第40話 聞け(4)

 畚野が毎夜行われる宴会から解放されたのは日付が変わって少し経ってからのことであった。赤ら顔の彼は自分の部屋に入るとすぐにふらふらと姿勢を崩し、壁にぶつかって何とか止まるとそのまま壁伝いに座り込んだ。


 (頭……痛い……)

 それから畚野が行ったのは酔い覚ましを服用することであった。

 (今日は、飲み過ぎた……)

 ペットボトル半分ほどの水で薬を流し込むと千鳥足で寝室に向かい、ベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。


 ご機嫌な時田や中川に付き合ってビールを飲み、タコの唐揚げに枝豆に刺身を食べて、ハイボールを飲み、燻製チーズにもつ煮に冷奴を食べて、ビールを飲み、締めの豚骨ラーメンを食べ、その間に煙草をひたすらに吸い吸わせ、騒ぎ散らし続ける宴会は非常に盛り上がった。

 飲めや歌えやと食えやとなった理由は語るまでもなく、今日の犠牲者が長堂であったことであった。時田や中川にとって、このゲーム云々に関係なく好かない人物が死んだときのリアクションであった。畚野はそこで何をしたのかよく記憶していないが、ただひたすら騒いだことだけは覚えていた。


 薬の効果はすぐに現れた。頭痛が治まっていくのと同時にだんだんと酔いも引いていく。耳に残っていた宴会の騒々しさも薄らいでいく。つい先ほどまでの喧騒に慣れた畚野の耳にこの寝室は静かすぎて痛いほどであった。何の音もしない。


 (……)

 彼は体を横向きにすると「電気」とぶっきらぼうに言った。寝室の照明が自動的に点いた。誰の姿もない。駱駝色の作業服に染みついた宴会の臭いだけが辛うじて賑やかさを引き継いでいた。

 酔い覚ましの効果で体が楽になっていくにも関わらず、畚野はだんだんと息が荒くなっていく。

 (怖い……怖い……)


 明瞭になった意識の中で真っ先に訪れたのは死の恐怖であった。アルコールで鈍らせていた分が一まとめになって押し寄せてくる。

 (殺される。殺される! 殺される!)

 誰もそばにいない。気を逸らすことができない。


 続いてやってきたのは自分が行った事実であった。

 (俺は、俺が、殺した。殺した……。20日……。ここに来て20日も誰かを殺そうと俺は……)

 彼の身体は休息を求めている。四肢が脱力し、ベッドに沈み込んでいる。しかし脳は勝手に動き続ける。

 (あと何日こんなことをし続けなきゃいけないんだ……。あと……何人……あと何人……)


 畚野は透明なケースの中で起きたことを思い出してしまった。参加者の断末魔が次々に再生されていく。田川が透明な何かで正中線から真っ二つにされて断面から血しぶきが飛び散るさま、長岡が腸を引きずり出されながら痙攣して力尽きるさま、草野の首が千切れて頭が床に転がり落ちるさま……。

 そして、その姿は知り合いのものへと変わっていき、何度も何度も透明なケースの中で処理されていく。


 そして、最後には――。

 (俺が死ぬことだって、ある……)

 気付かぬうちに畚野はスマホを握っていた。


 「ビール!」


 彼は体を無理やり起こすとベッドサイドテーブルに現れた缶を鷲掴みにしてプルタブに指を引っ掛けた。プシュッ、と小気味よい音がする。そしてゴクゴクと喉を動かし、缶を空けるとテーブルに勢いよく叩きつけた。

 ようやくはっきりした意識が再び混濁に傾き始める。畚野は「ビール! ビール!」と繰り返し叫び、その度に現れた缶を次々と飲み干していった。


 段々飲み干すスピードが遅くなる。一気に飲める量には限界がある。アルコールや炭酸が含まれていなくても、消化器のサイズは限られているのだから、いずれ手を止めることになる。幸運にも彼はそれまでに十分酔うことができた。

 畚野は「あぁー」と適当な音を出すとその場でゆらゆらと揺れ始めた。静かさは気にならなくなり、服にまとわりついた臭いも感じなくなった。


 ふっ、と筋肉が緩み、ベッドに倒れ込んだ。彼の握っている缶からは黄金色の液体がこぼれ、シーツの上に小さな丸い染みを作りだした。畚野はそれを拭き取ることもなく、まだ重い缶を壁際へ粗雑に放り、瞼を閉じるとすぐに鼾をかき始めた。


 いつの間にか空き缶も未開封の缶も消えて、部屋の中はきれいさっぱり片付いていた。シーツにこぼしたビールの染みも消え、傾いたベッドサイドテーブルも元の位置に戻っている。しかし、畚野の服に染みついた臭いだけは消えずに残っていた。持ち主が手放したくないと眠りながら願っていた。




**



 風見鶏


 世の中には色々な考えの人がいて、中には誰かから見たら突飛でラジカルな考えもある。自分に芯があって、論拠があって、そう主張しているならば、聞く余地はあると思うし、ある種の敬意をもって接する。ニニィは自分の軸を持たずに風の吹いた方向にギャーギャー言って、コロコロ態度を変えて、発言に責任を取らない人間が心の底から大っ嫌い。手のひら返しのくるくるりんなのは頭がくるくるルナティックだからで、常人の思考ベースのアウトサイドにいるんだから、どうしようもないけれど、そういうのが群れていると本当に厄介。でもこれ、実は洗脳妖怪テデアムの仕業なんだ。で、その正体を知っているとテデアムの傀儡の標的にされちゃうんだ。防ぐには「ニニィちゃんかわいい」と心を込めて呟くのだ!

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透明な殺人鬼ゲーム 第4章 Omnia vertuntur. Kバイン @Kbine

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