第5話 賑やかな始まり

 入試を終え、一ヶ月後。

 届いた通知には『合格』の文字と、制服が付属していた。


 ──やったのか。緊張したな……


「やったなシオン、よく頑張った!」

「シオンちゃん、おめでと〜!」


 両親は俺を祝ってくれた。

 何かを成功させ、他人に喜ばれる……なるほど、何だか嬉しいぞ。


 俺を15年間も育ててくれた両親。期待に応えられて良かった。これから学園でも頑張り、将来も成功させたいものだ。


「シオン、あんな小さい頃に決心した事を、よくこんなに続けたな」

「凄いわ!」

「父さんと母さんが、応援してくれたからだよ」


 確かに長く、待ち遠しい年月だった。

 だが初めて自分の意志で抱いた目標を、捨てたりなどはしない。


「それじゃあ、道場へ報告しに行って来るよ」


 俺に技を教えてくれた師範、共に研鑽を積んできた同門の皆へも、合格した事を報告すべく俺は道場へ走った。


「……不思議な子だ。幼い頃から大人びていて、あんなに真っ直ぐ信念を持って……」

「……ええ。今にも独り立ちしちゃいそうな……」


  *


 道場の皆に伝えると、こちらでも俺を祝ってくれた。


「ふん、まあよくやったな。俺に勝ったんだから当然だがな」

「はい、上手く闘えました」


 先輩も、強がりながらも俺を褒めてくれる。


「……シオン、よくやったの」


 ──そして師範。


「当時7歳のお主が門を叩き、この8年間、飽きる事なく続けた事、嬉しく思うぞ。お主は目覚ましい成長を遂げ、強くなった。努力の賜物だ」

「ありがとうございます、師範が教えてくれたお陰です」


 これからもこの道場で、腕を磨きたい……が。


「来年からは、学園の寮に住みます。なのでここに通えるのは……」


 俺の住む家から学園まで、何時間も掛かる。毎日そんな事をしていれば、道場どころか睡眠時間すらまともに取れない。

 だから寮生活をする事にした。それならば普通に過ごせるだろう。


「そうか……お主には火凪ひなぎ千仞せんじん影流の全てを教えてある。それを極められるかどうかは、これからの努力次第だ」

「はい、必ず」


 今の今まで、徹底的に基礎を叩き込まれた。

 応用は頑張れば出来るが、基礎は習わなければ出来ない。


 ──学園での鍛練で、必ずモノにしよう。


  *


 時は流れ、俺はいよいよ制服に袖を通し、学園へ通う事に。

 大きな荷物を持ち、俺は家を出た。受験の時と同じく、深夜に向かう。


 日が昇り、あの時と同じ光景が目の前に広がる。ただし今回は緊張ではなく、ワクワクとした気分だ。

 他にも制服を着た者達が現れ、これから共に過ごすのだと思うと親近感が湧いてくる。


「お願い、その子を捕まえて!」


 ──歩いていると、後方から女性の声が聞こえた。

 振り返ると、一匹の黒猫が通り過ぎて行った。ペットが逃げてしまったのか。


 よし、捕まえてあげよう。俺は猫を追って走った。


ドンッッ!!


「ぐふッ!?」

「ぬ?」


 何か、何か大きなものにぶつかった。何だか前にもこんな事があったような……


「大丈夫か? ……おや、お前は!」


 受験の時、ぶつかった大男……何たる偶然。


「すまない、猫を追っていた」

「そうか! ならばけぃ!」


 不覚……追い付けるか?


 猫は路地裏へ入って行く。狭い場所では追うのは困難だぞ。


ヒュウッ──


 その時、一陣の風が吹き抜けた。


「あれは……」


 制服を着た少年が、素早く路地裏へ向かう。

 俺も追って様子を見ると、物が多く散らかった路地裏を猫が駆け抜ける。


 しかしそれを、少年は華麗に物を避け、速度を落とす事なく、すり抜けて行った。


「──凄い」


 思わず声が漏れた。あの動きは──


 彼は猫に追い付いた。あれでもう……


「あ、ちょっ、わわっ!!」


 ……が、捕まえようとブレーキを掛けたところで、彼はバランスを崩しけてしまった。


「大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう……」


 俺は彼の元へ行き、手を差し出した。


 ……よく見ると、受験の日にぶつかった、気弱そうな人じゃないか。合格していたのか。


「猫って速いね……身軽だし、難しいや」


 小柄で童顔、女性に見えなくもない容姿だ。見かけによらないものだな。


「とりあえず追おう。まだ間に合う」


 俺は猫を追って路地裏を出た。

 道行く人々を遮り、反対側の路地裏へ入ろうとしている。マズいな、手遅れに……


バチッ!!


 ──その猫が、突如として姿を消した。

 いや、誰かが猫をさらったんだ。


「よしよし、逃げちゃダメよ」


 目にも止まらぬ速度。

 ……俺が受験で闘った、サリアじゃないか。


「……あ、シオン! 偶然ね!」

「ああ、久し振りだな」


 向こうも気付いて手を振ってくれた。


「無事、お互い合格できたな」

「ええ、私は自信あったもの。またやる機会があったら、私が勝つからね」


 得意げに言い放つ彼女に、俺も対抗心が湧いてくる。


「さて、飼い主はどこかしら?」

「それならあっちに──」


 俺は来た道を指差し、振り向いた。


ドスッ! ドスッ!


「ひゃああああぁ!!」


 ……先ほどの大男が、飼い主の女性をかついで走って来るその光景に、絶句した。


「……何をしているんだ」

「うむ! 猫を捕まえたところで飼い主と会えなければ本末転倒! だから連れて来た!」


 かつがれて揺らされ、女性は目を回している。


「何やってんの! 降ろしてあげなさい!」

「そうだな!」


 そして降ろし方が雑だ。


「あ、ありがとうございます〜……では、私はこれで……」


 女性は猫を受け取り、ふらふらと歩いて行く。

 ……あの様子では、その内また逃げられるぞ。


「良い事をした後は気分が良いな!」

「……そうね」


 全く悪びれる様子のない彼に、サリアは溜息を吐く。


「そう言えば、名前を聞いていなかったな。俺はシオン=ファミリアだ」

「そうか、良い名前だ! 俺はドルーグ=ギルハルト。こう見えて武闘派だ!」


 ツッコミ待ちだろうか。見た目から武闘派と分かるし、そもそもこの学園は魔法より武術を重点的に教える。


「まあ、宜しくね。私はサリア=リブルライトよ」


 こうして互いに名乗り、学園へ向かった。


 ……そう言えば、さっきの少年はいつの間にか居なくなってしまったな。せっかくだし友達になりたかった。


  *


 所属するクラスを確認すると、俺はAクラスでサリアと同じだと分かった。

 入学式では、校長先生の演説が行われた。新入生である俺達を激励する内容だった。


「はぁ〜……疲れた。早く終わらせて欲しいわね」

「何故だ? 素晴らしい内容だっただろう」


 校長はとても良い言葉を言っていたのに、サリアは何故かうんざりしている。確かにずっと座っていたから疲れたがな。


「シオンって、ちょっと変わってるのね」


 サリアにそう言われた。心外だな。

 まあ俺は元々人間ではないし、もしかすると色々とズレているのかもしれない。


「さあ、席は決まっていないらしいから、早く行って取っちゃいましょう」


 サリアはそう言って、さっさと教室へ向かった。

 そうだな、よし。俺も行くか。


  *


 ……不覚(本日2度目)。


 ふむ、迷った。何しろ広い。


 どうやら俺は、方向音痴らしい。人間は遺伝子的に、女性の方が方向音痴が多いと聞いたのだが……俺は少数派らしい。


 受験も、入学式も、周りの人間に付いて行って何とかなっていたが、単身となった瞬間これか。情けなくなってきたな。


 それこそ今回も周りに付いて行けば良かったのだが……サリアに続こうと突っ走ってしまった。結果この様だ。さて、どうしたものか。


「……何してんのこんな所で?」


 そんな俺に声を掛けてくれたのは、サリアだった。


「おお、席は取れたのか?」

「ええ。シオンがあまりにも来ないから、まさかと思って戻ってみたら……」


「ありがとう、助かった。迷っていたんだ」

「全くもう……ほら、一緒に行きましょう」


 こうして俺は、サリアに付いて行って事無きを得た。


「私は窓際の最後尾。で、シオンは隣」

「取って置いてくれたのか」


「余った席じゃ可哀想だし、せっかく入学前に仲良くなれたから、ね」

「よし、これからもっと仲良くなろう!」


 俺は席に座り、周りを見回した。

 ドルーグは居ないようだ。どこのクラスなのか……


「ん?」

「あっ……」


 と、右を見ると、猫を追っていた少年が居た。


「同じクラスだったのか! 宜しくな。友達になろう。さっきは見事な運足だったぞ」

「え、あ、その、ありがとう。うん、友達、なろうね……」


 勢い良くいき過ぎたのか、彼はたじろいでしまった。父さんには、友達を作るにはとにかく明るくしなさいと言われたのだが。


「俺はシオン=ファミリアだ。お前は?」

「ぼ、僕はユノ=アイギス。えへへ、宜しくね……」


 ユノははにかみつつ微笑んだ。気を悪くした訳ではないらしい。良かった。よし、これで友達だな。


 多分、幸先の良いスタートだ。これから楽しみだな。

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転生魔王のリスタート スピニングコロ助 @spinningkorosuke

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