第4話 迅雷の乙女子

 道場へ入り、8年が経過した。


 ──長かったな。


 修行を退屈に感じた事はない。周りも努力している、自分もしなければならない事だ。それに自分の実力が伸び、試合で形を残せた瞬間は嬉しいものだ。


 だが……学園に入ろうと目標を定めてから8年だ。あと何日待てば挑戦させてくれるのか、本当に待ち遠しかったぞ。


「シオンちゃん、頑張ってね!」

「緊張せず、気を抜いていけよ!」


 両親が応援して見送ってくれる。今日はフィリアム国立学園の入学試験だ。


 ──いよいよだな。


「ああ──行ってくるよ」


 俺は深夜に起き、王都へ向かった。

 俺の住む地域は、王国の外側。そして王都は中心にあるので、かなり時間が掛かる。今から馬車も利用して行き、昼前には着く予定だ。


「ふぅ……」


 馬車に乗り、移動しながら息を吐く。


 ──緊張するな。


 別に今から、命を懸ける訳でもない。だが俺は今、戦争の時よりも緊張している。


 8年の修行で培った実力が、果たして通じるのかどうか。不合格になれば、次の挑戦は1年先になってしまう。せっかく両親が払ってくれた高い受験費も無駄となる。


 ……いや、自分の実力を信じよう。


 俺を見込んで育ててくれた師範、俺を励ましてくれた先輩。

 間違いない、俺は強くなった。


  *


 王都に到着し、国立学園へ向かった。


 すっかり明るくなったが、俺は眠くあくびが出る。早く寝て十分に睡眠は取ったが、生活のリズムが変わると調子が狂うな。


 学園へ近付く程に、俺と同じ背丈の人間が増えてきた。恐らく彼らも受験者か。


トッ……


「ああ、すみません」

「あ、い、いえ、こちらこそ!」


 次第に人混みとなり、肩をぶつけてしまった。気を付けなければ。


 しかし彼……受験者ぽいが、何だか気弱そうだな。大丈夫か?


ドンッ!!


「うッ……!」


 な、なんだ……何にぶつかった? 凄い衝撃が……


「ぬぅ、すまんな」


 ……デカい。


 俺がぶつかって押されたのは、身長2メートルは超えていそうで、頭は禿げており、非常にガタイの良い所謂いわゆるムキムキな男だった。


 彼は……保護者だろうか?


「お前も受験者か? ならば共に励もう! はっはっは!!」


 ……嘘だろう。デカ過ぎる。同い年とは思えん。


「──邪魔だ」


 ッ……!?


 道のド真ん中で立ち止まっている俺達の隙間を、一人の男がすり抜けた。


 気配を全く感じず、いつの間にか通り過ぎていた。──強そうだな。


「おっと、止まっていては邪魔だったな! さあ行こう!」

「ああ、お互い合格できると良いな」


  *


 受験の内容は、筆記テストと戦闘テスト。


 シオンは勉強も抜け目なく、ほとんどの問題を解いた。


 戦闘テストは、計5戦行う。2回は教員と、3回は受験者同士。

 兵士を育てる教員、その実力は確かなものである。シオンは一人とは決着がつかず時間が切れ、もう一人には負けてしまった。


(──強かった。流石は教える側の人間だ)


 強さのバラバラな相手と戦わせ、実力を測られている。

 まず教員が戦って実力を見定め、次に受験者同士で戦う。


 シオンは3戦の内、2戦を圧勝で終えた。その結果──


「──ふむ、彼は見込みがある。彼女を当ててみますか」


 そう判断され、最後の試合が行われた。


「さて……これが最後か。相手は──」


 闘技場へ上がったシオン。


 目の前に立っていたのは……鮮やかな金髪が風に揺れる少女だった。体格は女性として普通、その辺の男にも劣る。


(女性か……珍しいな)


 兵士を志し、訓練を受けるべく入るこの学園に、女性は少ない。シオンはここまで来る途中で、女性はほとんど見掛けなかった。


「宜しくね。お手柔らかに」

「ああ、こちらこそ」


 相手に声を掛けられ、シオンは答える。


(……強い。手加減は無用か)


 ニコッと微笑み、物腰の柔らかく接する彼女だが、シオンは直感していた。


「それでは構えて──」


 教員が声を掛け、2人は身構える。


「始め──」


ドンッッ!!


 合図が終わるや否や、彼女は走り出した。


 ──その速度に、シオンは冷や汗をかく。


(速いッッ!!)


 その速度により、彼女は2度の教員との試合を、一瞬にして勝ち抜いていた。無論、受験者との試合もである。


ギンッッ!!


 シオンはギリギリで反応し、剣撃を防いだ。


(あの速さ……並大抵の修行では身に付かない。まさか──)


 彼女の名はサリア。──シオンが興味を示していた流派の一つ、“鳴神流”の使い手。


 それも、鳴神流を生み出した男、アラン=リブルライトから代々と受け継いできた、リブルライト家の一人娘である。


 “霹靂神はたたがみ

 鳴神流の基礎となる技。ただ速く走る、それだけの技である。


「はッッ!」


 だがその威力は──速く走る、などという軽々しい表現では済まされない。


 それはまるで──雷の如く。


「ぐッ!」


 再びサリアが突撃する。

 直線的な攻撃に対し、シオンは受けるので精一杯であった。


(タイミングを測らなければ……)


 鳴神流の創始者アランこそ、魔王であったシオンの首を跳ね飛ばした男。シオンは最期まで、その速さを捉える事は出来なかった。


 だが──その経験により、目の前の雷をギリギリ目で追えている。最も、目で追えるのと体が反応できるかは別問題であるが。


(……やるわね)


 二度も攻撃を防がれ、サリアは警戒レベルを上げる。

 そして三度目の“霹靂神はたたがみ”。


 だが──


(ッ! 先程より遅い!?)


 突撃を警戒し防御したシオンだが、彼女がスピードを緩めている事に気付く。


 突っ込むと見せ掛け、相手の手前で止まり、そのまま打ち合いへ移行する。


 鳴神流剣術、“万雷ばんらい

 瞬く間に、何発もの剣撃を打ち込む。


ガギギギギギギッ!!


 剣の交わる音が、絶え間なく響く。


(速く、重いッ──師範との打ち合い稽古よりも!)


 シオンの習った火凪千仞ひなぎせんじん影流は、火の如き苛烈、凪の如き静寂。


 いかなる攻撃が来ようとも、最小最短の動作で受け切る。


 だが──あまりの速さに、押し返せない。受ける事は出来ても、その際に生じる衝撃は電撃のように体へと伝う。


ガッ!!


 ついに隙を見つけ、シオンは下段蹴りを放った。

 まずは脚を破壊し、その速さを殺そうと考えたのだ。


 しかし──今日日きょうび、相手が悪かった。


 彼女のような女性が、これ程の速度を出せる所以ゆえん……それは部位鍛練。


 幼少の頃から脚を鍛えに鍛え、強靭な脚を作り出した。ちょっとやそっとの打撃では、それを壊すのは不可能であった。


ズバッ!!


 そして、サリアの返しの一撃。


ブシュッ!


 下段蹴りが通じないと察した瞬間、シオンは離れ、直撃は免れた。

 それでも大きな切り傷ができ、ダメージは蓄積される。


(相手の脚を壊す前に、こちらがやられる。速さでは勝てない。ならば──)


 シオンは後ろへ下がった。


(──隙だらけよ!!)


 が、サリアは“霹靂神はたたがみ”で追撃する。


 速さで圧倒的に優る彼女を前に、後退は悪手でもあった。

 バックステップにより、体が後ろへ傾いているシオン。あまりに隙が大きく、サリアの剣が突き刺さる──
















ガッ!!


「──えっ」


 ──はずであった。


 後ろへ傾いていたはずのシオンは、いつの間にか前傾姿勢となっており、向かって来た彼女を受け止める。この時、剣は捨てていた。


 火凪千仞ひなぎせんじん影流体術、“影蜻蛉かげとんぼ

 重心を操作し、急激な方向転換を可能とする技である。


ブシュッ!!


 受け止める際、彼女の剣が脇腹へと刺さり、無傷とはいかなかった。

 力が抜け始めているシオン。ここで、ありったけの力を込める。


 サリアを抱き締める形になっている今の体勢。彼女の腰に手を回し──“鯖折り”。


ゴキッッ!!


「〜〜〜ッッッ!!!」


 猛スピードで突っ込んでいたサリアは、それを真正面から受け止められ、その勢いで腰を締められる。不運にも、自身のスピードが仇となってしまったのだ。


 そしてシオンは彼女の手をはたき、握られた剣を飛ばした。


「勝負あり! 勝者、シオン=ファミリア!」


 そこで教員が試合を終了させた。

 2人を回復させる為、他の教員が駆け付ける。


「……ふぅ……」


 自分の勝利を確認し、シオンは手を緩めた。腰を折っているので、放すと彼女が倒れてしまうかもしれないので、支えたままゆっくりと降ろす。


「……完敗だわ。あなた、強いのね」

「いや、そちらこそ見事だった。もう同じ手は通じまい」


 シオンは彼女を座らせ、目線を合わせるべく膝をつく。


「お前の流派……まさか、鳴神流か?」

「ええ、そうよ。あなたは?」


火凪千仞ひなぎせんじん影流だ」

「……ごめんなさい、知らないわ。勉強しておくわね」


 するとサリアは、手を差し出した。


「あなたとは、また闘いたいわ。合格できると良いわね。私はサリア=リブルライトよ」

「──ああ、そうだな。俺はシオン=ファミリアだ」


 2人は握手を交わし、試験を終えたのだった。

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