第154話
その茶室は、八畳間である。
亭主を勤める少女は、左の奥に座していた。
制服姿のままで、茫洋たる眼差しで右手にある庭を眺めている。
開け放された障子の前庭は白い砂が敷かれ、日射しの下で波のように輝く。
木々の枝は、爽やかな風の流れに合わせて揺れている。
縁側のピンク色の円形ベッドでは、チロがぐっすりと眠っている。
その横に立つ
亭主と対面する形で、四人は並んで座らねばならない。
問題は、『
『
「
――
茶会の進行については、そこそこ知っている。
その会話を察したか否か分からぬが――少女は四人に声を掛けた。
「みなさま。作法に拘らずに楽しみましょう。そのままお入りになって、席にお付き下さい」
「では……失礼いたします」
いつでも抜刀できる位置であるが、少女は不快感を示さなかった。
両手を真新しい畳に沿え、深く頭を下げて挨拶をする。
「私のわがままで開く茶会です。お菓子と薄茶をお出しいたします。しばし、寛いで下さい。足がしびれたら、崩しても構いません」
「お気遣いありがとうございます」
「お招きいただき、御礼を申し上げます。本日はお日柄にも恵まれ、このような立派な茶室を拝見できること、嬉しく思います」
言葉に合わせ、他の三人も黙礼した。
しかし――
客の背後の壁は、物で埋め尽くされているからだ。
掛け軸には、彼らが通う高校の校舎正面が墨絵で描かれている。
少女が通った中学校の制服、ミルクティー色のロリータドレス、浴衣が壁に吊るされている。
その下のカラーボックスの上にはテディベアの雛人形が置かれ、下の段には書籍や靴が入っている。
茶碗や皿、さらには米袋、袋入りの菓子、ティーバッグの紙箱などの食料品。
テレビにスマホ、クッションもある。
ミゾレに似た三毛猫の縫いぐるみも。
部活で使った茶道具も。
壁には、隙間なく写真が貼られている。
中学の卒業式・高校の入学式・桜夏祭・動物園で撮った写真。
蓬莱天音と祖母の写真、和樹たちと一緒に撮った写真。
中には、和樹と蓬莱天音がスーパーで買い物をしている写真もある。
服装からして、スーパーに居た人々がシカの被り物をさせられた時のものだ。
だが――こんな写真を撮った記憶は、
叶わぬ願いが、こうあって欲しいとの祈りが、胸を打つ。
「……亭主にお訊ねいたします。御名を、我らにお知らせ下さい」
「……そのようなものは……ございません」
だが、穏やかな口調で
「では、ここは『蓬莱天音』を名乗った少女の……『思い出』と解釈してよろしいでしょうか? 我らの大切な友人です」
「……もう、彼女は存在しないのですよ?」
「いいえ。彼女と過ごした日々の記憶は、決して過去形にはなりません」
「……ありがたい御言葉でございます」
少女は微笑み、
「みなさまにお菓子をお出しして」
「は、はいっ」
緊張した声が響き、
緊張のせいか、足が小刻みに震えている。
それを解くように、少女は優しく語り掛けた。
「
「はい!」
お菓子と聞いた
足取りも軽く、雨月の前に菓子器を置く。
「どうぞ、お菓子をお召し上がりください」
少女が促し、
菓子器の中央には、大きなイチゴ大福が入っている。
十文字に入った切れ目から、真っ赤なイチゴが顔を出し、上品な薄紫色のこし餡がそれを包んでいる。
目にした
良く見ると、菓子器は五個が重なっていた。
まだ、しばらくは――茶を飲み終わるまでは時間がある。
その時まで……
そう思い、
校門から眺めた校舎に続く道の左右には、木々が立ち並んでいる。
生徒は描かれていないが、空には薄雲がたなびいている。
吊り下げられた衣装、写真、本、ひな人形……
それは、少女が願った『永遠』だ。
自分たちは、大人になれないまま『死』を繰り返した。
それを断つための闘いを繰り返してきた。
これが、最後の機会だ――
望めば、この少女と『永遠』に此処で過ごせるかも知れない。
ここで庭を眺め、思い出を語り合い……
だが、それは禁忌の平穏だ。
『時映し』に封じられるように、悲しみや苦しみから隔世されて存在し続ける。
友のことも、家族への想いも忘れて。
自分の使命を忘れてはならない。
その両方を助けたい。
御神木に封じられた人々を助けたい。
方丈日那女の決意を無駄にしてはならない。
今までの闘いを、犠牲にした先達の四将たちの魂に報いたい。
雪崩れる心を押さえ込み、四段目の菓子器を取り、残った一段を正面に座っていた
『
それは、甘く酸っぱく――甘美な香りが頭に抜けた。
そして、自分たちを見つめる少女の視線を受ける。
少女は、この瞬間をも『永遠』に閉じ込めようとしているのだろう――。
夢は、いつか醒める。
それを記憶した者の中に生き続ける。
それを記憶した者が動きを止めた時、夢は何処に行くのだろう?
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