第67話

 

 午前九時半――桜南高校の校門が開いた。

 校庭で花火が打ち上げられ、『第21回 桜夏祭』の一般客来場が始まった。

 校舎に続く小径に生徒たちが立ち、プログラムを記したリーフレットを配る。

「安全のため、徒歩での移動をお願いします」と放送部のアナウンスが流れる。

 ヒーローお面を付けた白衣姿の『巨大ロボット研究所』の部員二人も、子供たちにリーフレットを手渡している。



 茶道部の部員たちも、二階の教室の窓から人波を眺め。準備を整える。

 茶道部は、一般教室でお点前を披露するのだ。

 午前に二席、午後に二席。

 回し飲みをしない『薄茶』で、毎席12人のお客様をもてなす。

 様々な客層を想定し、椅子とテーブルでお茶と市販のお菓子を出す。

 お菓子は和洋両方を用意し、お客様に選んで頂く独自の形式である。

 

 茶碗も取っ手付きの物も用意し、数種類の茶碗の写真も掲示した。

 先々代の部長が「祖父は左手が麻痺して動かない」と申し出たので、お客様が希望すれば、それを使う。

 舟曳ふなびき先生が、月城宅に取っ手付きのカップを持ってきたのも同様の理由だろう。

 

 お菓子を選んで頂くのも、『あんこや和菓子が苦手』な人も少なくないからだ。

 アレルギー問題も考慮し、お菓子の成分も表示する。

 

 もてなす部員たちは作法にのっとり、けれどお客様には気軽に伝統の茶の味を楽しんで頂く趣旨だ。



「抽選倍率、二倍ぐらいでしょうか」

 女生徒の着付けのために訪れた信夫しのぶ先生は、廊下を覗く。

 廊下には、抽選を待つ来場者が20人余り並んでいる。

 その中には、開門直後に来場した和樹の母たちも居た。

 先頭から六番目に笙慶さん、沙々子・岸松おじさん・村崎七枝さんの順だ。

 

「あのお坊さまは、一戸くんの叔父様よね? その後ろにいらっしゃるのは、神無代かみむしろくんのお母様と蓬莱さんのお祖母様で……」

 

 今月初旬の保護者面談と、方丈家のジンギスカンパーティーを思い出したらしく、パイプ椅子を拭いている和樹に念を押す。

 和樹は厚手のドライシートを裏返し、頷いた。

「はい。うちの菩提寺のお坊様なんです。一昨日が父の月命日で、母と一緒に家の窓から仮装パレードを見ていてくださったとか」

 

「……そうなんだ」

 信夫しのぶ先生は、納得したとばかりに顔を上下に振る。

 それを見た和樹は、先生が『笙慶さんと母が交際中』と思い込んだと察した。

 交際とまでは行かないが……あながち、的外れとも言い難い。

 

 そして、掛け軸の角度を整えている舟曳ふなびき先生の後ろ姿を眺め――溜息を漏らす。

 舟曳ふなびき先生は青灰色の着物に濃い茶色の袴姿で、ひと目見た信夫しのぶ先生の頬は真っ赤に染まった。

 けれど――舟曳ふなびき先生は、現世の存在では無い。

 自分たちを見守り、『三途の川エキス』を提供してくるが……この闘いが終われば、霊界に帰るのだろう。

 信夫しのぶ先生の失恋を思うと……心が少し痛む。


 

 月城はと云うと、黙々とお菓子をカゴに並べている。

 彼と舟曳ふなびき先生の関係を知りたいが、月城は何も話してくれない。

 すると、こちらの視線を感じたらしい彼は――不安顔で振り向いた。

「……お菓子……並べ方が変だろうか?」

「え? いや……全然、綺麗で丁寧だよ。頑張ろう!」

 品よく並べ重ねられた菓子を眺め、和樹は感心しつつ笑って見せた。



「リーフレット、配り終わりました!」

 久住さんと蓬莱さんが教室に戻って来た。

 二席目の抽選券付きのリーフレットを配り終えたのだ。

「10分で捌けましたよ。先生」

「そうですか。皆さん、お客様に楽しんで頂きましょう。それが大切です」

 舟曳ふなびき先生は、ポンポンと小さく手を叩く。

 部員たちは、声を揃えて「はい!」と返事した。




 

 他方、『巨大ロボット研究所』も、親子連れの客が訪れ始めた。

「はははははっ! そうか、所員数が二桁に増えたのは大変に喜ばしい!」

 来場した先代所長は段ボール製コックピットに座り、両手でピースをして写真に収まった。


「はい、四代目ほっちゃれ所長!」

 三年生所員二人と吉崎さんは、ノリノリで敬礼する。

「現所長が、来年は、赤・青・緑・黄・桃の全員を揃えると言っていました!」

「では私も寄付をしていく! 子供たちのために平和を守ろう! 悪の組織に幼稚園バスジャックはさせるな!」

「了解です! ……レッドとナビ! 未来の隊員が来てますよ!」


「はい!」

 先輩所員に指示され、段ボール製の仮面を被った上野はもう一基のコックピット前に立った。

 その間に幼稚園児の子供二人、その隣に吉崎さんが立つ。

 上野は右手を上げてポーズを取り、吉崎さんは水鉄砲を構える。

 母親はスマホで、子供たちを連写した。

 その後も立て続けに客が訪れ、思っていたよりも忙しい。



「あれ……瑠衣ちゃん?」

 教室に入って来た女子グループの中に、一戸の妹が居るのに上野は気付いた。

「上野さんですよね? 兄から聞いてます。友達と来たんです」

 一戸瑠衣は、段ボール仮面の中の人を確かめると、ペコリと会釈した。

 連れの女の子三人も、頭を下げる。

 一戸瑠衣は、オフホワイトのシャツワンピにソックス&サンダルコーデだ。


「すんません、ナビ先輩。ちょっと失礼します」

 上野はコックピット後ろのパーテーションに引っ込み、そして12枚綴りの食券を持って戻って来た。

「食券だ。オレのおごりだよ」


「ありがとうございます! 先輩!」

 瑠衣たちは嬉しそうに食券を受け取り、撮影のためにコックピットの前に並んだ。





 同じ頃、一年一組の教室では、プラネタリウムの上映が始まった。

 窓を段ボールで塞ぎ、段ボール製のドームを組み立て、ピンホール投影機でドーム内部に星空を映し出すのである。

 ドーム入り口は屈んで入り、上映時間は10分、観覧人数は12人までだ。

 午前の部の入場券は、すでに売り切れである。


「午後の部も入れると、製作費の元は取れるな」

 広瀬が囁き、一戸はドーム内から漏れるナレーションを聞きながら頷く。

「ああ。みんなで頑張った成果だ」


 この『桜夏祭』でプラネタリウムの企画を提出したクラスは5つ。

 かくして企画は抽選となり、一年一組が見事に引き当てたのである。

 テーマは『ロミオとジュリエットが見た星空』で、当時のイタリアから見えた星空を再現し、なまでナレーションを入れることにした。

 ナレーター役の生徒は、ドームの中で星座を見上げながら暗唱する。


 やがて上演が終わり、ドーム内から拍手が起きた。

 笑顔の観客たちが教室を後にし、一戸たちは次回上映に向けて準備をする。

 投影機の点検に、ドーム内の簡単な清掃などだ。


「こんにちは。一戸くん」

 ドアの隙間から声を掛けられ、一戸はすぐに駆け寄った。

真央まひろさん、こんにちは!」


 相手は、上野の兄だった。

 自宅から、市内の大学の看護学科に通っている。

 彼と最後に会ったのは、四月頃だった。

「上野なら同好会に居ますよ。主役のヒーロー役なので、なかなか離れられないみたいで」

「こっちには来れないんだ。君も忙しそうだね」

「投影機の制作に関わりましたから。上演中は付いていないと不安で。昼食と、先輩が出る演劇の上演中だけは、ここを離れます。上野も、演劇を観に来ると思います」


「そうか。僕は、次の回を観させてもらうよ」

 上野の兄は、プラネタリウムの入場券をかざして笑った。


 


  

 こうして和樹たちが奮闘している時――

 その若い男ふたりは、校門の外から校舎を見上げた。

 長髪をうなじで束ね、グレーのスーツを着ている。

 人の出入りは激しく、彼らを気に留める者は居ない。


「暑いな」

「夏だし」


「この装束は動きづらい」

「奴らを倒すまで我慢だ」


水影月みかげづきはどうする?」

「向かって来たら殺す」


みかどはどうする?」

みかどは放って置け」


みかどが強力な結界を張ってる」

「お前の能力なら突破できる」


 火名月ひなづきは指示し、校門をくぐり――三神月みかづきを横目で見た。

「何をした?」

ぜにが必要だ」


 三神月みかづきは、ジャケットのポケットに手を突っ込んだ。

 すれ違った女性のバッグから奪った財布が納まっている。

 彼ならではの、人や物を転移させる能力だ。


「せっかくだから、こちらのうたげを楽しもう」

 三神月みかづきは、凍て付いた表情のまま瞼を伏せた。

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