第72話

「上野~! お前だけ、服が変だぞ~!」

 客席から、同級生のヤジが飛んだ。

 和装ぞろいの中、洋装の『如月モディリアーニ』は場違いに見えるのだろう。


「うるせー! オレは現代から召喚されたんだよ!」

 上野は、チロを抱き締めつつ反論する。


「どう闘えばいいと思う?」

 一戸は後ろの月城にアドバイスを求め。月城は素早く状況を分析する。

「俺の霊符は使えるが、ここだと威力は弱まる。奴らの『浄化』は無理だ」


「……僕の能力も人並みっぽい。奴らと打ち合いは出来ると思うけど」

 和樹は、軽く太刀を振って確かめる。

 高い跳躍は無理だが、夜重月やえづき紗夜月さやづき戦と違い、足手まといは避けられそうだ。


「そうか……」

 一戸は、上野に下がるように合図する。

如月きさらぎは何もするな。お前の術を観客に披露するのはまずい」

「はーい、ボス」

 

 上野は素直に下手しもてに下がる。

 ここで術を放って、ステージを壊す事態となっては言い訳のしようもない。

 剣技のみで敵を撃退するのは難題だが、立ち向かうしかない。

 敵は『術士』たちだが、剣の実力は『剣士』に大きく劣る訳では無い。

 まして、人としてのたがが外れた彼らの腕前は侮れない。

 

 

「行くぞ」

 和樹と一戸の後ろに立つ月城が、何も無い空間から刀を出現させた。

 観客たちが「おおっ」とどよめく。

 しかし、それを上回る歓声が上がった。

 ステージ後方の幕の後ろから、白炎びゃくえんが現れたのである。

 和樹たちは、思わず「げっ!」と裏声を上げた。

 

「おい、犬の次は馬かよ!」

「すげえ! 本物に見えるぞ!」

「プロジェクションマッピングか!?」


 観客は大盛り上がりだが、舞台袖で見ていた方丈日那女は――血の気が引いた。

 後ろにいるクラスメイトたちが、唖然と白炎びゃくえんを指す。

「何? 何で馬がいるの?」

「嘘でしょ?」

「どういうこと?」


「……次のアイヌ舞踊で使うんだよ……」

 日那女は、苦し紛れに言い返す。

 作り物の馬を使った舞踊をテレビ番組で観たことはあるが、本物の馬は無い。

 クラスメイトたちも信じた素振りは無く、副担任の柴田先生の声も聞こえた。

「おーい、どうなってるんだ!?」


「……う……馬には、私が乗る!」

 頭が真っ白の日那女は、ステージに飛び出した。

 夜重月やえづきたちとの闘いでは『あの御方』特製の醤油さしを大量に持った上野が『魔窟まくつ』に潜れた。

 それと同じ物を10個、衣装に忍ばせている。

 ならば、自分も異空間に入れるかも知れない――

 この場を収めたい一心からの、ヤケクソ半分の行動だ。


 そしてステージに足を付いた瞬間――轟音に打たれたような衝撃を受けた。

 体が潰れるかと思ったが、その衝撃は直ぐに消えた。

 ステージ上が微かに歪んで見えるが、体に実害は無さそうだ。

 和樹たちが驚愕して自分を見ているのも、火名月ひなづきたちが憎々し気に自分を睨んでいるのも認識できる――。

 

 それに全身に受けた衝撃は、彼女に冷静さを取り戻させた。

白炎びゃくえん!」

 日那女は叫んだ。

 在りし日――雨月うげつの両親から託された白炎びゃくえんを駆り、最後の闘いを挑んだ。

 いつか神名月かみなづきたちが蘇り、神逅椰かぐやの暴虐を止める日が来ると信じて。

 

 日那女は白炎びゃくえんの左横に駆け寄り、首の後ろに両手を掛けてジャンプした。

 鞍の手前に腰を下ろして跨り、すぐに鞍に座り直し、手綱を握る。

 白炎びゃくえんは嘶き、客席から拍手が起きた。


「三蔵法師、かっけー!」

「マジもんの馬かよ!」

「どっから連れて来たんだよ!?」


 観客たちも興奮気味に立ち上がり、写真や動画を撮り始めた。

 そんな客たちを横目で見ていた火名月ひなづき三神月みかづきは――太刀を抜き、哄笑する。


「人が死ぬ所を見たいか、愚民どもが!」

「ならば、思う存分にを見せてくれる!」


 火名月ひなづきは太刀を斜めに構え、和樹に突進してきた。

 和樹の『白鳥しろとりの太刀』は、それを確実に受け止める。

 金属音が響き、交錯した太刀が銀の光を放つ。

 三神月みかづきも一戸に斬りかかり、『白峯丸しろみねまる』の刃が弾き返す。

 スピーカーからは雅楽が流れ始め、観客たちは激しい剣戟に魅入られる。




 しかし――沙々子は顔面蒼白で、息子の姿を追っていた。

 これが、あの子たちの闘いなのか――

 あの子たちは、あんな邪悪な霊たちと闘っていたのか――

 目の当たりにした現実に、戦慄が後から後から押し寄せる。


 『魔窟まくつ』から帰還した息子は、辛いとか怖いとか――弱音は口にしたことは無い。

 浴槽で動かなくなり、久住家に駆け込んだ翌日も、痛みは訴えなかった。

 痛くない筈はない――.

 怖くない筈がない――。



「いったい、どうなってるの?」

「分かんない……」

「瑠衣のお兄さん、剣道やってるんでしょ。何で、薙刀で闘ってるの?」


 後ろから聞こえた声に、沙々子の硬直は解ける。

 ここに座った時に、挨拶を交わした少女たちだ。

 同行した笙慶氏から、「蓮の妹と友人たちです」と紹介された子たちだ。

 あの子たちには、この闘いを観せてはいけない――。


 沙々子は息を吸う。

 すると筋肉の緊張が解けた。

 速やかに客席前の通路を横切り――少女たちの席の近くで膝を付いた。


「……おばさま!?」

「大丈夫ですか?」

 少女たちは立ち上がり、横の客二人の膝を越して通路に出てくれた。

 沙々子は口を押さえて訴える。

「吐きそうなの……お手洗いに行きたいけど、うまく歩けない……」

「立てますか? 一緒に行きましょう」


 少女たちは沙々子を支え、沙々子もよろめきながら身を起こす。

 村崎七枝さんも席を立ち、近付いて来た。

「看護師です。私が付き添います」


 少女たちはその言葉に安堵しつつも、沙々子から離れない。

「あたしたちも付いて行きます。心配ですから」

「そうしよう。何だか怖そうな舞台だし……」

「……その方がいいかも」


 少女たちは敏感に、舞台の異様さを感じ取っていた。

 一戸蓮の妹が居るせいかも知れないが、沙々子にとっては好事だ。

 村崎七枝さんと少女たちに付き添われ、沙々子は出口に向かった。

 笙慶氏と岸松おじさんは、その様子を黙して見守る。

 少女たちを退避させようとした沙々子が、一芝居打ったことは察している。



「宇野くん……紗々子に付き添わなくて良いのか?」

 女性たちが去った後、岸松おじさんは笙慶氏に訊ねた。

 笙慶氏は普段は見せない険しい表情で、和樹たちの動きを追っている。

「紗々子さんの代わりに……あの子たちに『力』を送らないと……!」


「そうだな……!」

 岸松おじさんもステージ上の子供たちを見つめる。

 命懸けで闘う子供たちに、微弱な『念』を送る事しか出来ないのが歯痒い。

 けれど、冷やかし半分の声援でも、それは子供たちへの後押しになる。

 『言霊ことだま』とは、そう云うものだ。

(みんな、負けるな!)

 おじさんは拳を握り締め、祈る――。

 



「……ナシロくん……やだよ……!」

 耐えかねた久住さんは顔を覆う。

 しかし目を塞いでも、鉄がぶつかり合う音は容赦なく耳を撃つ。

 

「心配しないで。彼の着物は、傷を治せる!」

 蓬莱さんは、震える友人の肩を抱いた。

 剣戟が始まってから、五分は経っている。

 和樹と一戸は防戦に徹し、隙を見て月城が斬り込む戦法だ。

 だが三人は、負傷を気にして大胆な攻撃を仕掛けられない。

 負傷すれば観客たちも異常に気付き、最悪の事態を招くと知っているからだ。

 得物を持たない上野と、日那女と白炎びゃくえん下手しもてに下がり、声を張り上げている。


「哀れな奴らだ! 魂まで漆黒に染まったか!」

「思い出せよ! あんたたちは、俺たちの先輩だったじゃないか!」

 

 とにかく、観客たちに『これは芝居だ』と思わせ続けなければならない。

 どうやって『芝居』を終わらせるか分からぬまま――





「ふん。こういうのを『猿芝居』と言うのだったな……はははははははははっ!」

 ステージ横の放送室では、セーラー服姿の水影月みかげづきが失笑していた。

 カメラが捉えたステージ上の映像が、PCモニターに映し出されている。

 映っているのは、実体を持つ神名月かみなづきたちだけだが、彼らの動きを見れば、火名月ひなづきたちの動きも解る。


「裏切り者どもめが! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」

 水影月みかげづきは回転椅子に座り、ワッフルを豪快に嚙み砕く。

 

 すると――ドアが開いた。

 鍵は掛けていたのだが――しかし、水影月みかげづきは驚かずに振り返る。


「……それ、美味しいでしょ?」

「……ああ。甘いものは好みだ」


 フランチェスカの問いに、水影月みかげづきは応え――カラになった紙コップを投げ捨てた。

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