言い訳

きと

言い訳

 とある一般的な女性、由紀ゆきは最近事故物件に引っ越した。

 理由は単純なもので、家賃が安いからだ。

 この事故物件に住んでからまだ一週間程度しかたっていないが、今現在特に怪奇かいき現象が起きることもなく、ただただ普通に過ごしていた。

 正直なところ、多少の怪奇現象を期待していた由紀にとっては、拍子抜ひょうしぬけではあった。

 でも、そんなものは起きない方がいいのだから、由紀はこの物件に引っ越してきて満足していた。

 だが、事情が変わったのは、引っ越してきてから二週間経った頃からだった。

 ある日のことだった。

 由紀はいつも通り仕事から帰宅し、夕食を食べ、お風呂に入り、ベッドに入り眠りについた。

 どれくらい時間が経ったのかは分からないが、恐らく深夜のことだろう。

 由紀は、ふと目を覚ました。

「んん……いまなんじぃ?」

 寝ぼけまなこをこすりながら、由紀は時計を確認しようとした。

 由紀は眠るとき、豆電球をつけて眠る。

 寝る前にスマホをよく見る由紀は、真っ暗の中でスマホを見るよりは多少目に優しいのでは?と思い、そうしているのだ。

 だが、豆電球をつけていたのが裏目に出てしまった。

 時計を見ようと身をよじらせ、仰向けの体勢になった由紀の動きがピタリと止まる。

 明らかに、自分のそばに何かがいる。

 根拠は無かったが、直感でそう感じた。

 期待していた怪奇現象が起きてしまったのだ。

 期待していたが、実際に起きるとこんなに怖いものなのか、と由紀は冷や汗を流す。

 由紀は、目だけでぐるりとあたりを見まわした。

 何かがいたのは、自分のすぐそば。

 ベットの隣だった。

 それは、枕元に立って、由紀を見下ろしていた。

 ――女の人だ。

 由紀が見たのは、よく聞く白いワンピースに長い黒髪の女性の幽霊ゆうれい…………ではなかった。

 普通の可愛らしいスウェットに身を包んだ自分と同じくらい、二十代後半くらいの女性だ。

 髪も長い方ではあるが、腰まであるというわけではなく、肩くらいに切りそろえられていた。

 顔は美人と言われる分類に入るだろう。それくらい整っていた。

 豆電球がついていたことで、女性の幽霊をはっきりと見えてしまった。

 そして、その格好があまりにも普通なのが、逆に不気味だった。

 ――ヤバいヤバいヤバい。どうすればいいの!?

 由紀はかなり動揺どうようしていた。

 普通の生活を送っていた由紀に、幽霊を除霊じょれいするすべなど知るわけもない。

 由紀は必死に頭を働かせていた。

 すぐにでも何が起きても不思議ふしぎではない状況だ。

 何か打開策はないものか。

 そう考えていた由紀に、

「私を殺したのは、貴方?」

 と話しかけられた。

 無視した方がいいのかもしれなかったが、由紀は答えてしまう。

「……違い、ます」

「……そう」

 その言葉だけを残して、幽霊はすうっと消えてしまった。

 由紀は呼吸を乱しながら、由紀しかいないように見える部屋でつぶやく。

「な、何だったの?」

 その日以来、女性の幽霊は由紀の枕元に毎日現れるようになった。

 綺麗きれいな身なり、綺麗な声で毎日尋ねる。

「私を殺したのは、貴方?」

 由紀も毎日答えた。

「違います」

 そう答えると、幽霊は消えていく。

 そのループを毎日繰り返していた。

 もちろん引っ越しも考えたが、もう少し住んでみようと由紀は思った。

 なぜなら、幽霊の問いかけに違うと答えれば、普通の生活が送れるからだ。

 問答を毎日繰り返すうちに、由紀にはある感情が芽生えてきた。

 幽霊が可哀かわいそうだな、と。

 由紀が住んでいる限り、彼女は自分の無念である、殺した相手への復讐ふくしゅうは叶えられないままだ。

 ――もういっそ、幽霊の問いかけに、はい、と答えてしまおうか。

 毎日同じことを繰り返していると、そんな衝動しょうどうも日に日に強くなっていく。だが、それはあまりにも危険だ。

 かと言って、自分で女性を殺した相手を見つけるのは、まず無理だ。

 由紀に探偵や警察の真似事まねごとなどできないのだ。

 だから、由紀は考えた。

 自分が犯人です、と答えて終わらせたくなる衝動を抑えながら。

 そしてある日、遂に由紀は決心した。

 その日も、幽霊は尋ねる。

「私を殺したのは、貴方?」

 由紀は、答える。

「ごめんなさい。貴方を殺したのは私じゃないんです。でも、何があったのか話を聞くことならできます。よかったら、話してみてくれませんか?」

 由紀の問いかけに、幽霊は首を横に振る。

 そして、ため息をついて、話し始める。

 聞いたこともない、どす黒い声で。

「……貴方がしびれを切らして、犯人ですって言ってくれれば、貴方を殺す言い訳ができたのに」

 由紀は、気づいた。

 どす黒い声を出した途端とたん、幽霊の身なりがすっかり変わってしまったことに。

 今までの綺麗な格好はどこに行ったのか、服と顔は血で汚れ、髪も乱れている。

 そして、手には包丁が握られていた。


 とある一般的な女性、涼花すずかは事故物件に住んでいた。

 理由は単純なもので、家賃が安いからだ。

 そんな涼花の枕元にある日、幽霊が現れて、言う。

「私を殺したのは、貴方?」

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言い訳 きと @kito72

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