続・第12章 問わず語り

第76話

 群青の夜空を彩るのは、銀色の星々だ。

 その光が薄まる頃より、『第八十九紀 近衛府の四将』の『叙任の儀』は始まる。


 選ばれた四人は数珠を手に、夜通しで『大いなる慈悲深き御方』に祈りを捧げる。

 四本の蝋燭の灯だけが揺れる部屋で横一列に座し――己と向き合い、決意を問う。

 月帝と民と国に、心と正義を預けられるか。

 悪しきに惑わされた時は、命をもって償えるか。


 

 浄衣を纏った若者たちは瞼を閉じ――暗闇の中で互いの呼吸を確かめ合う。

 帝都士族のセオ。

 帝都貴族のアラーシュ。

 地方士族のアトルシオ。

 辺境領民のリーオ。

 

 出会いから十二年――

 身分の異なる四人だが、そんな俗世の縛めは、とうの昔に消えた。

 生きてきた半分以上の年月を、共に過ごした掛け替えなき友である。

 幼き日に誓ったように――今日、月帝から『月守つくもりの名』を賜る。

 願いは、もうじき叶う……


 アトルシオは薄目を開け、正面を眺めた。

 燭台を乗せた文机の後ろには、歴代四将の『月守つくもりの名』を記した木簡が納められている。

 『叙任の儀』の後に彼らの名も記され、長く語り継がれるであろう。


 セオの厚意で、アトルシオの父と叔父は、彼の邸の祝宴に招かれた。

 リーオの両親と村長は、『近衛府』の『武徳殿ぶとくでん』に宿泊する。

 彼らの路銀は、『近衛府』持ちだ。

 古くからの慣習で、多くの『四将』の家族たちがこの恩恵に預かってきた。


(リーオは嬉しいだろうな……)

 リーオは、故郷の村の期待を背負い、帝都に来たのである。

 左隣に座す彼の高揚した『気』に感じ入りながら、再び瞼を下ろした。

 

 しかし、右隣のアラーシュの『気』に微かな乱れがある。

 御兄上の神鞍月かぐらづき様が宰相に任命されるが、周辺の雲行きが芳しくない。

 彼の御父上が病に倒れてから、半年が立つ。

 胸の痛みと微熱が続き、臥せったままと聞く。

 幸いにも御命に関わるほどでは無いらしく、帝都大路のお披露目行列を桟敷さじき席にて観覧されるらしい。

 

 だが、毒を盛られて倒れたとの物騒な噂も耳にした。

 セオが、何かとアラーシュに気を使っているのも感じる。

 今のところ、それだけが杞憂だ。


(大丈夫だよ……この国にも、花の国にも政変など起きない……)

 アトルシオは、玉花ぎょくかの姫君を思い浮かべる。

 あの『白弦しろつるの儀』から、五年が経つ。

 お会いする機会も、御文を交わす機会もない。

 それでも――さぞや、美しくなられたであろうと想像すると、心が満たされる。

 未だ独り身を貫かれているそうだが、国の安寧を考えてのことだろう。

 手の届かぬ御方の――幸福を願うばかりだ……









「……ふぁ……朝……?」

 和樹は瞼を上げる。

 不思議な夢を見た気がするが、はっきりと覚えていない。

 広い部屋の大きい窓から、カーテン越しに日が差していた。

 一瞬、ここはどこだっけ……と頭を捻り、月城の家だと思い出す。

 昨日で『桜夏祭』が終わり、その後に月城宅に泊まることになったのだ。

 突然に現れた月城の『母親』を名乗る御方の提案で。

 

 

 寝返りを打つと、横には月城が居る。

 クイーンサイズのベッドで、一緒に寝たのだ。

 別室では、上野と一戸が同じように寝ている筈である。

 この家にあるベッドは、全部で三台。

 月城の『母親』と四人が寝ようと思えば、当然こうなる。

 

 上野は「毛布を敷いて床で寝る」と言い張ろうとしたのだが――

 月城の『母親』の「今更、恥ずかしがることは無いでしょうに」の鶴の一声に従わざるを得ず。

 それはそうだ。

 相手は――






 

 ――ここで話は、半日前に戻る。


「さて……事情を、よーく説明して貰おうか」

 教室のドアがなぜか開かず、閉じ込められていた二年四組の生徒たちがようやく解放され、ステージで『アイヌ舞踊』を披露している頃。

 生徒指導室に集められた一同は神妙な面持ちで、柴田先生の説教を頂戴する。


 集められたのは、方丈日那女&ミゾレ・和樹・上野・一戸・月城の五人と一匹。

 日那女以外の四人は――気付くと、ステージ下の『奈落』に居た。

 現世に戻って来れたのを喜び合い、天井の低い通路を這って歩き、出入り口のドアを叩くと……柴田先生が待ち構えていたのである。

 その後ろでは、方丈日那女が舌先を出して「ごめ~ん」と言いたげに首をすくめていた。



「……まあまあ、柴田先生。落ち着きましょう」

 同席していた校長先生は、一同をジーッと見回す。

「あー、まずは……君たちと格闘していた青年たちは何者かね?」


「オレの……兄の友人たちです」

 上野は、シレッと出まかせを言った。

「大学のサークル仲間で、介護施設で演劇や演武を披露しています」

「介護施設?」

「兄は、大学の看護学科に通ってまして……実習で出入りしている介護施設を、定期的に慰問してます。オレたちも、劇に参加させて貰ってます」


「……それが何故、ウチの学校祭で無許可であんな真似を?」

「いえ、二年四組さんが来ないし、出来たばかりの衣装も持ってたんで、ついつい。反省してます。申し訳ありませんでしたっ!」

 上野は勢いよく頭を下げる。

 しかし、それで納得する大人たちでは無い。


「じゃあ、あの馬は何なんだ? どう見ても本物だったぞ?」

 柴田先生が一同を睨む。


「……照明のせいで、本物っぽく見えたじゃないでしょーか?」

 方丈日那女は、そつなく弁明する。

「あれは……3Dプリンターで作りました。上野くんのお兄さんのお友達が制作してくれたんです。それなりの強度がありますが、簡単に分解して畳めます。各部が可動するスグレモノで、表面にベロア生地も貼りました。本物に見えたなら嬉しいです」


「……それは、誰の猫だ?」

 柴田先生は、日那女が抱くミゾレを指す。


「僕の母の伯父の飼い猫です。キャリーバッグに入れて連れて来てましたが、バッグの入り口が開いてて逃げ出したのを、方丈先輩が見つけてくれました……申し訳ありません」

 今度は、和樹が深く頭を下げた。

 とにかく、この場を穏便に収めたい一心からの大嘘である。



 が、校長先生と柴田先生は、納得しかねる表情である。

 実際にあの剣劇を見たなら、当然の反応だろう。

 ミゾレに気を取られているせいか、チロのことは忘れているらしい。

 ありがたいことではあるが……



 すると――トントン、とドアを叩く音がした。

「失礼します。校長先生、お客様がいらしてます」

 ドアの隙間から顔を出した教頭先生は、早口で告げた。

 校長先生は、カニ歩きで近寄り……教頭先生の話に耳を傾ける。

 それが一分ほど続くと――校長先生は慌てたようにシャツの裾を引っ張り、ピッとした面持ちで五人と一匹の前に立った。


「君たち。今日は……解散して良い。月城くんに神無代かみむしろくん。二人とも、茶道部に戻りなさい。その前に、その着崩れを直そう。お客様が、茶道部教室の見学をなさっているらしい。市長ご夫妻と教育長と、月城くんのお母様だ。すぐに行って、手伝ってあげなさい」


「えっ」

 五人の声がハモり、ミゾレも「にゃっ?」と鳴く。


「あー、何でも良いから早く戻って。失礼の無いようにお願いするよ」

 その言葉を残し、校長先生は急いで出て行った。

 接待のためだろうが、柴田先生は狐に摘ままれたような顔をしている。

 市長夫妻&教育長のアポ無し訪問に驚くのは当然だ。

 

 それに、月城の父親は有力市会議員と云うことになっているが……

 しかし、それは実在しない人物だ。

 『母親』が登場するのは有り得ない。

 

 

 日那女は、隣にいた一戸にミゾレを渡し――額を押さえた。

 気配を探っているようだが――そして数秒後、「あっ」と掠れ声を上げる。

 彼女は目を瞠りつつも小さく頷き――目で和樹と月城に指示する。

 和樹と月城は戸惑いつつも、彼女の指示に従った。

 二人は柴田先生に一礼し、足早に生徒指導室を去る。

 一戸も、柴田先生に謝辞を示す。


「先生。では、僕たちも退室させていただきます。ご迷惑とご心配を掛けてしまい、申し訳ありませんでした」

 彼が言い終えると、三人は足さばきもピッタリに生徒指導室を出て行った。


 目を白黒させる柴田先生だけが、ポツンと取り残されていた。

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