第173話
王君さまと王后さまを前に、
(そのままで。我らのことを、留意せずとも良い)
(
穏やかな御声は、馳せる心を抑える。
王后さまは両手を合わせ、
御娘を抱き上げている王君さまも、瞼を閉じて黙礼なさる。
だが、寝ている訳にはいかない。
周囲を囲む炎の壁の圧が弱まっているのを感じる。
焦って這いずろうとすると――
(ほら……下を御覧なさい)
王后さまが、ゆるゆると進み出て御袖を上げた。
(瞼を閉じ、心を無にして……みんなの声が聞こえますか?)
「……はい……」
瞼の内側は、白一色だ。
耳に届く音も耐える。
不意に――身体が浮き上がった気がした。
下に意識を持って行くと――視界が開いた。
「……ああっ……!」
数え切れぬほどの人々が、こちらを見上げている。
なのに、ひとりひとりの顔が同時に、はっきり識別できる。
人々は歓声を上げ、手を振っている。
「四将さま!」
「僕たちの力を捧げます!」
「私たちも闘います!」
「私たちの願いを受け取って下さい!」
子どもたちが声を揃え、励ましてくれる。
装束から、近衛童子であることが分かる。
目を凝らすと、いつか――敵に利用されて幽体化した童子たちも居た。
イアリと名乗った『
そして『
少女たちは、猫を一匹ずつ抱いている。
「お母さんと……お兄ちゃんとお姉ちゃんたちだ!」
三匹の三毛猫と、茶トラ猫。
距離はあるのに、四匹の鳴き声がはっきりと聴こえる。
「母上……お
「母上に、従姉妹たちも……」
「お
家族を見つけ、
ひとりは継母で、隣に立つのは……間違いなく生母だ。
ふたりは寄り添い、手を取り合っている。
他にも、先達の将たちも大勢いる。
傍らには、鹿の姿で現れた異母弟とその母も。
近衛府の導師たちも、いつか蹴鞠をした衛門府の若者たちも。
(我らの祈りを、君たちの力に)
白い
忘れもしない、
その眼差しは、哀しみと慈愛に溢れている――。
「ナシロっち、頑張れー!」
「声援しか送れないけど、頑張ってくれ~!」
「四将の方々に幸運を!」
――みんなと共に生き延びて、現世に帰るんだ。
――母さんを頼む。
父の意志を背に受け、立ち上がる。
胸の痛みは完全に消えた。
失われていた力が、木霊のように湧く。
別の気配を感じ、左下を見ると――
過去世の父親たちは、テーブルの上で寝ている。
四人とも、顔が赤い。
「おい~、先生はポットに酒を入れて来たんじゃねえ?」
声援をくれる人々の大半は、御神木に封じられた人々だ。
それは、並大抵の苦しみでは無かった筈だ。
それでも、希望に満ちた笑顔で手を振っている。
(我らのことは心配は要らない)
王君さまは愛おしそうに、深く深く眠る娘を見つめる。
(私と后は娘と共に、新たな世界の礎となる。我らが愛した民が、我らの上で実った稲穂を刈り、魚を獲る。獣を追い、命を大切に頂き、次の世に繋げる。それを見守りしことは、大いなる喜びである……)
「王君さま……王后さま……」
四将たちは跪く。
王君さまと王后さまは後光に埋もれ、もはや御姿は見えない。
姫君の装束が、僅かに透けて見えるのみだ。
「……
澄み渡る女性の声が、銀鈴の音の如く響く。
人々は恍々と微笑み、光と化し、鈴の音の中に吸い込まれる。
八十八紀の四将たちも、至福の笑みを浮かべ、静かに立ち去った。
「いま、全ての枷を取り払おう。心ある者たちの祈りと願いに応えよう」
声に誘われたように、数珠が震えた。
その玉に幾条ものひびが入り、天より無数の白き羽根が舞い降りてきた。
「
美しい声に誘われるように、白き羽根は群れ、香しい匂いを放つ。
――
――
――
――
――
「――御使いたちよ。我が母を鎮め、闇に安寧と沈黙を与えよ!」
声の主、『
それと重なりしは、『大いなる慈悲深き御方』の笑みである。
数珠は粉々に砕け、
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