続・第18章 真なるもの、虚無なる者
第112話
『
遠き過去――処刑を覚悟した
『近衛府の四将』として、誇り高く命を終えるべく。
操られた身ながら、最後の希望を自分たちに託したのだ。
「うあああぁぁぁぁん」
慟哭が声が響き――見やると、フランチェスカと
他の者たちも、俯いて鼻を啜っている。
チロと太郎丸も、俯いてクンクンと鳴いている。
少なからぬ者たちが高潔なる先達を惜しみ、涙で見送ってくれる。
それは尊い救いだ。
哀悼が闇を包む中――「ぐぐおっ」と不快な唸りが轟く。
生首が目を剥き、口に詰め込まれた
「ほほっ。見苦しゅうございますよ、殿」
黄泉姫は、生首の乱れ髪を整えてやる。
悪鬼を思わせる表情が露わになり、
かつての美々しい
「猫よ。
黄泉姫はつらつらと命じ、フランチェスカは渋々と従う。
命じている相手は、主君の体に入り込んだ別人格だ。
好感は持てないが、敵対している訳でも無い微妙な距離がある。
「あの……借りるね」
横たわる
すると――黄泉姫は笑顔で、生首の前で細長い霊符をヒラヒラと揺らして見せた。
霊符に触れて平気な所を見ると、邪悪なる存在でも無いのだろうが――
「ほっほっほっ。これをこうして、ぺったんこ~☆」
「ぐががげげごぉっ!!」
額に霊符を貼り付けられ、生首は苦悶に
焼ける臭いと薄煙が上がり、生首の髪が逆立つが――息絶えはしない。
耳を塞ぎたくなるような、詰まった悲鳴を上げ続ける。
「ほう、これでは足りぬか。では、ぺったんこ~☆ぺったんこ~☆」
「ぐごっぼげええっ!」
――左右の頬にも霊符を貼り付けられた生首の表情は、筆舌に尽くし難い。
だが黄泉姫は満面の笑みを浮かべており、偽りたちは怖気づいて尻餅を付く。
会話は聞かなかったが、特に不穏な気配は無かった。
だが今は――妻には『憎』とも『嘲』とも付かぬ『異形の念』が渦巻いている。
「クソが……!」
――昏倒していた
衣類は血で染まり、息も荒い。
出血が止まったとは云え、切り裂かれたシャツの下から生々しい傷跡が覗く。
「動くな! 現世の体の生死に関わるぞ!」
「知ってるよ! 何度も死んでるからな!」
その顔は、怨嗟に歪んでいる。
彼の血走った瞳は「お前に何が解る」と語っている。
尊敬していた兄が豹変し、二つの美しい国を闇に沈めた。
その中には、彼の父母や祖父母も含まれている。
近衛府の仲間たちも、後輩たちも――
彼から滲み出る自責と憎悪は、
ベルトに挟んでいる霊府は残っているが、それは意中に入らない。
怒りに駆られ、裏切り者を斬り裂くべく――刀を取ろうとする。
「……どうしたんだよ……アラーシュ……」
弱々しい声が、暗い重い闇を大きく揺さぶった。
「……そんな恐い顔するなよ……いや……俺のせいだよな……」
宙に掲げた
地に打ち付けられた影の如く静止し、慄くように首を後ろに動かす。
天を見上げて伏している
「……アラーシユ……ここに来て……笑ってくれないかな……」
彼は力尽きたように唇を閉じたが……雨月の
「……ごめん……ごめん…!」
堰が崩れたように、上野は大粒の涙を零す。
刀に伸ばした手が落ち、向きを変え、永き友情を誓った友に這い寄る。
残りの二人も、傷付いた二人を支えた。
仲間の傷を手で温め、ゆっくり呼び掛ける。
幼い頃――修練で疲労した身を温め合ったように。
あの時の温もりは、懐かしい心震える記憶だ――。
「いつになっても、手間の掛かる童子どもよ……」
寄り添う和樹たちを眺めていた方丈老人は、白炎からひらと飛び降りた。
もう片方の
「その哀れな妄執鬼を、預けてくれませぬか?」
「こんなばっちい者で良ければ。ほっほっほ」
黄泉姫は、生首を置いていた
生首を馬の足元に転げ落ち、足掻いて左右に揺れる。
老人は仰向けの生首の額に
それを横目で見ていた一戸と和樹は、ほうっと肩の力を抜く。
二人の陰に居た上野には見えなかっただろうが――断末魔が消えた時に、彼が固く目を閉じたのを見た。
「……これは『影』に過ぎぬ。お主らの手を煩わせるまでも無い。お主らには、暫しの休息が必要であろう」
老人は再び黄泉姫を見上げ、恭しく訊ねる。
「黄泉の奥方よ、頼みがある。『
「言われるまでも無い。
「えっ!? あたしが触って良いんですか?」
フランチェスカは戸惑うが、黄泉姫はフッと微笑んで一蹴する。
「
「は、はいっ!」
フランチェスカは、命令に従う。
『
両方ともかなりの重さで、非力とは言い難いフランチェスカでも運ぶのに難儀する得物だ。
二つの得物が黒炎の足元に置かれると、フランチェスカは畏まって背後に下がる。
黄泉姫は自ら馬から滑り降り、『
すると、折れた『
数百年の間に蓄積された、主の『想い』だろうか。
主が命を預けた薙刀の『力』は失せていなかった。
その『力』は胎児に似た形となり、黄泉姫の胸元で脈動する。
黄泉姫は。威厳に満ちた声音で告げた。
「
「……公主さま……」
一連の事態を見守っていた
黄泉姫の思惑が読めぬ上に、自分が『国の至宝』を預かるに値するとは思えないからだ。
だが、黄泉姫は唇を曲げて言い捨てる。
「ふん、青グソ大将が。
「は……はい! 承り申し上げます!」
一戸は
ずしりと重いが、まるで他の手にも支えられているような奇妙な感覚がある。
「……
思わず呼び掛けると……光の胎児は螺旋に姿を変え、『
たちまち黒き鞘には金色の紋様が浮かび、
たった今に巻かれたような、染み一片も見当たらない美しい金色だ。
それは新たな命を奏でるように輝く。
「
「はい…!」
黄泉姫に促され、立ち上がった
白銀に輝く刃が現れ、一面を照らした。
それは眩しくも暗くも無く、望月のように優しく闇を照らした。
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