第168話
箱舟は、少しずつ高度を上げて行く。
それを遮る如く、海水を吸い上げた竜巻は太さを増す。
風は
それでも、御簾の内から響く祈りは止まない。
箱舟は力強く、前方に立つ異形の
御神木が浮いていた位置は、十一階建てのマンションの屋上ほどだ。
「頭の先まで、百メートルっぐらいか?」
「アニメの伝説の巨人と同じ高さだな。『巨大ロボット研究所』での研究成果が役に立つとは思わなかったぜ」
「
「帰ったら報告しよう。巨大な敵を鎮めて世界を救いましたって」
「了解です、隊長!」
彼らの表情には、悲壮感は無い。
敵の正体は、
あるいは、母に会うために
そうした古き
茶室の少女は言った。
いずれであれ、朽ちた異形は狂乱の域にある。
すべきは、狂気と憎悪を鎮めることだ。
やがて――箱舟は、敵の頭頂よりも高い位置に昇り詰めた。
風に抗って身を乗り出すと、斜め前方に人面を被った頭部が見える。
人面の下の
人面化されられた人々の魂が、苦痛を味わっていないことを願うしか無い。
一刻も早く、彼らを解放せねばならない。
「これを着て。君は回復役だ。君が倒れたら困る」
「……はい!」
玉花の姫君が愛でた
一瞬の安らぎに瞼を落とし――けれど直ぐに顔を上げた。
その表情には、一人の術士として強い決意が見える。
「間もなく船を反転させる!」
「みんな、思い出そう。我々の『叙任の儀』で、舞台脇の
「任せとけ! お面のプロが此処に居るからな!」
他の二人も、無言でそれに倣う。
『
それが互いの刃の閃きに移り、少女の願いが輝く。
あの術士用の汗衫姿の少女だけでは無い。
仲間の三人の少女も、きっと傍に居るだろう。
四人の少女の姿を、多くの先達や後輩の姿を想う。
どうか、我らを導き給え――と。
「大丈夫だ、いける!」
刃は、華やかな金色の輝きを放っている。
少女の願い――
人々の心は、光の糸となって導いてくれる。
そうして――敵に近付いた箱舟は、緩やかに左に曲がり始めた。
左弦が僅かばかり沈み、四人は右弦の縁に片手でしがみ付く。
敵の荒ぶる白髪が、針のように襲いかかって来る。
飛沫を放つ竜巻の束も迫って来る。
甲板は濡れ、振り上げられた針の束は箱舟を打ち壊そうとする。
しかし、船を護る霊符と、荘厳な祈りはそれを弾き返した。
それでも、轟音と振動は凄まじい。
寝殿の御簾の内側から、悲鳴が響く。
それでも「大丈夫だ!」と励まし合う声が聞こえた。
「尼君たちをお守りしろ!」と
――労わり合う彼らの声が、さらなる勇気を与えてくれる。
――彼らなら、新しい世界を築いてくれる。
「跳ぶぞ!」
五人は腰を落とし、右弦の縁に乗る。
――釣りをイメージすれば良い。
――あの人面の中に埋もれた霊気を辿る。
――少女の霊気を刃で捉え、それを目指して跳ぶ。
――そして敵の頭上に着地する。
「行こう!」
数多の意志は一つに重なり、彼らは船の縁を蹴る。
金色の光が放たれ、向かい来る嵐を裂く。
祈りに導かれ、闘いを終わらせるべく――宙を舞った。
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