第171話
三人の将と
思いも寄らぬ援軍だが、
それは、皮膚を焦がしはしない。
かつて敵対した時の炎とは異なり、お天道様から注ぐ光に触れた如くに温かい。
(この炎の結界は、容易くは破れない)
頭上に浮かぶ四将たちの瞳は、あの日のままに輝いていた。
心ならずも魂を利用され、敵対したが――在りし日の先達たちは戻って来た。
(全く……ひどい泣き顔だね!)
「
四人の将の身体は半透明で、明々とした炎を纏ったように揺れている。
それは神々しくも――彼らが生者では無いことを示している。
だが、その表情は限りなく清々しい。
(
(はい、
二人の剣士は炎の壁の左右に散り、光を纏った刀刃を深々と地に突き刺す。
たちまちに、
二人の霊力で、動きを抑え込んだらしい。
「……こうしてお会い出来て、胸の
「もしや、『大いなる慈悲深き御方』の御加護でしょうか?」
(ああ、今の『魔窟』で死を迎えた者の魂は行き場が無い。だが『大いなる慈悲深き御方』の御加護で、殆どの魂は眠りに付き、目覚めの時を待っている。我々は受戒した身であり、生前の能力ゆえに、君たちを見守ることを許された)
(けれど、あなたたちを助けられなかった。『魔窟』はあなたたちの現世に相当する場所。私たちのような死者の力は及ばない世界なの)
先達の四将たちの髪は、肩の位置で削がれたままだ。
受戒して『大いなる慈悲深き御方』の弟子となった証なのだ。
(そして宵の王との闘いで、君たちはこの
(ここは、『死者の世界』だ。だから、どうにか道を
両膝を付き、動きの止まった心の臓に手をかざす。
(かなり荒療治だけど、試してみよう。生き返るかも知れない)
「
(僕の術は、『
自らの掌を見つめ、説明する。
(君たちの学舎の祭りで見たよ。子どもが、六面の奇妙な道具を回しているのをね。面を入れ替えて、六つの色を揃える遊びだった。君たちとの闘いでも使ったけれど、それを応用する)
「……まさか!?」
「
「そう。ただし体外に流れた血は全ては戻せない。だから、これは賭けだ……」
「我の血を使え……」
傍に座していた女は覚束ない声で呟いた。
「……この手で、我が
――生きている将たちと
余りに激しく、余りに哀しい『想い』だった。
避けられぬ別離を前にした、業に塗れた女の
「
女は命じ――
堕落しようとも、女は月の公主の化身だ。
戦意も殺意も失った女に向ける刃は無い。
女将は白水干の内より銀の小刀を出し、両手で女に差し出す。
女が銀の鞘に触れると、鞘は溶けるように消え、その下の白刃が閃いた。
女は目前に倒れている夫を眺め、背中に掛けられている陣羽織を捲った。
動きを止めた心の臓が晒され――女は赤い唇を歪めた。
女は小刀で、左の掌を十字に切った。
女の意を受け、おびただしい血流が溢れる。
「……愚かなことよ……」
女は自嘲するかの如く囁き、溢れる真紅の『想い』で心の臓を濡らした。
血流は心の臓を囲むように流れ、不思議と地には零れ落ちない。
それは真紅の玉と化し、波打った。
(……もう充分です)
女は無言で手を引き――すると、たちまち溢れていた血は止まり、傷口も塞がって消えた。
(……いくよ!)
(猫ちゃん、手伝ってくれるかな。裂けた皮膚の治癒を任せたい)
「はいっ!」
目を逸らせば、今までの過去が無駄になる――。
チロもその足元に座り、成り行きを見守っている。
全員が、術者の手を注視した。
彼の両手の間の真紅の玉が渦巻き、
「心の臓を元に戻す! 血と共に!」
術者は叫び、傍らの女は瞼を閉じた。
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