第178話
両翼を失った
海神は苦痛に我を失い、必死に潮を呼びつつ悶える。
鱗を地に擦り付け、僅かばかり流れ込む潮に浸ろうとする。
その金色の瞳に、翔ぶ
海神の古き記憶が浮かび上がる。
古き
が、思い出せるのは其処まで。
ゆえに剣を持つ
「我らを、敵と認めたようだ」
金色の瞳が深紅の血流に濁り、八つ口から長い黒い舌が吐き出される。
「やはり、
「もう一度、あたしが説き伏せる!」
「
主に忠実な愛馬は、
「俺と
巨大な海神が、
見上げても、海神の八つ首は視界に入らず。
見えるのは、黒銀に輝く鱗を纏う胴体のみだ。
それは濁音を発して地を這い、寄せる潮に浸ろうと足掻く。
口から吐き出される臭気は、旋風と化して激しく吹き付けてくる。
両の羽を大きく広げ、人々や御霊の祈りを受け、闘気を絞る。
(一瞬だけ闘志を放つ!)
遥か上で、
彼は
一瞬で良い。
『敵を倒す』と云う闘志を絞り出し、剣技を放つ。
その隙に――
(月の石より鍛えられし刃よ……)
(海神を、あるべき海に導き給え)
あるべき姿に返すために、心ならずも闘志を操るより術は無い。
「古き
それは無数の銀青の光刃となり、
海神の八つ首の一つが鎌のように立ち上がり、
天高くに在る
それは数百本の鋭い牙と化し、
「
そこに、
その裂け目から、
亡者たちは、流れ込む浄化の光に誘われ、遠い過去の我を思い出す。
長きに渡って
そこに、ようやく一条の光が延ばされたのだ。。
翼に貼りついてた仲間たちが、その光の中に還ったのを感じていた。
ならば、我も――
亡者たちは、自らの意思で絡ませ合っていた手足を解く。
固い殻が砕け、個々の自由が蘇る。
亡者たちは、多くの御霊が集まる『箱舟』に向かう。
あそこに行けば、この奈落から出られると知って。
かくして亡者たちは去り、
僕として踏み付けていた海海神も、銀青の光刃を浴びた衝撃で己を取り戻す。
海神は八つ首を天に伸ばし、上に立つ
煽られ、
広がっていた御髪の刃は的を見失い、四方八方の宙を闇雲に裂く。
それらを巧みに避けた
「
「大丈夫だ!」
友の手を掴むより早く、
(黄泉の大海を司る偉大なる海神よ……我が無礼をお許し願いたい。止む無きとは云え、御柱に刃を向けし罪は成敗されても致しかた無し。なれど、この黄泉の騒乱を鎮めるための罪……それだけは御心に留め給え)
一瞬の中に流るる無間の意志が、両者の心を繋げる。
海神は、
十六の
海神は八つ首を降ろしつつ、潮を呼ぶ。
波は一気に高くなり――
海神は荒れた潮の中に半身を浸し、
高い飛沫が立ち、
それを尻目に、海神は悠々と波間を泳ぐ。
八つ首をしならせ、大きく吠え、海の果てを目指して巨体を深く沈め行く。
「ヤマタノオロチが海に帰った!」
避難していた人々全員が歓声を上げる。
集まった多くの魂の輝きで、濡れていた衣服は、いつの間にか乾いていた。
だが、仰向けに倒れた
広がった白髪はもがくように、大波を打ち続ける。
(あの
弦月は気配を察し、息を呑む。
(むしろ、あの大蛇や亡者たちは……
そんな考えが浮かんだ。
あの大蛇は、荒れる
(来る……!)
(これが我らの最後の『祈り』となる……!)
海神と
だが、それはもう不要だ。
あとは、『祈り』と『願い』を解き放つだけだ。
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