう恐ろしいぐらいに驚くのも当然である。

 だが、ルトが語るのもまたある意味で悲しい『当然』であった。


「良いか? 物理を除けば、人を縛るのに尤も適しているのは『情』だ。感情は時に理性すら超えるんだから当然だな。で、家族には当然ながら『情』が湧く。場合によってはそれこそ際限なくな。世帯を持つのはその地に根を張るのと同義。複数の女を娶り、それに応じた子供ができれば、それはもう立派な柵さ。ましてや貴族の嫁となれば、そりゃもう鉄格子の如きだよ」


 国に仕える貴族の娘を娶れば、それは事実上の貴族の仲間入りだ。

 嫁と円満な関係を築いていればいるほど、それは『楔』としてこの上ない効果を発揮するであろう。単純にルトを縛る鎖としても、何かあった時の為の弱味としても。

 勿論、夫婦関係が冷えきっていれば楔の効果は皆無に近いが、そんなことはまず有り得ない。

 なにせ祖国すら必要とあれば捨ててみせる程のフットワークの軽さと、魔神としての力を保持するルトに宛てがわれる娘なのだ。

 天下の帝国が、そんな政治的判断のできない馬鹿を押し付けてくる訳が無いのである。

 まず間違いなく、ルトに宛てがわれる娘たちは容姿に優れ、器量に優れた者たちだ。それでいてルトの好みに合わせ、都合の良い理想の嫁を演じることのできる才を備えているであろう。


「妻子でもって帝国に縛れれば良し。更に交渉の材料となるぐらいの弱味となれば尚良しって具合に、全力で女を宛がってくるだろうな。……あとは、貴重な魔神格の血を帝国に残す為にも。血で継承される類の力でないのは炎神様によって証明されてると思うが、それでも万が一って感じで盛大に腰を振らされる未来が待ってるだろうよ」


 やさぐれた顔で零すルトに、流石のエロオヤジたちにも揶揄う気持ちは湧かなかった。


「……それは、なんというかご愁傷様でございます」

「本当にな……。ハーレムなんて男の夢だなんて言うが、複数人を嫁に迎えるとか絶対にダルいぞ。それなら娼館通った方がマシだっての。それかそういう飲み屋で女を侍らせるか。金で途切れる関係の気楽さの方が俺は好きだよマジで」


 そう言いながら、ルトは高確率で訪れるであろう未来に項垂れるのであった。


「……ところで殿下。今の口ぶり的に女性との経験がお有りですよね? 確かに王族の方なら、一定の年齢で経験を積まされるものではあります。しかしこのハインリヒ、殿下に仕えてからその手の話は一度も伺っていないのですが……」

「ん? ああ、そりゃアレだ。暇を拗らせ過ぎた時とか、王城の人間の俺に対する認識を凍結させて抜け出してたんだよ。んで、適当に街をぶらついてな。王族として支給される金使って、そういう店にも出入りしてたんだわ」

「……なんという……!!」

「アンタ仮にも王子の癖してそんなことしてたのか!?」

「そりゃあやけに庶民の事情に通じてる訳だよこの王子!!」

「もう【無能王子】じゃなくて【不良王子】に変えた方がいいって絶対!!」





 ーーーー

 あとがき

 ついにランキング上位に踊り出たんですよこの作品。びっくりっすね。

 それはそれとして、皆様の誤字OKのお声に感動で打ち震えております。寛大な心に大変感謝。

 あと、このあとがきも妙に人気なようで驚きです。面白い性格してるよね的なコメントもあって照れりこ照れりこですな!……いやまあ、ぶっちゃけると私の性格なんてマトモじゃないのは当たり前というかね? 私が書いてるもう一つの作品見ました? あんな狂人を主人公に据えてる時点でその作者がマトモな頭してる訳がね?

 気になる方は是非見てね(隙あらば宣伝)! ついでに評価してくれると作者の口角が上がるよ!



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