第4話

 次の朝、宿を出ると見慣れた軽自動車が一台止まっていた。その車に寄りかかるように一人の男性。

 純ちゃんだった。

 純ちゃんはこちらを見て、少し申し訳なさそうに笑った。


 運転席に純ちゃん、助手席に陽ちゃん、後部座席に私。いつもの配置で帰路に着く。今日もなんとなく後部座席でひとり、置き去りにされているような感覚。陽ちゃんも純ちゃんも、家を飛び出すような喧嘩をしていたくせして、顔を見るや否やすぐに仲直りして今ではもうシートの間で手なんか繋いでいる。

 やさぐれて窓の外を見ていると、純ちゃんが

「ごめんね。陽一が迷惑をかけたね」

 と言った。

「まあ、いつものことですよ」と私は答える。

 純ちゃんの顔は見えないが、なんとなく表情を想像することはできる。

「ともちゃん、そう言えば彼氏出来た?」

「いや、独り身を謳歌してる」

「へえ、可愛いんだし早く作ればいいのに」

「ご親切にどうも」

 牽制されている。お前は早く恋人を作れ、そして陽一から早く離れろ。そう言われている。別に興味がないなんて言っても、純ちゃんは嫉妬深いから絶対に信用しない。私が陽ちゃんの幼馴染で、そして女であると言うことだけで純ちゃんは私を嫌っている。陽ちゃんはそれに気付いてはいないけど、私にはわかる。今に始まった話ではなく、これは高校生の頃からずっとだ。

 陽ちゃんは呑気に「そうだぞ、恋人がいるのは幸せだぞ」なんて言っている。

 そんな陽ちゃんを見ていたら、私はなんとなく意地悪をしてしまいたくなった。

「ねえ、純ちゃん」

「ん?どうしたの?」

「私、陽ちゃんと一緒に寝ちゃった」

 一瞬、車が加速した気がした。

「おまっ?!」

 陽ちゃんが慌てた様子で振り返る。

「あとね、ちゅーもしちゃった」

「ちょっ、何もしてねーよ?酔っ払ってたけど、記憶はちゃんとあるからね!」

 嘘はついていない。でも、本当でもない。

 純ちゃんは静かだった。静かに私に「それは本当?」と訊いた。怒っているのが明らかだった。

 私は笑って

「嘘だよ」

 と言う。陽ちゃんが少しホッとしたような顔をした。

 きっと二人はこれが原因で帰ってからまた喧嘩をするだろう。だけど、二人は絶対に別れることはない。

 私は残りの道中、寝たふりをして過ごした。

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sidechick 神澤直子 @kena0928

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