第170話
誰が知ろう?
この『
魂は何処へと向かうのか――
安息の地に導かれるであろうか――
目前の惨劇に、
「姫さま、何てことを!!」
だが――女は悲鳴を無視し、血塗れの手を引き抜いた。
心臓は主の身体から屠り出され、その身は地に伏す。
空洞は血が噴き出し、見開いた
「無駄なことはするな!」
血漿を浴びた
玉花の姫君。
蓬莱の尼姫。
茶室の少女。
蓬莱天音。
黄泉姫。
宵の王。
その
女は地に腰を落とし、男の名を呼んだ。。
手の内にしたものを眺め、涙を絞り、のたうつ声を響かせる。
――愛する男に生きていて欲しい。
――けれど、他の女には渡さない。
歓喜と後悔。
願望と欲望。
織り成す狂気の笑いが、風の音をも掻き消す。
チロが飛び降り、亡骸に鼻を摺り寄せて鳴いた――。
「
五人とも、
邪悪な力を弾く護符だが、ここまでの闘いで霊力は摩耗している。
それでも、一瞬で身体を貫かれるとは考え難い。
霊符が効かない相手であるとしか思えない。
「その女は、『宵の王』から分離した存在と思われます。邪気とは異なる『念』を発しています。
友の一人が斃れ、戦力が大きく削がれた。
ましてや、ここは罪人の魂が流される『獄』であり、古き
『魔窟』での死は数えるのも難儀なほどに経験したが、その都度に魂は現世に帰還し、転生している。
だが――今回は事情が大きく異なる。
魂が現世に行きつけるかは不明だ。
「私の判断が悪しき事態を招いた……」
「ここが奈落の底と知りつつ、情を先んじた。箱舟の脱出に専念すべきだった。人面化させられた者たちを救うことを考えるべきでは無かった……」
「……
すると、女が哄笑した。
「はははははは!
女は、血塗れの心の臓を
「我が名を教えよう……
――沈黙が過ぎる。
――人は動かず、チロだけが亡骸の頬を舐めている。
耐えかねた女は立ち上がり、
「なぜ殺さぬ! ああ、首では不満か? 手足を斬り刻んでも良いぞ?」
「……公主さま、箱舟を呼び寄せられますか?」
「この
「阿呆か、
女は長袴を蹴って立ち上がった。
血にまみれた袖が、
だが、
「我ら二人の魂など飛沫の如きでしょうが……
「この者の光を感じます。魂は、未だその身から離れておりません。この
「ああ、救いようの無い阿呆だな!」
「
「……判断を誤った責は取る」
彼は陣羽織を脱ぎ――
「古き
「ああ、お前は真のクソ阿呆だ! お前に付いて来た俺もな!」
「……弦月さまには、お前たちが頭を下げて欲しい。現世の母君にも……御子息を連れ帰ることが叶いませんでした、と」
「我は公主であるぞ!」
女は
「勝手に命令するな! 我を殺せ!」
「忠臣を殺める公主に従う道理は在りませぬ!」
「待って、様子がおかしい!」
ようやく異変に気付いた一同は、頭上を見る。
立ち上がった
瞬きする間に――針天上は容赦なく落ちて来た。
轟音が鳴り、
シャツのボタンの間に手を突っ込み――千切れた霊府を引き出す。
「はは……もう限界みたいだ」
針天井は、彼らの頭上三メートル程度の位置で静止している。
「チロ、お前だけでも逃げろ! そこらへんの隙間から出ろ!」
だが――チロは
「……猫の姿に戻れぬのかっ?」
女の気色も変わった。
愛猫の最期を前に、幾許かの情が戻ったのだろうか。
笑いは消え、焦りの色が浮かんでいる。
「……
死を恐れはしないが、箱舟の仲間たちの無事を見届けられないのは無念だった。
――頭上の邪気が大きくなる。
針天井は重々しい音と共に落下した。
――周囲が
その
「……
(もう大丈夫だ!)
(君たちを死なせない!)
(諦めないで!)
(さあ、立って!)
巻き上がる炎の中に、四つの幻像が浮き出た。
墨染めの小袖に純白の水干を重ねた――八十八紀の四将たちがそこに居た。
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