終章(拾弐) 神巫人

第174話

 ――真珠を敷き詰めたような眩い地平が、果てまで連なっている。


 ――空はたおやかに碧く、果ては光を溶かしたような紫に染まっている。



 神名月かみなづきは、自らを囲む白き水鳥たちを視た。

 水鳥の翼は魂を優しくさすり、澄む声で鳴く。


 友たちも水鳥に囲まれ、甘やかな抱擁を拝受している。


 瞼の底で、祈りと願いを灯した銀色ぎんじきの花の蕾が揺れている。

 金色こんじきの光が射し、花の蕾は艶やかに開いた。


 銀鈴が背に触れ、少年たちは白波揺れる地平に足を浸した。

 水は夢のように心地良く、少年たちは身を沈める。

 

 光が突き抜け、あま陰神めがみから授かった『』が魂を抱く。

 

 『』は、古き神巫人みこびとの力を少年たちに注ぐ。

 無辜の生命の祈りと願いが、少年たちの心に満ちる。


 子宮で視た一瞬の夢から覚め、背を飾る白き羽を大きく広げて飛び立った。







「……白鳥はくちょう……?!」


 美名月みなづきは、舞い上がった仲間たちを見上げ、その姿に心奪われた。

 舞う少年たちは、白鳥はくちょうの化身と呼ぶに相応しく美しい。


 長袖の付いた白い上衣きぬは、比類なく艶やかな綾織物で仕立てられている。

 

 剣を穿く少年たちの上衣きぬは、緋の絹で裏打ちされ、桜の花の如く色めく。

 掌光を放つ少年たちの上衣きぬは、青の絹で裏打ちされ、空を映した如く輝く。

 

 袖口を留める手纒たまきは、高貴な紫の糸で編まれている。


 腰に結わえた倭文布しづり帯は、紫と黒で染められ、金の縁取りが施されている。

 上衣きぬの下には、膝下を超える長さの極薄の裳がひるがえる。

 

 下肢を包むはかまの裾を括る足結あゆいの緒も紫である。

 皮履かわぐつは濃紫にて、薄いくつの底は、歩くようにくうを蹴る。


 各々の頸珠くびたまは、翡翠ひすい琥珀こはく瑪瑙めのう碧玉へきぎょくから成る。


 ウゲツノミコトは、翠の翡翠ひすいの勾玉を揺らす。

 前髪を上げ、後ろ髪を高く結い、編んだ髪を背に垂らす。

 髪は濡羽ぬれば色にて、月に輝く宵羽根の如し。


 カミナヅキノミコトは、金の琥珀こはくの勾玉を揺らす。

 眉を隠す前髪は揺れ、両頬に垂れた髪を絹紐で纏め、後ろ髪も一つに束ねる。

 髪は亜麻色にて、月下に輝く銀紗の如し。


 キサラギノミコトは、紅の瑪瑙めのうの勾玉を揺らす。

 前髪を切り揃え、うねる後ろ髪を結い上げ、背に垂らす。

 髪は承和そが色にて、まさに輝く月の如し。


 ミズハヅキノミコトは、青の碧玉へきぎょくの勾玉を揺らす。

 肩の上で前半分の髪を切り揃え、後ろ髪は二つに分けて結び垂らす。

 髪は青藍せいらん色にて、月を抱く冬空の如し。

 


 これら神巫人ミコビトたちの背には、白鳥よりも白き羽が浮きでている。

 それは音も無く羽ばたき、ゆかしい香りで風を染めす。

 

 


 

「……ミナヅキ、来い!」


 降りて来たカミナヅキノミコトは、左手を差し述べた。

 子犬を抱き、白鳥の如き神巫人ミコビトに見とれていた乙女は、気後れしつつ頷く。


 すると、地の底より白馬が躍り出た。

 白馬は乙女を背に乗せ、見事な翼を伸ばす。


白炎ビャクエン!」


 乙女は、天馬の白さに目を瞑る。

 塵ひとつの隙間も無い、純白の威風である。

 かつての白炎よりも、清らかさと逞しさが増している。


 天馬の翼が乙女を包み、乙女は白い光の中で『』のままに生まれ変わる。


 淡き紅藤色に変化へんげした垂髪は逆巻き、双髷そうけいに結い上げられ、裾髪は輪を描いて結ばさる。

 その結び目は、可憐な白い花で飾られる。

 

 広い袖の灰桜色の上衣きぬ、純白の裳、紅と紫の倭文布しづり帯、肩を包む黄檗きはだ色の比礼ひれが、愛らしい乙女を飾る。

 手首と足首の銀の鈴輪が鳴り、紅水晶の勾玉を繋いだ頸珠くびたまが胸で揺れる。

 

 乙女――美名月ミナヅキ妣妹ヒメの腕の中に居た子犬も大きく身震いし、宙に浮いた。

 その背に小さな翼が現れ、妣妹ヒメも微笑み、仲間を見上げた。


「あたしたちも行こう!」

 

 子犬はミナヅキヒメの肩に乗り、ヒメは天馬の背に手を添えた。

 ヒメの意のままに、天馬は空へと走る。



「祈りと願いと共に!」


 ウゲツノミコトは天を見上げ、鼓舞した。

 神巫人ミコビトたちと天馬は、くうけ上がった。

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