終章(七) 儺遣(なやらい)の宴
第153話
少女に導かれ、御神木の影の中に足を踏み入れる。
すると、瞬時に光に満ちた庭園が現れた。
高くそびえる空は、果て無く青い。
彼方の稜線はなだらかで、その真上に面相筆で描いたような筋雲が流れている。
庭園の木々は枝を方々に広げ、緑の葉が青々と茂っている。
石を敷き詰めた小径の脇に咲く花は、アヤメやスズラン、コスモスなど。
それらは、可愛らしく
池の脇に据え付けられた
行く先には、大きめの茶室が見える。
茶室から二メートルばかり横に、馬屋があるようだ。
前庭には、白い砂が敷き詰められている。
――
顔を上に傾けると、髪を高く結い上げた
彼女は蹴鞠を持ち、少年たちに満面の笑みを向ける。
「みんな、随分と長く蹴り続けたな。将来が楽しみだ!」
「はい!」
月の国の近衛童子四人と、花の国の衛門府の童子四人は声を合わせた。
互いの健闘を称え合い、顔を見合わせて笑う。
(そうだ……花の国に招かれて、庭で衛門府の
遠い過去の、懐かしい思い出が目の前に帰って来た。
あの時は、十二歳ぐらいだっただろうか。
明るい将来を信じ、希望だけを見ていた――。
「菓子と茶を用意している。見物の女人たちに挨拶をしてから行くぞ」
「はい!」
すると――端の
アトルシオは、その少女を知っている。
八十八紀の近衛府の四将のお披露目行列の時、御車の屋形から御顔を出した幼い姫君。
そして先ほど、歓迎の御言葉を賜った故国の公主――。
挨拶を終えた童子たちは庭を去り、御簾の内の女房たちも去って行く。
最後尾を進むアトルシオは、名残惜しさに何度も振り返っていた。
「姫さま、戻りましょう!」
「うん……」
御簾の中の声が聴こえる。
お付きの
「大丈夫か――?」
心配そうな
彼は何かを感じ取り、囁いてくれたのだろう。
さすがに、思い出に呑まれていたとは答えなかったが――
しかし、先導する少女は振り向きもしない。
髪を揺らし、無言で歩き続ける。
「
「はい……」
馬屋は屋根と水飲み用の桶があり、干し草も積んであるようだ。
馬屋に貼れと云う事だろう。
ここは敵地の中心であり、こそこそと渡してもごまかせるものでは無い。
まして、写しの霊符がどの程度の効力を発揮するか不明だ。
それでも、無いよりは良い。
チロはその背から飛び降り、
しかし、すぐに茶室に走り寄る。
縁側のある庵で、障子も開け放たれており、畳敷きの部屋も見える。
その縁側にはペット用の丸いベッドが置いてあり、盆の上には食器が二つある。
パウチに入った犬の餌と、紙パック入りミルクも置いてある。
チロはベッドの横に座り、舌先を出して尻尾を振って餌を
「しょうがねえな、お前」
チロは、たちまち御馳走にありついた
「……素晴らしい庭ですね」
「そう言って頂けるとは、嬉しい限りです」
「みなさまは、縁側からお入りください。すぐ正面が書院です。準備が出来るまで、そこでお待ち下さい。右隣が茶室になっております。私は裏手の玄関から入ります。
「はいっ」
元気よく返答した
いつ闘いの火蓋が切られるか――
その時は、この人を攻撃しなければならないのか――
戸惑いを隠せない。
「では……」
少女は深く会釈し、建屋を回り込んで姿を消した。
入れ違いに
取り敢えずは、指示通りに書院に上がった。
授業で習ったままの『書院作り』で、床の間の右横には段違いの棚が設えてある。
棚の下の引き出しを開けてみたが、何も入っていなかった――。
「我が母校のブラック校則に感謝しようぜ。登下校時はスニーカー禁止、って奴に」
「脱出の時に履きやすいからな」
「……そうだね」
太刀は左側に置き、いつでも抜刀できるよう準備している。
今の所、武器を捨てろとは言われていない。
「気になるのは、この数珠だ」
ブレザーの袖口から、左手首の数珠が覗いている。
『大いなる慈悲深き御方』から授かった宝ではあめが、未だ外れず、千切ることも叶わない。
「信じよう……」
「我らには、希望が託されている。我らの父や家族、無辜の人々、そして
「姫君も……だろう?」
「ああ……」
くぅ~んとチロが鳴き、ベッドで寝返りを打って仰向けになった。
四人は表情を緩め、庭の景色を眺める。
花の白や紫、木々の緑、白い砂――
偽りであっても、それは美しい。
「あの……準備が出来ました」
ベッドごとチロを運び、茶室の前に移動させる。
四人は靴を持って移動し、茶室の前の敷石に置く。
手前の障子は開いていた。
すでに少女は正座しており、その横には風炉が置かれていた。
茶釜からは湯気が上がっており、香木の甘やかな香りが漂っていた。
◇ ◇ ◇
追儺(なやらい)
……悪霊を払う儀式のこと。
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