#59 始末を終える




 こちらに移り住んでから8カ月が経っていた。


 ここでの生活は、想像していたよりも大変だった。



 ママは実家に嫌われてて頼れる状況では無かったし、私は変な時期に編入したため、新しい高校では完全に浮いていた。


 私は高校に通いながらも、コンビニでもアルバイトを始めた。

 大学への進学は、既に諦めていた。


 ママもパートの仕事を始めたけど、家のことはほったらかしで、家に居る時はお酒ばかり飲んでいた。


 というか、酒浸りになる様に、私が仕向け続けた。



 春から夏に季節が変わる頃には、私の目から見てもママはアルコール依存症だった。

 その頃にはパートの仕事に行かなくなり、もちろん首になった。


 しかし私は、そんな状況になっても病院へ連れて行くこともせず、お酒を買う為のお金を渡し続けた。



 今ではこの状況は、私の中では我慢比べになっていた。


 アルコール依存症のママが家で暴れるのに耐えながら、ママへ渡す酒代の為にアルバイトを続ける私の心が折れるのと、ママの肝臓がアルコールで壊れて死ぬのと、どちらが早いかの我慢比べ。


 本当は何度も首を絞めて自分も死のうかと考えたけど、そんなことをしたらエミが犯罪者の妹になってしまうと自分に言い聞かせ、なんとか耐えてきた。





 高校1年の冬休み直前、ママに恨み言をぶつけたあの時、私は決意した。


 ママのこと、死ぬまで許さない

 これ以上エミやソウジくんを不幸にさせない為にも、私がママの始末をつける、と。


 














 アルバイトの帰り道、暑さを凌ごうと立ち寄った公園で、木陰のベンチに座って涼んでいると、ふとソウジくんと一緒に市民プールへ行った日のことを思い出した。


 あの日、私が用意したサンドウィッチを食べた木陰とここの雰囲気がよく似ていたからだろう。




『私は一人で何やってるんだろ・・・』


 声に出してしまうと、止まらなくなった。



『ソウジくんとお出かけしたの、楽しかったな・・・』


『もっとソウジくんと遊びたかったな・・・』



『でも、ソウジくんと兄妹だったなんて、そんな酷い話、普通ある?』


『知りたくなかったな・・・』


『こんなことなら、知らなければよかったな・・・』


『ソウジくんと出会わなければよかった・・・』


『ソウジくんのこと、好きにならなければよかった・・・』





 ううん

 違う

 ソウジくんとのこと、後悔なんてしちゃいけない。

 だって、ソウジくんとの思い出を否定することになるから。

 それは、ソウジくんの存在を無かったことにしてしまう。

 私だけは絶対にそれをしちゃダメだ。



 私が恨むべきは、パパとママ

 そして、呪うべきは、私自身





 木陰に涼しい風が流れ込んで、私の疲れた体を癒してくれている様だった。


『もう1度、ソウジくんの歌が聴きたいな・・・』


 



 この日、ベンチで涼みながら辺りが真っ暗になるまで、ソウジくんとの思い出を思い浮かべて、懐かしさに浸った。














 終わりは思ってたよりも早くやってきた。


 夏休みの終わりが間近に迫ってた8月末近く。


 その日ママは深夜にお酒を買いに車に乗って出かけ、そして交差点の信号機に時速80キロのスピードで突っ込み、病院に運ばれた時には既に亡くなっていた。


 警察には、飲酒運転による自損事故として扱われた。





 お通夜とお葬式は、私一人では無理だろうとママの実家が協力してくれた。

 お金や葬儀の手配など全て助けてくれた。


 私は祖父や祖母に土下座して、ママが迷惑をかけたお詫びと、葬儀の協力に感謝の言葉を伝えた。



 お通夜とお葬式は、実家で執り行うことになった。


 喪主は、伯父さん(ママのお兄さん)が請け負ってくれた。




 お通夜の後、ママと二人きりになり、ママの亡骸に話しかけた。


『ママ、ごめんね。 でもママの罪、これからは私が背負うから。 だからママはもうゆっくり休んでね』











 翌日のお葬式には、エミが来ていて驚いた。

 私からはパパにもエミにも連絡していなかったから。


 どうやら祖母がこっそりエミにだけ連絡してくれていたらしい。



 葬儀中に私を見るエミの視線が、凄く辛かった。

 目を背けたくなった。


 でも必死に我慢した。

 エミの前ではもう情けない姿を見せたくなかったから。






 ママの亡骸を火葬中にエミとゆっくり会話することが出来た。



 エミが元気そうで何よりだった。


 高校受験の勉強も順調の様だし、私との約束も覚えてくれていた。



 そしてエミと話していて、私がこれまで何を考えてママに付いて来たのか、何をしてきたのか、エミにはバレているんだ、と気が付いた。


 流石はエミだって思った。

 エミには何でもお見通しなんだって思った。



 こんな私にエミは「一緒に帰ろう」と言ってくれて、物凄く嬉しかったけど、断った。


 私の様な人の道を踏み外した人間が、エミの傍に居てはダメだと痛感したし、ママを死に追いやった私は、この土地でママの魂と一緒に生きて行くことに決めていたから。



 エミには随分と食い下がられたけど、最後には諦めてくれた。



 新幹線のホームで、別れ際エミと抱き合った。

 エミの懐かしい匂いを思い出し涙が出そうになったけど、歯を食いしばって耐えた。


 エミの乗った新幹線が見えなくなってから、その場でしゃがみ込んで声を殺して泣いた。


 お葬式やエミの前では泣かなかった私は、この日初めて泣いた。








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