第166話
打ち寄せる荒波――
御神木の根元の穴から湧き出でる水――
それらは、完全に大地を呑み込んだ。
御神木は宙に吊られているかのように、横倒しの状態で浮いている。
折れた枝や散った葉は、幹の周りを気流に乗って巡回している。
そこより一町(約110m)ほど離れた洋上に、箱舟は浮いていた。
激しい風を受けて波は弾け、船体の底を濡らすが、船は微塵たりとも揺れない。
「……くそっ、水が止まらねえな」
船首で御神木を監視していた
救助されてからの体感時間は三十分程度だろうか。
水位は刻々と上がり、御神木の幹を濡らし始めた。
浮いている位置は、
十一階建てのマンションが水没するほどの水位とは、凄まじい洪水だ。
「
寝殿から出て来た
ブーツを脱いで寝殿に入ると、中は立て障子と几帳で仕切られている。
手前の半分には、男たちが集まっている。
その右側に
袖を引き裂いて、裂けた左腕に巻いているようだ。
が、そこには薄黒い染みが浮き出ては消えている。
体内に残る邪気に違いない。
「黄色い
「……
もう一枚の袿があれば、
「馬鹿か、お前。治癒効果のあるアイテムを手放す奴があるか」
「……
「……馬鹿と付き合ってると、馬鹿が移って困るぜ」
そんな遣り取りを聞く
――何とかなる。
――我々は、そうして『義』を貫いて来た。
彼らは見つめ合い、意思を確かめ合う。
狂気と邪気に塗れた相手でも、近衛府の先達だ――。
許し難い罪人でも、踏み付けることなど出来ない――。
そこに、盆を持った小君が現れた。
「
「……すまんな」
盆を受け取り、じっと小君とを眺める。
この少年の顔には覚えがある。
あの処刑場に連れて来られ、自分たちの髪を削がされた子だ。
――この子も、生き残っていた。
あの時のことは忘れているようだが、生きていてくれたことが何より嬉しい。
「……怖くないか?」
訊ねると、小君は大きく頷いた。
「『大いなる慈悲深く御方』が見守ってくださいます。それに、四将の皆さまのお力を信じています」
「うーん、色男はツラいねえ」
「安心しろ。男なら、あちらの尼君たちと
「はい!」
小君は引き返し、几帳で囲まれた女性たちの部屋に戻った。
「地上は大洪水だ。御神木も水没しそうだ。その時が、ラスボス先生のご登場かな。おやつの時間を用意してくれるとは、ラスボス先生も気が利いてるぜ」
「……地下から這い上がるのに時間が掛かってるんだろう」
茶室の少女は、御神木の真下に
それが事実か否かはともかく、この大洪水を起こした『存在』を鎮めなければならない。
――昏睡状態に近かった
咳き込み、口から泥水のような飛沫を吐く。
「いけない……!」
羽織を脱ぎ、
畳の上に吐き出したら、見ている家来たちが怯えると思ったのかも知れない。
「全部、吐き出しなさい。我慢しなくて良いから」
――激しく咳き込む彼を、実の父親のように労わる。
「
「はい!」
彼女は、袖の内側に入れていた首飾りを差し出す。
『黄泉の水』を入れた魚型の醤油さしを繋いだものだ。
受け取った
水の色に変化は無いが、花の芳香が漂ってきた。
「王后さまが現世を訪れた時……仰った。
「……全部、入れよう!」
「……ありがとう」
彼女は、もはや一人前の術士なのだ。
「さあ、飲んで」
彼女の手のひらからは癒しの術が放たれており、茶碗の内の水は緩やかに輝いている。
彼が水に口を付けた時――異様な衝撃が全員の身を貫いた。
女性たちの部屋から、チロと太郎丸も走り出る。
「大変だ!!」
見張りに付いていた偽り二人が、血相を変えて飛び込んで来た。
「
「……おやつの時間は終わりか」
「さて、ラスボス先生のご尊顔を拝ませて貰おうぜ」
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