#09 母との誓い
母が5か月の闘病の末、息を引き取った。
享年40歳だった。
最後のひと月は、学校を休みずっと母の傍に付き添い、臨終の時も立ち会うことが出来た。
残る親族は祖母だけだが、その祖母は介護施設に入っている為、一緒に暮らすことは出来ない。
今後は、15年前に母と僕を捨てた父の元で世話になることになる。
幼少期から最近まで僕には父が居ないと教えられてきた。
母は未婚で僕を産んで、これまで一人で育ててきたと。
しかし、母が体調不良を訴え、病院にて余命宣告を受けると、母は僕へ真実を話してくれた。
母は、僕を妊娠している時に離婚していた。
母が結婚したのは24歳の時で、相手の男性は2つ年上の学生時代の先輩だったそうだ。
名前は、間宮トシオ。
結婚して2年目、母が妊娠中に、父は職場の女性と不倫して相手を妊娠させ、母を捨ててその不倫相手と再婚した。 母が言うには、僕と同じか一つ下の腹違いの兄弟が居るらしい。
母は僕にこの話をした際に、僕名義の通帳を渡してくれた。
その通帳には、離婚した時に受け取った慰謝料と、毎月2万の振込が15年分入っていた。
振込者の名前が「マミヤトシオ」で、月2万は僕の養育費だった。
母は「このお金を学費に当てなさい。 奨学金制度を使って、これで何とか大学まで行って欲しい」と言った。
母はこの話を聞かせてくれた時も、その後の闘病生活でも気丈に振舞い、弱音を吐かなかったが、息を引き取る五日前、涙を零しながら本音を吐露した。
「ここまで大事に育ててきたソウジを、あの人に預けることが悔しくてたまらない。 私たちを裏切ったあの人に頼るしかできないお母さんを許してほしい」
僕は、母の無念を胸に刻み込んだ。
母を裏切り苦しめた父と、僕等家族から父を奪った女に、同じだけの苦しみを味あわせたいと思わずには居られなかった。
だけど母は、そんな僕の表情にすぐに気が付き
「ごめんなさい。お母さんがつまらないことを言ったばかりに。 あなたは恨みや憎しみを持ってはダメよ。 お母さんみたいに苦しむだけだから。 お母さんの願いはただ一つ。 あなたが立派に成人して、幸せになることだからね」
「わかったよ、母さん。 約束するよ。 必ず大学まで進学して、母さんが自慢出来るような立派な大人になるよ」
「うん、約束だからね、ソウジ」
僕は、やせ細った母の手を両手で包み込み、母に誓った。
母は、自分の余命を知ってから、死後の僕の生活を考え、様々な準備をしてくれていた。
預金や資産の名義変更、そして弁護士を通して父への打診。
相続に関する税金のことなんかも全て手続きをしていてくれた。
その中でも、預金が使えたのは本当に助かった。
お蔭で、父からのお金に手を付けることなく、母の葬儀を執り行うことが出来た。
母を裏切った人のお金で葬儀を行っても、母は喜ばないだろうから。
母の葬儀は、僕一人で家族葬にした。
それでもそれなりの費用が必要だった為、母から譲り受けた預金を使った。
母の位牌は、介護施設に居る祖母に預かって貰った。
これから身を寄せる父やその相手の家に、母の位牌を持っていくことは母の無念を思うと考えられなかった。
母の葬儀を終えて、祖母に会いに行った翌日、弁護士の事務所で父と会った。
父は、会うなりに土下座をした。
その頭を踏みつけたい衝動に耐えながら、僕は父を許す言葉を口にした。
そして、これからお世話になることへの感謝の言葉を続けた。
僕は、母との約束を守る為なら、どれほどの屈辱にも耐える覚悟を決めていた。
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