第116話


「先輩……」

 和樹と一戸は絶句する。

 自分たちとて、死ぬ覚悟はある。

 死にたくはないが、万一の事態は想定している。

 だが、方丈日那女の――魂を捧げる覚悟には気付いていなかった。

 

 しかし、日那女は泰然とプリンを口に入れる。


「五十年前、君たちの事故死を知った時は、言葉にならなかった。覚醒前の君たちに手を下すとは、想像していなかった。だが、落胆している隙は無い。私と方丈様は、すぐさま次の転生地を探した。そして、この街に目を付けた。古きカミが住まわれる霊峰に守られた地だった。私たちは、カミの許しを得て、この地に『黄泉の水』を引き入れた……」


 日那女は庭を見た。

 月城が流れ着いた池――それこそが、和樹たちの魂を呼び寄せた根源なのだろう。

 黄泉の流れに導かれ、三人と猫一匹はこの街で転生した。

 そして覚醒に合わせて、蓬莱天音が現れた――。


 それらを鑑みた日那女は――過去の敗北さえも、この時代での闘いのためだったのかと考える。

 月城が流れ着くまでの間、三人と一匹は破れ続けても心折れなかった。

 彼らの心はより強く結びつき、絆を深めた

 家族に支えられ、成長し、今が在る。


 彼らのために、魂を捧げるのは本望だ。

 そもそもは、同期の大将の過ちから始まったこと――。

 姉と異母弟、多くの童子たちをも救ってくれた彼らのために、惜しむべきは無い。

 それに、魂が滅びる訳ではない。

 日那女は、頼もしい後輩を諭しにかかる。

 

「……土地を借りれば、地代を払うのは当然だ。今までは、私の父となった方丈様の担保だった。その後を私が継ぐだけだ。私は方丈様ほどの能力は無い。肉体を犠牲にするが、土地に染みた異界の霊気が消えるまで……数百年間だろうな」


「そんな……」

 和樹は腰を浮かせ、一戸は唇を噛み締める。

 ここまで来るには、日那女と幾夜氏の助力あってこそだった。

 なのに、二人を犠牲にして事態が収縮するなど納得しがたい。

 まして、今の日那女は自分たち同年代だ。

 普通の高校生として過ごす彼女を知っているだけに……心が塞がる。



「君たち、遺影を見るような顔は止めたまえ!」

 日那女は一喝し――ニコリと笑った。

「いいか、考えてみろ。どんだけの悪の組織の首領が『私は神だ』とほざいて、正義のヒーローに敗れていったか! 悪の立場になるのは少々不本意だが、『神』モドキになるのも悪くはないぞ!」


「先輩……」

「だから、その顔は止めろ。君たちが素敵なジジイになるのを見守ってやるからな。お迎えが来たら、あの世に行く前に顔を見せてくれ。私がこの地を離れ、人に生まれ変わった時には、火星で再会してるかも知れんぞ」


「はい……火星で待ってます……!」

 一戸は目頭を押さえ、和樹は顔を背ける。

 その先には、月城がいる。

 

 ここに居ない上野やミゾレも含め、全員で方丈先輩と火星で再会する、と誓う。

 そのために、九月九日に決着を付けねばならない。

 父の魂を霊界に帰し、久住さんを連れ戻し、母と平和に暮らす。

 だが――浮かんだ疑問を口にする。


「先輩……黄泉千佳ヨミチカも、向こうに連れて行くんですか?」

「止むを得まい。本人は嫌がるかも知れんが……神無代かみむしろくん、次の日曜日にでも彼女をデートに誘ってやれ。説得できるか?」


「何とも……言えません」

「『魔窟まくつ』には、影のような人間の姿をした者たちが居るな? ラスボスを倒せば、彼らは人間に戻れると思う。その人数は判らぬが、世界を復興するには足りる筈だ。それに、ニセ神名月かみなづきたちも居る」


「本当に!?」

 二人の顔に希望が差す。

 あの世界が復興する――

 あの美しい光景が蘇る――

 それは、大きな喜びだ。


 和樹は、あるテレビ番組のナレーションを思い出す。

 昔、南方から日本に辿り着いた人類がいた。

 彼らが日本人の祖先らしいが、十二組のカップルがいれば人口は増えるらしい。

 最初に訪れた『魔窟まくつ』の村には、影のような人々が居た。

 犬の家族も居た。

 彼らも元の姿に戻り、営みが再開する――。

 


「……黄泉千佳ヨミチカなら、苗を持ち込めそうだな」

 一戸の声も明るい。

「あちらの雨月うげつが言ってただろう? 砂糖があれば御萩おはぎが食えるって。サトウキビの苗を持ち込めないかな」


「あ……」

 和樹は、寄り添っていたニセ者たちの姿を思い出し、日那女も微笑んだ。


「……良い土産を持って行けるな。色々と準備が必要だ」

 日那女は、カップの底のカラメルごとプリンをすくい、パクリと頬張る。


「九月九日の金曜日の夜に、我らは『魔窟まくつ』で最後の戦いに挑む。その日は、我が家の池から『魔窟まくつ』に潜行し、『宝蓮宮ほうれんのみや』の王宮に着地して貰う」


「出来るんですか、そんなことが!?」

「君が『宿曜すくようの太刀』を手に入れたしな。正しくは、『蓬莱の泉』を通る訳だが。月の護りの象徴たる『宿曜すくようの太刀』があれば、通り抜けられるだろう。『蓬莱の泉』を通り、その真下にある『宝蓮宮ほうれんのみや』に行ける!」


 

 ――『蓬莱の泉』。

 初めて聞く名称だが、二人は即刻理解した。

 『魔窟まくつ』で戦いを繰り返し、過去世の記憶と対峙した二人には、その泉の何たるかが解かる。


 『花窟はなのいわ』には、方丈家が守り続けた泉が在った。

 『月窟つきのいわ』にも、やはり黄泉に通じる泉が在り、それを守り続けたのは蓬莱家だ。

 当時の月帝は蓬莱家の出自であり、その姪である尼姫が『蓬莱の尼姫』と呼ばれる由縁である。


 少し前までは入れ子状態で重なっていた、二つの国の都は今は分離した。

 月の国の帝都の真下に、花の国の王都がある。

 日那女の言うように、『蓬莱の泉』を抜ければ、敵の本拠地となった王都に降りられる。



「先輩……はっきりさせて置きたいのですが」

 一戸は、ようやくプリンを開封した。

 ナパージュを塗ったイチゴにスプーンの先で触れ、すくいながら訊ねる。


舟曳ふなびき先生のことです。あの御方は……月帝さまですね?」

「……いつから知っていた?」


「一度だけお会いしました。近衛童子の頃、如月きさらぎと一緒に……湖の畔にて、お言葉を頂きました。あの時は、上流貴族の若君だとばかり……。けれど『宿曜すくよう』を手にした時に……月帝さまが、羽月うづき様に『宿曜すくよう』を授ける情景が視えました。月帝さまと舟曳ふなびき先生とは御顔立ちは違いますが……同じ御方だと分かりました……」


「そうか……」

 日那女は、神妙な顔付きの和樹を眺める。

 和樹は、無言で軽く頷いた。

 ここに来るまでの間、一戸から話を聞いたのかも知れない。


 日那女は、カップの中に残っていたプリンを全てすくい、食べ終える。

 紅茶で喉を潤すと、膝行いざって月城の元に移動し、口を開いた。

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