#58 幸せになる資格
お姉ちゃんが引っ越ししてから3カ月が経った。
私は3年生に進級して、受験勉強に本腰を入れていた。
私にとって、高校受験はお姉ちゃんとの約束だったから。
ソウジ先輩の所にも毎週末自転車で通って、料理や洗濯をして、空いた時間にソウジ先輩に勉強を見て貰った。
ソウジ先輩の方も、大学受験に備え、バイトのシフトを減らして勉強の時間を増やす様にしていた。
ソウジ先輩にとっても、大学進学はお母さんが亡くなる直前に約束してたそうで、そしてお姉ちゃんの願いでもあると言って、今まで以上に頑張っていた。
ウチの方ではパパは相変わらずで、家にはあまり寄り付かなくて、ただ生活費や学費だけはしっかり請求して出させた。
そのお金を使ってソウジ先輩の生活費も1部まかなった。
お姉ちゃんとは引っ越して以来、音信不通のままだった。
ソウジ先輩からだけでなく、私からも何度も電話を掛けてみたけど、出てくれることはなく、2月に入ると番号が使われていないメッセージが流れるようになった。
ママの実家にも電話してみたけど、私が「間宮」と名乗ると何も答えずに切られてしまい、取りつく島が無かった。
更に半年経った頃、ママの実家からママが亡くなったと連絡があった。
夜中に飲酒運転して、自損事故してそのまま亡くなったそうだ。
ママの訃報を聞いて動揺したけど、同時にお姉ちゃんが何をしようとしてたのか、判った。
判ってしまうと、お姉ちゃんと別れた時以上に後悔の念に襲われた。
お姉ちゃんはきっと、ソウジ先輩の代わりに、ママに復讐したんだ。
お姉ちゃんは、あの冬休みの頃からここまでの覚悟を決めて、そしてそれを実行する為に、ママに付いて行ったんだ。
私はソウジ先輩には、ママの死も、お姉ちゃんが考えてたことも話さなかった。
でもひと目でもお姉ちゃんに会いたくて、ママの葬式に出る為、直ぐにママの実家へ向かった。
葬式には”安藤エミ”と名乗って参列した。
斎場に入ると、親族の席にお姉ちゃんは座っていた。
お姉ちゃんは長かった髪をバッサリと切っていて、ショートカットになっていた。
葬式の間、ずっとお姉ちゃんを見続けていたけど、お姉ちゃんは無表情のまま座り、ずっと正面だけを見つめていた。
焼香の時に親族席に向かって頭を下げると、お姉ちゃんは初めて私に気が付いてくれた。
私を見て、目を見開いて驚いた表情を一瞬だけして、直ぐに無表情に戻っていた。
式が終わり火葬場に移動して、待っている間にようやく二人きりなれて、ゆっくり話すことが出来た。
『エミ、遠いのに態々来てくれてありがとうね。 元気そうでよかった』
「お姉ちゃんこそ・・・でも髪、切っちゃったんだね」
『うん、こっちに来て直ぐに切っちゃった。 一度短くしたら手入れが楽で、ずっと短いの維持してるんだ』
「そうなんだ・・・私はお姉ちゃんの長い髪好きだったんだけど・・・・」
『そっか、ごめんね。やっぱり変かな?』
「変じゃないよ・・・お姉ちゃんは髪が長くても短くても、やっぱり美人で自慢のお姉ちゃんだよ」
『ふふふ、ありがと。エミに美人って言われると、お世辞でも嬉しいな』
「何言ってるの、お姉ちゃん。 昔から美人で凄く人気者だったじゃん」
『そんなことないよ。私ずっと男の子苦手だったし、人気者なんかじゃないよ?』
『それよりもエミ、高校受験の方はどうなの?勉強頑張ってる?』
「うん、ちゃんと頑張ってるよ。お姉ちゃんとの約束だもん。 絶対に良い高校入るからね」
『そっか、約束覚えてくれてたんだ、嬉しいな。 応援してるからね』
「お姉ちゃん、私のことなんかよりも・・・お姉ちゃんがやらなくちゃいけなかったコト、もう終わったんじゃないの?」
『・・・そうだね・・・終わっちゃったね』
「だったら一緒に帰ろうよ。また一緒に暮らそうよ。ソウジ先輩もお姉ちゃんのこと待ってるよ?」
『それは無理だよ・・・ソウジくんとはもう会うつもり無いから』
「なんでよ! 私もソウジ先輩もお姉ちゃんのこと、ずっと心配で、大好きで、大切な兄妹で・・・ううう」
『エミ、ごめんね? エミならもう判ってるでしょ? お姉ちゃんは幸せになっちゃいけないの。 17年前のパパとママのやったこととか関係なく、お姉ちゃん自身がもう幸せになる資格を失くしちゃったの。 だから・・・お姉ちゃんはずっとココで死んだママと一緒に静かに暮らすよ』
お姉ちゃんの覚悟は、私が考えてた以上の物だった。
私なんかじゃお姉ちゃんの覚悟を揺さぶることすら無理だった。
火葬が終わり地元に戻るのに、新幹線の駅までお姉ちゃんが送ってくれた。
せめてものお願いで、これからは連絡を取り合うことを約束して、お姉ちゃんの新しいスマホと私のスマホの連絡先を交換した。
最後、駅のホームで抱き合ってから地元に帰った。
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