#44 健気な想い


 12月に入り、ソウジくんが引っ越して、1年と約9カ月の同居生活が終わった。



 ここ最近は二人で過ごす時間もほとんど無くて、ソウジくんが家から出て行ったと言っても、特に私の生活に変化は無かった。

 もちろん、心情的には大きな影響がありますけどね。


 会おうと思えばすぐに会いに行ける距離と、会いたくても離れているせいで直ぐには会えない距離、というのは心持ちが違うと言うか、精神的な余裕が違う。


 とは言え、そんな私の暗い気持ちを今更ソウジくんに見せてもマイナスにしかならないので、一生懸命強がってこれからのソウジくんの新生活を応援しつつ、今後も交流を続けられるようにお願いしていこうと考えていた。


 そして、引っ越しの時に、一度アパートにお邪魔してもいいか尋ねると、ソウジくんは「もちろんです。 中々忙しくてお相手出来ないとは思いますが、これからもお願いします」と言ってくれて、早速、次の週末にアパートに招待してくれた。


 その時、エミも誘ったけどエミは遠慮して、私一人で行くことになった。




 事前に住所なんかは教えて貰ってて、その時にスマホのマップで位置の確認もした。


 時間はいつでもOKということで、アパート前まで自転車で行って、着いたら電話で呼び出すことになった。





 ソウジくんのアパートに初めてお邪魔するということで、色々考えた。


 何かしてあげたい。

 どんなことなら喜んでくれるか。

 迷惑に思われないか。


 まず考えたのは、食事。

 朝から行って朝食からお昼と夕食の3食料理したら引かれるかな?と思い、メッセージのついでに聞いてみた。

 そしたら「久しぶりのアミさんの手料理、嬉しいです」と返事があって、一気にやる気がみなぎった。


 前日の学校帰りにスーパーに寄って、メニュー考えながら買い物した。


 朝は、白いご飯とお味噌汁に焼き魚

 お昼は、チャーハン。

 夕方は、カレーライス。


 やる気はあるけどレパートリーが乏しい私は、結局ありきたりのメニューにした。



 料理以外にも、この日に家電か家具で何か欲しい物は無いか確認して、時間があれば二人で見に行こうとも考えて、アルバイトで貯めた貯金を事前に下ろしておいた。

 一応、候補としては、コタツやストーブの暖房器具。

 あとは、日用品や食器なんかの雑貨も。


 どうしても、ウチに居た時のソウジくんの何も無い部屋のイメージが浮かんでしまい、なんかこうもっと寂しくない部屋になればいいな、と思う。









 当日は、朝7時に家を出た。

 朝5時半に起きてバッチリお洒落して、事前に買い込んだ食材と自前のエプロンを持って。


 自転車で予定通り7時半前にはアパートに到着して、スマホで連絡を入れると、アパートの1階の一部屋の扉が開いて、ソウジくんが出てきた。


「おはようございます。 朝から態々すみません。荷物持ちます」


『おはよう、ソウジくん! 私こそ早い時間に押しかけてごめんね?』


「大丈夫です、もう起きてましたから。 外は寒いので中へどうぞ入って下さい」



 部屋の中は予想通り、家具が無くて荷物も少なく寂しい部屋だった。


 私があげたテーブルと、ウチに居た時から使っていた電気ストーブ。

 同じくウチに居た時から使っていたお布団。

 カーテンは無かった。


 キッチンには、炊飯器とヤカンがあった。冷蔵庫や電子レンジなどは無し。

 コンロはグリル付きで、焼き魚は何とか用意できそう。


 そうか、調理器具も用意しないとダメかも。


『ソウジくん、早速朝食作ろうと思うけど、お鍋とかフライパンってある?』


「鍋ならあります。フライパンは持っていないです」


『了解。 朝ごはんは、味噌汁と焼き魚にするね。急いで用意するから待っててね』


「すみません。慌てなくても大丈夫ですからね」



 そこから急いでお米研いで炊飯器オンして、味噌汁の準備しながら塩ジャケを焼いた。

 包丁が無いので、味噌汁の具はわかめだけになってしまった。

 食器が一組しか無かったのでソウジくんには焼き魚定食を用意して、残りのご飯でおにぎりを作り、私がおにぎりを食べることにした。



 ソウジくんは私の作った朝食を、嬉しそうに食べてくれた。

 朝食で温かい手料理を食べるのは、お盆以来だとも言っていた。


 私の手料理を美味しそうに食べてくれるソウジくんの姿に、久しぶりに胸が熱くなってうれし涙で目が霞んだけど、今日これからの用事をしっかり話すことにした。



『ソウジくん、後で買い物に行こう。 フライパンとか包丁とか食器とか、あとはタオルやカーテン。他にも色々必要なものがあると思うから』


「いえ、無くても大丈夫です。多少不便でも僕は平気なので」


『大丈夫じゃないよ。 お金の事で大変なのは分かるけど、もっとまともな生活しないとダメだよ。 ひもじい生活してたら気持ちも萎んでいっちゃうよ?』


「言ってることは分かりますけど、実際問題、家賃と食費で精一杯なんです。 先立つものが無いので、仕方ないんです」


『・・・お金なら私が出します。 その為に夏休みにアルバイト頑張ったんだから』


「え!? ちょっと待って下さい。その為にってどういうことですか? 最初から僕に援助するつもりでアルバイトを???」


『うん。ソウジくんの応援したくて。私に出来る事って他に思いつかなくて、お金貯めてソウジくんの新生活の応援しようと思ったの』 


「頑張ってアルバイトした大事なお金を僕の為に使うなんて、流石に受け入れられません。自分の為に使うべきです」


『ソウジくんなら絶対そう言って受け取って貰えないと思ってた。 でもこれだけは好きにさせて欲しいの。 ずっとソウジくんの応援したくて頑張ったの。 ここでソウジくんに受け取って貰えないと、私なんの為に頑張って来たのか全部意味が無くなっちゃうの。 私からの引っ越し祝いだと思って今日は色々買い物しに行かせてほしいの。 お願いします・・・』

 そう言って、頭を下げた。



「アミさん・・・でも、やっぱり僕には・・・」


 ソウジくんもそれ以上言葉が出せない様だった。


 しばらく沈黙が続き、その沈黙は私に対する拒絶と気遣いだと理解した。





 やっぱりダメだった・・・

 頭を下げたままの姿勢で、自然と涙が零れてきた。






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