第3話 強大なるフロイセル帝国

 ルトの命令により、殿部隊に自ら志願した五十三名が砦内の広場へと集まった。

 五十強の兵士が一切の乱れなく整列するその光景は正に壮観。なにせ彼らはルトの為に進んで死地へと残った勇者たちだ。並の兵士とは面構えからして違う。

 そんな彼らを前にして、ルトはもう一度腹を括った。これ程の気骨と忠義のある者たちだ。無為に散らせることも、祖国を見捨て亡国に導いたという不名誉を背負わせる訳にもいかない。

 そんな覚悟のもと、ルトは彼らの前でゆっくりと口を開いた。


「さて諸君。……いや、こんな怠け者の為に死地へと残った物好きども。良く集まってくれたな。まあ、居るとは思っていなかったが、直前で怖気付いて人数が減ってもいないとは本当に感心するぞ」

「相変わらずお口が悪いですね殿下!」

「皮肉を言わないと人と話せないんですかい!?」

「やかましい! こんな阿呆みたいな状況だぞ!? 皮肉でも混ぜないとやってけないだろう!?」

「「「「違いない!」」」」


 ルトが叫ぶと同時に、集まった兵士全員が笑い声を上げる。

 曲がりなりにも王族で指揮官であるルトの言葉に口を挟み、茶々を入れるなど普通の軍隊では有り得ない光景である。

 しかし、元から己の身分を重要視していないルトからすれば、余計に畏まられるよりはこっちの方が都合が良いと感じており、それ故にこうしたやり取りには極めて寛容であった。

 そんな訳で、兵士がひとしきり笑い終えたところでルトは本題へと入ることにした。


「話を戻すが、今言った通り状況は阿呆みたいに悪い。元凶となったクソッタレは化け物国家を刺激だけして早々におっ死んだ。残ったのは唐突に降って湧いた絶好の餌を前にして目をギラつかせた帝国バケモノと、憐れ阿呆の浅慮によって連座で食われそうになっているわがくにだ」


 ルトの盛大な皮肉は、悲しいことに見事に現実を表していた。

 事の発端となったライズ辺境伯が率いる地方軍は、帝国の報復侵攻によって一日足らずで壊滅。

 辺境伯は戦死が報告され、辺境伯領は恐ろしい速度で帝国に占領されている。

 そして侵攻の大義名分を手に入れた帝国は、その勢いのままランドの全てを呑むまで決して止まらないだろう。

 対して、ランド王国側には帝国に対抗する手段がない。軍事力では圧倒的に帝国に負けており、他国に援軍を要請しようにも大義名分は帝国にある。

 そのような状態で援軍など出せばそれは自ら帝国の餌になるのと同義である。

 よしんば帝国側に名分がなくとも、ランド王国が援軍を要請できるよう友好国に、帝国軍と戦える軍事力を持つ国などない。……そもそもの話、援軍を要請したとしても、それが到着するまでにランド王国が存続してる可能性はほぼゼロなのだが。


「取り敢えず、帝国軍の戦力分析も兼ねて、如何に【帝国】がヤバいかということを説明していく。……まあ、大半がお前たちとっても既知なことだろうが、確認と情報の共有の意味もあるから黙って聞け」

「「「「ハッ!」」」」


 全員が頷いたことを確認してから、ルトは己が知り得る帝国についての情報を語り始めた。


「帝国、正式名称【フロイセル帝国】。人類未踏の地を除いた場合、国土だけでこの大陸の四分の一を支配下に置くような化け物国家だ。属国を含めればその影響力は大陸の半分近くに及ぶかもしれん。国力、軍事力、技術力では他の追随を許さない超大国だな」


 因みに、ランド王国の国土は帝国の十〜二十分の一程度である。

 肥沃な大地と恵まれた鉱石資源が眠る土地をおさえていたが為に、小国の中では上位の国と見なされていたが、やはり大陸の覇者の片割れとは比べものにならない。


「そんな国力からして我が国とは段違いの帝国であるが、主な脅威は三つに集約される。


『大陸で最も発達した魔術体系』


『大陸屈指の工業技術』


『単騎で軍に匹敵する超戦力の保有』


 この三点だ」


 そう言ってから、ルトは一つ一つの特徴を挙げていく。


「まず一つ目。『大陸で最も発達した魔術体系』だが、これは晩年の先々代皇帝と先代皇帝が取り組んだ魔法の編纂の成果だ。当時の帝国、ついでに言うと現代でも大半の国では、【魔法】は一族の中でのみ継承されてきた秘匿技術とされている。これは魔法を使えば常人ではなし得ない奇跡を引き起こせることと、かつての権力者たちが特権階級にあることを正当化する為に主張したことが要因だな」


 大陸において【魔法貴種理論】と呼ばれているそれは、今でも貴種と呼ばれる人種の中で根強い支持を得ている主張論だ。

 要約すれば、『魔法を扱い常人ではなし得ない奇跡を引き起こせる我らは、只人を従え導く義務がある。

 故にこそ、その象徴たる魔法は選ばれた者のみが扱うべき代物なのだ』と言った感じで、自分たちが特権階級にいること魔法の秘匿を正当化しているのである。


「まあ、こんな頭お花畑な主張はただの建前で、実際は叛乱等が起こった際に魔法使いが増えてたら面倒だからってのと、魔法の才能が遺伝性、血によって継承される側面が多いことから、変に他と混ざって血が薄れないようにしたいってのが統治者や魔法使い側の本音だろうがな」


 尚、建前の方を熱心に信じてしまっている困ったちゃんも相応の数がいるのが現実である。


「殿下も一応は統治者側ですよね? 良いんですかいそういうこと言って」

「統治関係の仕事には一切関わってないから良いんだよ。大半の仕事にも関わってこなかったがな」

「だから無能って言われるんですよ殿下……」

「優秀でも仕事しなければ無能扱いも順当ですなぁ……」

「阿呆。継承権下位が下手に有能だと面倒だろうが」

「そりゃそうでしょうけど……」


 まあ、実際は今言った理由を建前に本気でサボってもいたのだが。基本的には怠惰なのがルトの性質である。


「兎も角だ。そんな統治者側の常識を蹴っ飛ばしたのが、お隣の偉大なる先々代皇帝と先代皇帝だ。二代に渡る恐ろしき政治手腕で反発を抑え、帝国の各一族が秘匿する魔法の情報を開示させ、更には失伝した魔法の研究や、故郷から追放されたりして流れてきた魔法使いを集めるなどして、積極的に研究。その集大成として【魔術】という新たな学術体系を構築してみせた。その結果、帝国の【魔術師】、各国でいうところの魔法使いの技量は格段に上がった」


 長く一族の間でのみ秘匿されてきた魔法は、魔術として体系化されることで恐ろしい程に洗練された。集まった多くの魔法についての情報から、育成における無駄は省かれ、効果的な鍛錬方は共有され、新たな発想が生まれた。

 更には特定機関に所属することが条件付けられたとはいえ、魔術を習得する為の間口が大きく開かれたことで、魔術師の人口そのものが増大した。

 その結果として、在野に埋もれていた突然変異のように魔法の才に溢れた者なども続々と発掘され、帝国は一気に魔法大国としての地位も大陸で獲得したのである。


「今でもかなりの魔法使いが軍に所属しているが、この流れは恐らく止まらない。下手すりゃ軍に所属する兵士の十人に一人が高学歴の魔法使いとかいう、他所からすると悪夢の軍隊が完成するぞ?」

「……確かにありゃ本当におっかなかったすね」

「魔法部隊とか大抵の国じゃ切り札扱いなんですがね」

「数部隊に最低一人は魔法使いが存在するとかえげつないにも程があるよなぁ。こっちが基本剣や弓でちまちまやってるのに、向こうだけ銃や大砲に加えてドカンドカン魔法を撃ってくるんだぜ?」


 先の衝突、という名の一方的な蹂躙を思い出したのか、兵士たちが口々に恐れの言葉を述べ始める。

 事実として、魔法使いというのは戦場において最も恐ろしい存在である。

 戦場で大きな破壊力を発揮するとなれば火器の類であるが、戦場で運用できる質のものを製造するには高い技術力を必要とする。

 ある程度の国力がなければ戦場で効果的な数を揃えることができない為に、小国などでは未だに剣や弓が戦場の主体となっている程だ。

 そんな中、ただの人が数人纏めて吹き飛ばすような遠距離攻撃を任意のタイミングで放ってきたり、岩を砕くような剛力で暴れ回るなど悪夢以外の何者でもないのである。

 魔法使いとは火器の類を揃えられない国家が頼る戦場の決戦兵器であり、そんな決戦兵器を大量に揃えているのが帝国なのだ。


「ま、一つ目の理由だけでも帝国と争うべきではないのは明白だが、悪いことにまだある訳だ。ということで二つ目。『大陸で最も発達した工業技術』だ。技術力の差って言うのはそれだけで恐ろしい。なにせ我が国では高級品で通ってる火器の類すら自国で生産して数を揃えられちまうんだからな。更に言えば、魔術と工業を掛け合わせた新しい技術革命とかいう、他国からすれば恐怖以外の何者でもない代物が登場した。……と言っても、これは俺も人伝に聞いてるだけで詳しくはない。一応、耳にした情報を纏めて考察はしてみたが、人に依らない形で魔術を発動させたり、魔術の効果を底上げしたり、魔術で発生する現象と物理現象を掛け合わせてみたりと、まあ手広くやっているようだ」


 そう言ってルトは説明を打ち切った。如何に聡明なルトであっても、他国の独自技術、それも実際に目にしたことものない噂のみでしか知らない技術を精確に把握することは不可能であるが故に。

 精々が分析という名の空想を羽ばたかせるのが、ルトにできる精一杯であった。


「詳しく分かってないのにそんなに怖がるんですかい?」

「未知の技術はそれだけで脅威だ馬鹿野郎。はっきり言って、噂で聞く帝国の技術力は極めて高い。所詮噂なんてつまらんことは言うなよ? 先の衝突の際に目にした帝国兵の装備品の数々だけで、そこらの国家との差は明白だろ。技術力どころか文明レベルの開きがある! お前たちは木の棍棒と槍、投石だけで鉄の武器と鎧を纏った軍隊に勝てるのか?」

「「「「「無理でございます!!」」」」」

「そういうことだ。そしてこの例えが現実に当てはまりかねないのが帝国だ」


 冗談抜きで時代の最先端どころか未来を走っているのが帝国である。

 こうした技術革命はやがて大陸全土に伝播するだろうが、その時には帝国は遥か先を行っている可能性は極めて高い。

 下手をすると他国の最新技術が、帝国では二・三世代前の技術なんてことが実際に起きかねないのだ。


「そして極めつけが三つ目。『単騎で軍に匹敵する超戦力の保有』だ。帝国において最強と名高い魔法使い【炎神】。魔術発祥の地である帝国で認定された、魔術として分類することができない真なる意味での【魔法】を扱う魔法使い。大陸において現在二人しか確認されていない、個人で軍及び国家を撃破しかねない超戦力。即ち【魔神格】の魔法使いを所持していることだ」


【魔神格】。それはこの大陸においてフロイセル帝国と、帝国に並ぶ大陸の覇者たる【ロマス法国】でのみ確認されている超戦力の魔法使いを指す言葉である。


 ──フロイセル帝国の【炎神】は、たった一度の魔法で敵軍諸共戦場を焦土に変えた。


 ──ロマス法国の【使徒】は、祈りによって万に届く敬虔なる兵士を剛力無双にして頑強たる神兵へと変貌させる。


 タイプこそ違えど、どちらも御伽噺や神話に登場する英雄に比肩する超戦力だ。

 なにより恐ろしいのが、多少の誇張は入っているかもしれないが、このように伝わる逸話が全て事実であること。

 彼の魔神が戦場に降臨すれば絶望しかなく、そうでなくともいつ現れるかと心が休まらない。

 そんな居ても居なくても恐ろしい存在を帝国は保有しているのである。


「ま、流石に件の炎神様は今回の進行には参加してないようだし、最後に関してはそこまで警戒する必要もないが。対法国における最重要戦力であるし、そうそう動かせないのだろう。但し、出てきた場合は現状では一瞬で戦争が終わる」


 それは無論、ランド王国の敗北という形である。


「……取り敢えず、帝国のヤバい所はこんな感じだ。念の為言っておくが、これはあくまで戦力とかそっち方面での分析であり、なんなら今挙げたことですら一部に過ぎない。人材の豊富さとか強固な政治体制だとか、色々恐るべきところはまだまだ存在する。はっきり言って、小国の中ですら無能と呼ばれる俺には底が見えない国だよ」


 そんな国と戦争になってるのだから、一周回って笑うしかないよなぁとしみじみ呟くルトに対して、今度は兵士の誰もが茶々を入れなかった。

 敵対する国の強大さを改めて突き付けられたことで、どうしようもない程に『滅び』の運命を理解してしまったからだ。

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