第74話

 ドッキリ番組の定番、『落とし穴』。

 方丈日那女は目の前で、人が『落とし穴』に落ちる光景を見た。

 ステージ上の自分以外が、落とし穴に落ちるが如く姿を消したのである。

 ライトが消えた暗い中でも、それは鮮明に見て取れた。

 

(やはり……私は行けないか)

 被っていた帽子もうすを脱ぎ、苦笑した。

 『八十九紀の四将』たちは、やはり選ばれし者たちだ。

 ようやく四人が揃い、立ち塞がっていた姉を浄化し、先に進んでいる。

 今生の彼らなら、きっと『神逅椰かぐや』を倒せる。

 確信し、密かにガッツポーズを取ると――下手しもてから、ミゾレが走り寄って来た。


「お前も置いて行かれたか。今回は我慢だ」

 ミゾレを抱き、頬ずりをする。

 ミゾレがステージ天井裏に居たことは察していた。

 そこから移動し、放送室でのトラブルを解決してくれたに違いない。


 すると――天井のライトが点いた。

 スピーカーから流れていた雅楽の音も止まる。

 端では、クラスメイトと先生が唖然と直立している。


(さーて、どう言い訳すっかな)

 固まる人々に、ニコリと笑って手を振った。

 上野の兄は神妙な顔で、ほぼ無人のステージを眺めつつ――ポソッと手を振り返してくれた。

 せめてもの救いである。





 

「ここからが、本番だな!」

 流れの中を落ちながら、上野は気合いを入れつつチロをしっかりと抱く。

 先ほどまで剣を振るっていた三人よりも、体力は温存されている。

 一戸は白炎びゃくえんを去らせ、暗い水の底を凝視した。

 すると――漆黒の水底が、円を描いて朱に染まった。


火名月ひなづきだ!」

 月城が叫んだ。

 火名月ひなづきが、真下で『炎の術』を展開していると察したらしい。

 

「予想通りだな!」

 上野は、マントの内ポケットから霊府を出す。

 月城から託されたものだ。

 術士が、一度の戦闘で駆使できる霊府は五枚。

 そのうちの一枚を、ステージ上で密かに預かっていたのだ。

 上野は、それに『念』を込める。

 

 火名月ひなづきが『炎の術』を展開し、待ち伏せしていることは想定済みだ。

 その場合、『魔窟まくつ』着地後に、上野の『氷の技法』を放つのでは遅い。

 『黄泉の川』潜行中に霊符に『氷の技法』を封じ、着地より早く放出できないか。

 四人は以前から、それを話し合っていた。

 

 幸か不幸か、体育館で異界に引き込まれ、月城が霊符を出現させる隙が出来た。

 剣戟の最中に、月城はそれを上野に渡し、それが役に立とうとしている。



「やったるぜえ!!!」

 上野は霊符に、氷のイメージを叩き込む。

 製氷機の中の氷、昼に飲んだコーラの冷たさ、写真で見た南極・北極の光景。

 それらをキャンバスに描く自分を想像するのだ。


「うりゃああああああ!」

 気合いと共に『念』を込めると、霊符の周囲に氷霧が発生した。


「指が凍らないか!?」

 和樹は心配して訊ねる。

 霊体がダメージを受けると、肉体にもフィードバックする。

 凍傷の危険もゼロでは無い。


「平気だってば! それより、現世に戻った時の言い訳を考えとこうぜ!」

 上野は真下で揺れる朱色に向かって、霊符を放つ。

 霊符は白い輝きを発し、鋭い刃の如く真下に向かう。


 

 だが――真下で轟音が上がり、大量の泡が上昇して来る。

 激突した炎と氷の衝撃が、穏やかな流れを大きく乱す。

 身丈よりも大きな泡に煽られ、一同は上下に左右に流される。

 

 和樹たちは離れぬように、無言のうちに伸ばした手を握り合う。

 乱気流のような流れは短時間で収まり、四人と一匹は無事を確かめ合う。

 真下の炎は――いったんは消えたものの、再び円を描いて色濃く揺れる。



「舐めんな!」

 上野は「待ってました」とばかりに、ほくそ笑んだ。

「モディリアーニ様はコピペも得意なんだよ! 神名月かみなづき、チロを頼む!」

 

 上野はチロを預け、ズボンのベルトの下から複数枚の霊符を出し、『念』を込めて投射した。

 またも泡が上昇してくるが、先程よりも小さく遅い。


「霊符の威力が落ちてないか!?」

 和樹は不安に思ったが、下の状況を見抜いた月城が示唆した。

「コピーだから、俺のオリジナルの霊符の威力には劣るんだ!」

「数で勝負だよ!」

 上野は次のコピー霊符を取り出し、間髪置かずに打ち出す。


 打ち出した数だけ泡が浮上してきたが、それも弱くなっていく。

 眼下の朱の色は完全に消え――それを狙っていた和樹は潜行速度を上げ、一行は攻撃を受けることなく着地した。

 

 

 そこは――円形舞台だった。

 床は板敷きで、暗闇の中にポッカリと浮かんでいる。

 直径は、10メートルはありそうだ。

 桜の花びらが舞っているが、木は見えない。

 体育館ステージで聴こえたのと同じ雅楽の演奏が聞こえる。


「こりゃ、風流だねえ」

 上野は霊符をベルトに挟み、チロを受け取る。

 肝心の火名月ひなづき三神月みかづきの姿は無い。


「ヒナちゃん、ミカちゃん、いらっしゃいますか~?」

 呼ぶが、当然ながら無視される。

 月城は刀を出し、周囲を見渡した。

「……火名月ひなづきの残りの霊符は、あと三枚。三神月みかづきは一枚…か?」

「一枚?」

 和樹は太刀を構え、聞き返す。


「俺たち術士は、一度に五枚の霊符しか持てない。それを使い切り、次の霊符五枚を使うには、月が昇って沈むまでの間が必要になる」


「マジですか、水葉月みずはづき様? オレっちもですか?」

「……お前は特殊だ。本来は、守護術の使い手だったんだがな」

 

 月城は、上野の軽口に辟易したように嘆息する。

「術士には、暗示的なかせが掛けられている。五枚以上の霊符を持たぬよう教育され、現世で言う催眠術のようなもので、心を束縛される。攻撃術の使い手の全員が」


「大量殺伐を避けるためだな?」

 一戸が察し、月城は「そうだ」と頷いた。

火名月ひなづきや、水影月みかげづき様のような火や水の使い手は、特に危険視された。大量殲滅には向いているが、敵に回れば最悪となるからな」


「で、ミカちゃんの霊符が残り一枚とは?」


火名月ひなづきは二枚を使った。三神月みかづきは、この舞台に現れるために一枚を使うだろう」


「すでに四枚を使ったってことか!?」

 和樹の口の中が一気に乾く。

 嫌な予感が、ひしひしと背を押す。

 月城は羽織を脱ぎ――舞台の外側に放り投げた。

 すると――まるで四方から引っ張られたように粉々に裂け、消滅した。

 

「舞台から指先一ミリでも出すな。出た瞬間に、何処かに転移させられるだろう……バラバラにされてな」


 上野と和樹は、音を鳴らして唾を呑む。

 一戸は、鋭い目で上下左右を睨み――『白峯丸しろみねまる』を斜に構えた。

水葉月みずはづき……この術を知っていたのか?」


「当時、噂で聞いた。三神月みかづき様が『天長地久の陣』なる術を編み出したと。如何なる術かは知らなかったが」




「……そうだ。俺は、この術が大嫌いだった」

 気怠そうな声と同時に――二人が舞台に出現した。

 太刀を片手で構えた三神月みかづきは、瞼を塞ぐ前髪を直そうともせずに語る。

「四枚の霊符を使い、空間を絡める術だ。くだらない術だと思った。狭い場所でしか使えず、合戦では役に立たない。火名月ひなづきが羨ましかった。一面を焼き尽くす能力が」


「……御立派な講釈ですが、何を言ってるか分かんないっすよ、先輩……」

 上野は、ハァ~と息を吐く。

 心が大きく歪められた彼らには、説得は通じないと悟る。

 

 月城は深く俯き――無念を滲ませる。

羽月うづき様の救出に向かう時……あなたは言った。自分の転移能力は、この時のために備わったのだと。残念です……」


「全く残念だ、水葉月みずはづき

 火名月ひなづきは、ヒヒヒと不快な笑い声を揺らす。

「今からでも、こっちに来ないか? その犬畜生を寄越せば、赦してやるぞ」

「そうだな。犬畜生を土産にすれば、奥方さまはお喜びになるやも知れぬな」



「ざけんな!」

 激高してチロを抱く上野の前に、和樹と一戸が立ち塞がる。

 敵の作戦がどうあれ、この円形舞台からはみ出ずに闘わねばならない。

 三神月みかづきの霊符は尽きており、残るは火名月ひなづきの三枚の霊符だ。

 それが、どのタイミングで駆使されるか――


 四人は瞬きさえも忘れ、かつての同志と対峙する。

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