#61 兄の本気




 慌てて逃げるように階段に戻り下りて行くと、相手も私に気が付いて、猛スピードで追いかけてきた。


 体中クタクタだった私は、あっという間に捕まってしまった。



「はぁはぁ、アミさん、逃げないで下さい、はぁはぁ」


『はぁはぁ・・・』



「アミさんに会う為に来たんです。お願いだから、僕の話を聞いて下さい」


『ごめんなさい。 もう2度と会わないと決めたんです。 お願いだから何も言わずに帰って下さい。お願いします・・・・』


「嫌です。 話出来るまで絶対に帰りません」


「大切な妹が苦しんでいたのに気が付かず、気づいたときには遠く手の届かないところに行ってしまって、何も出来なかった自分が情けなくて悔しくて、凄く腹がたって」

「それに何も相談してくれなかった妹にもずっと怒ってるんです。僕の事散々面倒見てくれたのに、僕には何もさせてくれず、ちっとも頼ってくれなくて。それがようやく捕まえることが出来たんです。 嫌がられたくらいでは離しません」


『そ、そんな・・・』


「兎に角! 落ち着いて話しましょう。 部屋に入れたくないのなら、ドコか喫茶店にでも行って」


 困った

 全然諦めてくれそうにない



『・・・分かりました。 部屋へどうぞ』


 私は諦めて、自分の部屋に案内した。




 クッションを渡して座ってもらい、私はキッチンでコーヒーの用意をした。


 ソウジくんの待つ部屋へ行くと、ソウジくんは昔と全然変わらない背筋を伸ばしたとても綺麗な姿勢で正座をしていた。


『どうぞ』と言ってテーブルにコーヒーを置いて、テーブルを挟んだ向かいに私も座った。


 ソウジくんは「頂きます」と言ってコーヒーに一口つけるとカップをテーブルに置いて

「アミさん、○○大学に合格出来ました! アミさんがずっと応援してくれたお陰です。 アミさんのお陰で母との約束を果せました。 ありがとうございます」


 ソウジくんはそう言って、綺麗な正座のまま、頭を下げた。


『いえ、私は何もしていません。 頑張ったのはソウジくんとエミです』


「もちろんエミさんにも沢山お世話になりました。でもエミさんだってアミさんの存在があったから僕の世話をしてくれていたんです。 全てはアミさんなんです」


『・・・・』


「本当は、アミさんが引っ越してしまった後、直ぐにでも会いに来たかったんです。 でも、僕はただの高校生で無力で、母との約束もアミさんの願いも、まだ何も叶えることが出来ていない半人前で、だから目標の大学に合格出来るまではアミさんに会いに行かないと決めて、それで必死に頑張りました」


「アミさんに会いたかったから頑張ったんです」


『そんなのズルイです・・・そんなこと言われたら追い返せないよ・・・』


「はい、分かってて言ってます。 追い返されたくないので」


『ソウジくん、性格悪くなってる・・・』


「僕はずっとこんな性格でしたよ? 天涯孤独の身でしたので、敵を作らない様に人前では常に敬語で優等生を演じてました。でも心の中ではいつも毒づいて、恨み言を念じてばかりいましたから」


『そ、そうなんだ・・・・』



「とりあえず、単刀直入に今日来た目的を言います」


『はい・・・』


「僕と一緒に暮らしましょう。 兄妹でも友人でも何でもいいです。 僕の傍に居てくれるなら、僕はそれを受け入れます」


『・・・それは無理ですよ』


「どうしてですか? 何か不都合でも?」


『不都合だらけです』


「例えばどんな不都合が?」


『私たちは血縁です』


「そうですね。血縁ってことは家族だから一緒に暮らすのに何も問題ありませんね」


『むむむ』


「他にはどんな不都合が?」


『それは・・・私がソウジくんのことが、好き、だからです・・・』


「奇遇ですね。僕もアミさんが好きです。 好き同士が一緒に暮らすのは自然なことなのでは? これも問題ありませんね」


『ちょ、ちょっと待って下さい! なんで問題無いんですか! 兄妹で好きだなんて大問題ですよ! それに私の好きはソウジくんのと違って、異性として好きなんです!』



「じゃぁ、ちょっと見方を変えてみましょうか」

「アミさんは、将来男性と結婚する気ありますか?」


『いえ、私は一生結婚する気はありません』


「それは何故?」


『私がママの子供だから。 ママの罪を私が背負うって決めたから』


「やっぱり僕達は気が合いますね。 僕も一生結婚する気はありません。理由はくずの血を引いているからです」


「丁度良くないですか? 結婚する気の無い兄と妹、どうせ独身のまま生きるなら、一緒に暮らした方が何かと便利ですよ?」



 なんなんだ、この人は

 さっきから屁理屈ばかり


 あの冷静沈着で理路整然としていたソウジくんとは別人みたいだ。

 ソウジくんの仮面を被った、悪魔か



『ソウジくんに私がクチで勝てるわけないじゃん・・・卑怯だよ・・・』


「僕だって必死なんです。卑怯と思われようと悪魔だと思われようと、首を縦に振ってくれるまでは帰るつもりはありません」


 なんで悪魔って思ったの分かったの!?


 しかし段々ムカムカしてきた

 仕事で疲れるのに

 散々嫌だって言ってるのに


『いい加減にしてよ! 会わないっていってるのに何で来るのよ! もうほっといてよ! 明日も仕事があるんだから帰ってよ! 私、2時間残業して疲れてるんだから!』


「嫌です。帰りません」



 本気を出したソウジくんは、私のどんな言葉にも一切態度を変えず、ビクともしなかった。

 結局この日の話し合いは平行線のまま、ソウジくんを泊まらせることにした。



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