第121話
「……その点に付いては礼を言う」
日那女は、僅かに首を前に傾けた。
「
そしてひと呼吸を置き、考えを張り巡らせる。
黄泉姫は妙な嫌がらせをしてくるが、敵対している訳ではない。
先の闘いでも、
今日は、
その詳細は分からないが、黄泉姫いわく――
「
だが――倒した証拠を持って来たのは歓迎せざる行為だ。
自分以外の者の目に触れなくて良かった、と心底から思う。
自分でさえ、膝の震えを必死に押し殺している。
過去世では、人を
それでも、現世で無惨な遺骸を目にするのは
だが、黄泉姫は指に付いたジャムを優雅に舐め、首を傾げて訊く。
「
「無い。もう一度言う。早く帰れ」
「……つまらぬな」
黄泉姫は不服そうに唇を尖らせ、立ち上がった。
「……
黄泉姫は――瞼を閉じて微笑んだ。
その顔は、蓬莱天音にそっくりだった。
仲間に囲まれていても、どこか寂しそうな孤高さを感じさせる表情。
姉だった
。
あの姫君が、最後に見たものは何だったのだろう――
黄泉姫のなびく黒髪を見つめ、あの最期の日を思う。
父と母を殺され、夫となった
それ故の『罪』――
それを誰が咎められよう?
姫君に『罪』を問えよう?
「待て……黄泉の
かつての『
「
「やはり、気付いておったか」
黄泉姫は、茫洋たる
表情が消えた白い顔の、その黒き瞳は果て無き虚無を従えている。
「月光が射す夜……
――風が草を揺らし、池に
血の臭いも消え、隅に蹲っていた黒猫は庭に走り出た。
死した者のために。
死した者の魂の救済のために。
死した者のために戦う勇士たちのために。
暫し後――瞼を上げて、昏睡状態の月城に声を掛ける。
「
◇
◇
◇
◇
静やかであった殿舎は、今ばかりは喧騒に揺れていた。
月光が一条たりとも射さぬようにせよ、との『蓬莱の尼姫』からのお達しなのだ。
故に『八十九紀の四将』の偽りたち、『小君』と名乗る
殿舎の全ての柱や、渡り廊下の床にも呪符を貼って回る。
この殿舎は、尼姫君の住まう『寝殿』と『東の対屋』と『西の対屋』から成る。
偽りたちは、『西の対屋』で寝起きし、昼は『東の対屋』で過ごしていた。
『東の対屋』の主は
務めを終えた偽りたちと小君は『東の対屋』に戻った。
昆布茶で喉を潤し、一息をつく。
小君は真っ先に手を伸ばし、
「済まないね。何もしてあげられなくて」
「いいえ。動いている方が性に合っておりますので。それに、月光は
偽りと云えど、本人の性分が反映されるものらしい。
時と共に、
『自決しろ』と命ぜられたことが余程の衝撃だったのか、それまでの軽薄さが吹き飛んでしまったようだ。
一皮剥けた状態、とはこのことだ。
他の三人も幼稚さは残っているが、邪気はすっかり失せている。
「
「心配するな。黄泉の
が――膝立ちで
「ごめんなさい……
「もう、謝らないで。君たちは、悪意ある者に利用されただけだ」
狩衣姿の四人と違い、特別に仕立てた現代の和服姿である。
その膝元には、
四人を見回した
彼らは、自らを消される覚悟で
自分の息子と、その友人たちの化身の少年たち――
無縁とは言い難い少年たちを、誇りに思わずにはいられない。
彼らの勇気で、息子たちは生き延びたに等しい。
頭を下げるべきは、こちらなのだ。
「尼姫君は、ご無事なのでしょうか?」
「それに『花弦の王君さま』と『王后さま』も。以前、『王后さま』に大変な御無礼を働きました」
「私はその方々をを存じ上げないが、お二人とも君たちの心変わりを知って喜んでいらっしゃるだろう。さあ、食べて鋭気を養おう。戦いが終われば、国を再興するのは君たちだからね」
「……はい!」
これから暫しの間、部屋に籠もって過ごさねばならない。
国の命運は、本物の『八十九紀の四将』たちに託された。
自分たちは、ここで
そう決意している。
この世界の月光は、現世で生を受けた者には害を及ぼしてしまう。
それが魂であれ実体であれ、月光を浴びることは、身の損壊に繋がる。
最後の闘いが始まれば、月光が荒れ狂うのは間違いない。
だから月光を遮断するために御簾を一枚増やし、悪しき存在を避ける『
数百枚の呪符も貼った。
出来ることは、全て成した。
全てが終わった時は、どのような空が其処にあるのか。
現世で見たような美しい空が見れますように、と彼は願った。
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