#05 口止め
ソウジくんから遅れて家に入り、すぐに2階の自分の部屋に行った。
制服を脱ぎながら、ソウジくんに同居であることを学校で言わない様に口止めしなくては、と考えた。
ただ、家の中でソウジくんと話しているのをママに見られると面倒なことになりそうなので、どのタイミングでどう話せばいいのか、考えがまとまらないまま夕食の時間になった。
今夜は、新学期1日目、特に中1のエミにとっては初の授業ということもあり、パパやママはエミに色々質問をしていた。
食事のメニューは、エビフライとサラダとお味噌汁。
ソウジくんは、レンジでチンした冷凍のパスタだった。
最初の頃は、食事の内容の差別に後ろめたさを感じていたけど、日を重ね、ソウジくん自身も不満を言うことなくいつも感謝していることから、当たり前のこととして気にしなくなっていた。
ソウジくんは食事を取りに来ると、いつもの様に「ありがとうございます。頂きます」とママに向かって頭を下げて、自室に食事を運んで行った。
ママは一度もソウジくんの方を見ることなく、エミに話しかけていた。
この光景も、最初の頃はモヤモヤとした違和感というか無視しなくてもいいんじゃないかとか感じていたけど、最近は気にしないようにしていた。
結局、ソウジくんに話をするのを、ママがお風呂に入っているタイミングで行くことに決めた。ママは少なくとも30分はお風呂に入っているので一言お願いするだけなら充分だと思った。
お風呂にはママよりも先に入り、一度自室に戻り髪を乾かした。
お風呂には、私の次にエミが入り、エミの次にママが入る。
エミがお風呂から上がって10分程したら、台所に飲み物を取りに行くフリをして、ママがお風呂に入っているかを確認した。
予想通り、ママが入っていたので、そのままソウジくんの部屋まで行き、扉をノックした。
「は、ハイ!」
ソウジくんは突然のノックに驚いた様な声で返事をした。
『アミです・・・少しお話があって・・・・』
「分かりました。今開けます」
扉を開けてくれたソウジくんは、前の中学のだろうか、見たことの無い体操服を着ていた。
部屋には入らずに、入口で立ち話をした。
「はい、なんでしたでしょうか?」
『あ、あの・・・お願いがあって・・・』
『が、学校で、私と同居してること、言わないで欲しいんです・・・』
「分かりました。ご迷惑お掛けしないように気を付けます。 ああ、なら担任の先生にも伏せておいてもらうように言った方が良いですね。 明日、僕の方から先生にもお願いしておきます」
ソウジくんは私のお願いを、なんの迷いもなく即答で了承してくれた。
『ありがとう・・・』
「いえ、こちらこそ、いつもご迷惑かけてすみません」
『いえ、迷惑なんて・・・』
当初の目的の口止めが上手く行き、ホッとした私は、ソウジくんの部屋の中をチラリと見た。
物置状態だった部屋は、ソウジくんがやってくる前にパパが片付けていた為、荷物は残ってなかった。
逆に、ソウジくんの荷物もほとんど見当たらなかった。
六畳の畳の部屋には、敷布団が一組と、ソウジくんがやってきた時に持ってきていたショルダーバックが隅に置いてあり、あとは洗濯物が室内に干してあるくらいで、他は何も無い様だった。
勉強机はもちろん、テーブルすら無い様だ。
「あの、他には?」
思わず部屋の中に気を取られてしまっていた私は慌てて
『あ、いえ、それだけです・・・おやすみなさい・・・・』と思わず挨拶をした。
ソウジくんは、とても柔らかい笑顔で「おやすみなさい」と返事をしてくれた。
自分の部屋に戻り、ベッドの端に座り、そのまま仰向けに倒れた。
先ほどのソウジくんの笑顔が目に焼き付いて、頭の中から離れなくなった。
唯一の肉親である母親に先立たれて、引き取られたウチでは冷たく扱われ、学校では積極的に周りと関わろうとせず一人だった。
なのに、あんな顔が出来るなんて・・・
ソウジくんの笑顔は、例えるなら母親が赤子に向ける様な、慈愛に満ちた優しい笑顔だった。
そんなことを考えていると、先ほどソウジくんにお願いした、私と同居していることを口止めしたことが、無性に恥ずかしくなってきた。
自分はとても小さいことに拘って、ソウジくんにとても失礼なことを言っていたのではないかと。
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