第73話
「クソ猫の分際で、この
彼女は数歩前進し、するとPCモニター画面が変化した。
フランチェスカは周囲の気配を探る。
視えないが、人間二人の気配がある。
出入口のドア付近に、倒れているようだ。
「ニセ者! あんた、生徒たちに何したのよ!?」
憤り、腰を落として
しかし、
「さあ? 何やら喋ってる夢でも見てるんじゃない? それより」
それの表情は、方丈日那女そのものに見える。
仲間たちを前に、真剣に話し合いをしていた時の顔だ。
フランチェスカの背に虫唾が走る。
本物みたいな顔をするな、と思う。
ヘラヘラしている方が、まだマシだが――
「お前、
「はぁ?」
敵の奇異な提案に、フランチェスカは訝しむ。
だが、相手は隙だらけの
「『お前』も造ってみたが、女房達に襲い掛かって手に負えぬ。本物が戻れば、
「悪いけど、あたしはココで昼寝するのが好きなの!」
すかさず言い返したが、嫌な疑問が浮かび上がる。
どうやら、敵は『
あの闇の中で、ニセ者たちは以前のような生活を送っているのでは?
何の為に……?
考え込んでいると――業を煮やしたニセ者は言った。
「だから、クソ猫なんだよ、テメーは! 畜生めが!」
ニセ者の口調と表情が、また元に戻った。
本物も口調が荒いときはあるが、他者を見下すことは決して無い。
やはりニセ者はニセ者――本人とは似ても似つかない。
「クソで結構! あんたに誉められるより、クソと言われる方がイイ!」
フランチェスカは構え直し、敵を睨み付ける。
だが――ニセ者の背後のモニターが目に留まり、指摘した。
「ちよっと……あんたらの仲間が透けて見えるんだけど」
「何だと?」
ニセ者も、思わず振り向く。
確かに、
彼らの翻る袖や烏帽子が透け、『西遊記』の背景パネルが見えている。
「チッ! 時間切れか! やはり術士の剣では、奴らを倒せぬか!」
ニセ者は舌打ちし、放送室から駆け去る。
途端に、フランチェスカは――猫の姿に戻った。
ニセ者が去り、異空間から現世に戻れたらしい。
(あにゃ!?)
突然の視点変更に驚いて見回すと――倒れている女生徒二人が両脇に居る。
「うーん……」
「あれ……?」
二人は起き出し、辺りを見回した。
「寝てた…?」
「そんな……どうしたんだろ?」
二人は制服の乱れを整え、コンソールに近寄る。
椅子の陰に隠れたミゾレには気付かない。
そしてモニターを見た二人は、目を丸くする。
見たことも無い面々か格闘しているのだから、無理もない。
「この人たち……何やってるの?」
「次は、二年生のアイヌ舞踊よね?」
「あたし、先生に聞いて来る」
一人が外に出ようと駆け出し、思わずミゾレはドアの前に転がり出た。
教師が現れたら、ますます事態が
「にゃ~~ん♪ ニャニャン!」
鳴きながらと腹を見せると、二人は笑顔で駆け寄って来た。
「あー、猫ちゃんだ!」
「かわいい! 誰かが連れて来たのかな?」
二人が手を伸ばすと――ミゾレは擦り抜け、コンソールの上に飛び乗った。
そこには様々なスイッチやボタンがあり、その上を歩いてみせる。
「こら、猫ちゃん。そこはダメ!」
二人が伸ばす手を、ミゾレは素早く擦り抜ける。
こうなれば、時間稼ぎをするだけだ――。
舞台に見入る観客たちも、変わらぬ展開に飽きてきたらしい。
着席する者も多くなり、上野の兄の
弟は、死んだ筈のチロを抱いて
思い出せば、弟の衣装に見覚えがある。
弟のスマホで見た写真――画家のモディリアーニと似た衣装だ。
友人たちが和装なのに、ひとりだけ画家のコスプレをしているのは何故だろう?
そして――
友人の久住千佳と茶道部の女生徒が座っているが――久住千佳は泣いている。
背を丸め、顔を押さえて泣いている。
彼女は、
彼は長髪のカツラを被り、一戸蓮と共に黒衣の男たちの太刀を受け止めている。
素人目にも、彼の動きがこなれていると分かる。
剣道経験者の一戸蓮はともかく、
それに三人目の生徒も、二人に劣らず達者だ。
これは、ただの芝居なのか?――
なぜ、彼女は泣いているのか。
それに太刀がぶつかる金属音は、効果音では無い。
死んだ犬に、学校祭の舞台に本物の馬。
異常な状況だ。
(おかしい……絶対に!)
「先輩。連中の着物が透けてませんか?」
上野は目を凝らしつつ、日那女の傍に近寄って伺う。
黒い水干は薄地で、下に着た黒い
が、今は
「ヤバくないっすか? スマホで撮られてますよ」
「……ヤバいな」
日那女も同意した。
観客の視界とスマホのレンズから、敵が消えるのは時間の問題だ。
「異空間を維持する限界が近付いているんだろう。幕を引けるか?」
日那女はステージ
戸惑う生徒たちと柴田先生が居り、その手前に幕を引く電動スイッチがある。
電源コード先端のタップのスイッチを長押しすれば、幕が引く筈だ。
だが――「スイッチに
上野は悲壮感漂う声を上げた。
今の自分に、現世に存在する物に触れるだろうか。
幕が引けたとしても、敵の二人は潔く退散してくれるのか。
その後の言い訳はどうするのか。
「月城の父親が議員みたく、観客の記憶改変とか出来ます?」
「月城の身分を捏造するのに、何ヶ月かかったと思う?」
「……スイッチ、押しに行きます」
上野は難題から逃げるが如くにステージ袖に行き……真っ青な顔で振り返った。
「……先輩……見えない壁があります。向こうに行けません……」
「は!?」
日那女は愕然とした。
慌てて下馬し、端まで行って肘打ちをしてみる。
しかし――見えない壁、すなわち『結界』に当たるだけだ。
この間も、後方では闘いが続いている。
月城が肩越しにこちらを見て言った。
「決着を付けないと……彼らを逃しては駄目です!」
その通りだ。
ここで
彼らは、一般人を容赦なく巻き込むに違いない。
「でも、ステージから出れねー!!」
上野は叫ぶ。
このままでは、敵を逃してしまう。
退散する機を探っているらしい。
「沢渡くん、幕を引いてくれ!」
日那女は、お釈迦様役の友人に声を掛ける。
「そこのスイッチを押せ! 頼む!」
「え、え、え……?」
沢渡さんは戸惑い、左右を見回すだけだ。
他の生徒たちも、呆然と立ち尽くしている。
頭の整理が追い付かず、体が動かない。
真横にぶら下がっているタップに目が届かない。
「誰でもいい! 幕を引けえ!」
日那女の頬が大きく引き攣る。
すると――後ろから、タップに手が伸びた。
「……こうか?」
生徒たちを擦り抜けて現れた――上野
「兄貴!!」
思わぬ助け人に、上野の顔が綻ぶ。
同時に、ステージ天井のライトが消えた。
「……みんな!!」
蓬莱さんは顔を上げた。
幕が閉じ始め、ライトが消えたのを見取り、なすべきことを悟る。
和服の袖の中に、大きめの醤油さしを入れている。
『今日は、いつでも使えるように準備していて下さい』と、
(ナシロくん……行って!)
袖の中で醤油さしの蓋を外す。
軽く被せて置いた程度なので直ぐに外れ――それを握り締める。
手のひらが濡れ……
今は、自分は此処を離れられないけれど――
「みんな……行こう!」
和樹は叫んだ。
足元から水が湧き、ステージ上が水槽と化し、『黄泉の水』に包まれる。
人の目には決して視えない光景だ。
しかし和樹たちは、『水』に全てを委ねる。
人々に害が及ばぬように、そして
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