第111話
「我は、タウレリ士族のセオ。タウレリ・セイラン・セシャ・ルオトなる、
微塵も臆さぬ堂々たる名乗りを聞いた
敵は間違いなく、
敵の総大将との闘いは、一対一で行うのが礼儀である。
本名を明かし、斬り合い、相手の首を獲りし時が戦の終わりだ。
そうした勝利こそが、最大の名誉とされた時代もあった。
剣士を目指す近衛童子たちは、繰り返し古き儀礼を教わった。
それが、この期に及んで役立つこととなった。
(敵の動きを予測するのみ!)
瞼を深く閉じ、心を研ぎ澄ます。
『
離れていた
だが首を撥ねられなかった。
『
総大将が自ら本名を名乗り、相手の首を狙うための太刀だ。
相手の本名を知らねば、即死させられぬ不可思議な太刀に違いない。
敵は、立っている
そのためには、太刀を水平に振る。
水平に近い角度で振る。
刃先より少し下の、もっとも鋭利な部分で斬る。
(『
この体勢から横に移動し、力を込めて太刀を垂直に上げるのは容易では無い。
力の入れづらい体勢であり。
だが、ためらう隙など無い。
自分が敵の太刀筋を読み、防ぐことを信じて。
勝負は一瞬だ。
反撃の隙も。
闇の中――殺気を読み、『
先達たちが使い込んだ太刀。
花の国を護ってきた霊刀。
今、二つの国のために――。
祈りが突き抜け、身が動く。
敵は見えない。
だが、
敵と『
やはり、名乗れば『
だか『
「俺が防ぐ!」
烏帽子を
立てた右膝の上に太刀を構えた右肘を付く。
曲げた右足を軸にして右肘を引き、深く捻じって縮めた上半身を思い切り伸ばし、『
白刃が記憶を貫き、白き衣の少女が浮かぶ。
それは、あの日の『瑠璃子姫』だ。
白き衣の少女は後に妻となり、『
無垢なる白と黒銀が、
霊刀が激突し、魂を弾くが如き振動が
突き上げた『
幾許かの血が『
弾き返した『
「我が名を聴け! 我は、ヤクトラ・アルシエル・アトル・ラニシャなる、神
瞼を上げると、目前に
『
素早く身を起こし、『
狙ったのは胴である。
――首を撥ねることは出来なかった。
それが古き儀礼だとしても、四肢を断たれて
浅き春、
『八十七紀の四将』は誇りと美しさに満ちていた。
誰もが、永き安寧の日々を信じていた。
しかし全ては失われ、深き宵に封じられた。
それを終焉に導くために、自分たちは転生を繰り返している。
今度こそ――
今こそ――
白き刃が僧正の右腹に食い込むと、奇妙な手応えがあった。
重いが、肉を断った感触とは異なる。
それは、泥を貫いた如し。
されど『
闇より、青白い体が浮かび上がる。
後方で介抱に当たっていた者たちも息を呑む。
彼らの瞳が捉えた姿は痛々しくも――その表情は慈悲に満ちていた。
「……弟たちよ……見事であった……」
裂かれた脇腹からは、うごめく膿の如き黒い塊が飛び出ている。
「
後ろに控えるフランチェスカは――涙を零しながらも、両手で円を作って見せた。
斬られた二人が危険を脱したのだろう。
敬愛していた先達を斬り、再び見送らねばならないとは――。
「
僧正が正気を取り戻していることは、その言葉から明白だ。
だが、
我が身の最期を委ねるために、闘いを挑まざるを得なかったことは想像が付く。
それは余りに痛ましい……。
「すまぬ……
「……
傷口から溢れる黒い塊は地に吸い込まれ、それと共に
遠いあの日も――
皆で
惨すぎる結果に、瞼が濡れる。
「そんな顔をしてくれるな。
それは、二人が知る微笑みそのままだった。
「君たちに支えられて逝くのは悪くない……敵の息の根が止まらぬうちに、得物を捨てるなと教わった筈だが、それも良かろう……」
彼は、黒炎の背に座る黄泉姫と――その膝の上の、かつての友を見上げた。
その瞳には、憐れみとも哀しみとも付かぬ光を宿している。
「判っておろうが……あの首も、影のひとつに過ぎぬ。彼を救えとは言わぬ……闇に呑まれた二つの国を……君らに託す」
僧正は、瞼を閉じた。
傷口から沸く黒い
それも途切れ――その身は幻のように薄れ、宙に掻き消えた。
衣類も数珠も残らず――
ただ、あえかな香りのみが漂う。
それは、法衣に焚き染めていた『
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