終章(九) 神逅椰(かぐや)
第162話
「……ったく、バカが!」
彼の左腕からはみ出す『顔』は不快な呻き声を発し、血泥を吐き出している。
「あたしが治せるかも!」
近付こうとした
「地の守護結界から出るな! 癒しの術では無理だ!
刀を構えて怒鳴る。
手首から腕の付け根までが、ぱっくり開いている。
それが留まっているのは、間違いなく左腕に掛かっている数珠の守護だ。
『大いなる慈悲深き御方』より授けられた数珠は、最悪の状況を阻止している。
それでも、神逅椰の顔面が飛び出すようなら、彼の左腕を斬り落とす算段だが……
「俺の調理経験は、家庭科の実習と方丈先輩の家で野菜を切っただけだからな!」
自らに気合いを入れつつ、飛んで来る生首を観察する。
明らかに、勢いと数が減少している。
御神木に跳びついた
しかし、その根元では、宵の王と
宵の王の黒紫の『
だが、互角では無い。
今は互角に見えるが、宵の王に分がある。
太刀に貼った霊符に刻んだ術は、無限に出せるものでは無い。
術が切れる前に、
(あとは、全員で宵の王にぶつかるだけだ!)
この先、君の力が必要になる。
今は耐えてくれ、と。
「まだ串焼きにならぬか!?」
宵の王は、雅やかに檜扇を振り続ける。
広い袖が緩やかに翻り、発せられる
地の底からは、鋭く尖った根も飛び出す。
(俺は
自らの長所と短所を知る彼は、全身の筋肉を絞って太刀を振る。
国の秘宝たる太刀を受け継ぎ、己の得物だった『
二つの刀身は一つとなったが――その意味する所が、ようやく分かった。
今の『
握った手先から薙刀の先端までの幅の、氷と冷気の幕を発生させている。
身長よりも幅広の幕は、易々と身を包んで
無論、『氷の霊符』に限界があることは知っている。
先ほど焼かれた、喉の奥の痛みも消えてはいない。
だが、心は穏やかだ。
向かい来る
(攻める必要は無い。受け止め続けて、活路が開くのを待つ!)
ひたすら気配を読み、防御に徹する。
倒すべき相手は居るが、それは憎むべき敵では無い。
故郷の闇を払う闘いは、憎悪に呑み込まれぬ闘いでもある。
(みんな、あと少しだ!)
すでに、御神木の半ばを超えただろう。
『生首の実』は、この辺の枝には無い。
銀に輝く幹に、同じ色に輝く葉だけが繁り、攻撃の意思は感じない。
それどころか、葉は自分の行く先を示すように左右に綺麗に分かれ、隙間を作ってくれる。
間違いなく、御神木に閉じ込められた仲間たちが道を開けてくれている。
宵の王は、
下で、黒紫色の光と白色の光が激しく交錯しているのが見える。
その様子も、木の中の仲間たちには伝わっている筈だ。
(命が溢れる世を取り戻す! 仲間が後押ししてくれる!)
その一心で、上へ上へと跳ぶ。
そして――視界は開いた。
御神木の頂に到達したらしい。
真上に、微かな赤を帯びた月が座している。
その輝きは無二にして妖しく美しく、神秘の光を降る。
下の喧騒もここには届かず、仲間の姿も薄紫の雲に隠されている。
感覚を澄ますと、微かに水の流れる音がする。
黄泉のせせらぎだろうか。
ここは、『死』と『生』の狭間なのかも知れない。
首を上に傾けると、人の身ほどの太い棘が重なり合って密集していた。
それは、重なり合う花びらにも似ている。
その隙間に手足を掛け、昇って行くと――中心に、彼は居た。
数本の針で腹を打たれ、標本のように横たわっていた。
下半身や腕は太い棘と同化し、肌の色も血が抜けたように白い。
垂れる長い白髪の先端も、棘に溶け込んでいる。
だが、その顔立ちは――紛れも無い
瞼を開けたままだが、色の無い瞳は何をも見ていない。
「ガレシャさま……」
重ね着た袿の一枚を脱ぎ、冷たい体に掛ける。
すると、色の無い瞳に、僅かな青が浮かんだ。
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