第63話
アトルシオたちが『
学ぶのは、律令学・史学・算道・書道などの座学だ。
兵法や剣術は、習うべきことは無い。
元服したセオなどは、この国の成人した衛士と対等に渡り合える。
だが、まだ体が小さいアトルシオは、成人相手だと力負けしてしまう。
その都度に、早く大人になりたいと願うのだった。
そんな或る日――。
竹籠を抱えた二人の
女性たちは、華やかな女房装束姿である。
アトルシオたちは丁重に迎え――しかし、家人たちが抱えてきた竹籠を注視する。
装束を入れる竹籠であるようだが……
「本日より二夜の後に、『
中には、白一色の装束が入っている。
「はい。我らも随行する名誉に預かっていますが……」
セオは答えつつも、不審気に言葉尻を上げた。
『
王族の乙女が御使いとして『方丈の御山』に趣き、弓で矢を射て、邪を払う。
今回は、
が、過去の慣習に倣って、代わりの乙女が矢を射る。
射法を習った同い年の貴族の乙女が、その大役を果たしてきた。
「それで……この装束は?」
アラーシュは竹籠の中を覗き込む。
随行時に着用する白水干は、すでに受け取っている。
それに、目の前の装束は――自分たちが着るには、衣の枚数が多いように見える。
「……実は、少しばかり不都合が起きたのだ」
「姫君の
「……はい……」
月の
自分たちとは無関係とも言い切れず、揃って申し訳なさそうに頷いてしまう。
「さて……『
そして
畳まれた裳と
「……元服したセオ、背の高いリーオと……アラーシュは除かせて貰う」
「はああ?????」
アトルシオは、口をあんぐりと開けた。
仲間三人の何とも言えぬ視線が集まる。
「一応な、姫さまと同い年の
「……無理ですよっ」
アトルシオは、アラーシュを指したが……
帝都貴族の息子のアラーシュに、親の許しなく異装させるのは無理なのだろう。
「お前、女を知らぬ身であろう? ならば問題は無い。心配するな。姫さまと並んで立って、矢を射るだけだ。簡単だろう?」
「……はい」
『姫さまと並んで立つ』――この美句に、アトルシオは承諾してしまった。
そして夜が明け、また夜が明け、『
夜明けと共に、三百名余りの長い行列が王宮の門から出立する。
騎乗した衛士が行列の前後左右を固め、姫君と射手を乗せた二台の輿が、列の中央を進む。
姫君の輿を護るのは、騎乗した白水干姿の
射手の輿の後ろを、帯剣したセオたち三人が歩く。
元服して烏帽子を被るセオが中央で、アラーシュとリーオはその斜め後ろだ。
烏帽子を被る男たちは、烏帽子に緑の葉を飾り付けている。
女官たちも白袴に白い袿を重ね、額に挿した
元服前や裳着前の
枝や葉は、王宮の御神木から頂いた神聖なものだ。
(はぁ……)
輿に揺られるアトルシオは、深い息を吐く。
前髪を結われ、銀の
白い長袴、重ねた衣、長い裳を纏った彼を見たセオたちは――喉を震わせた。
「おっ、意外と似合ってる!」
「……うん」
「……まあ……がんばれ」
三人は言葉少なに、そそっと退室した。
アトルシオも、着付けをしてくれた
輿に乗るのは初めてだが、思っていたより揺れは少なく快適だ。
王族や上級貴族しか許されない乗り物を使うのは、これが最初で最後だろう……
と、素直に喜べる状況ではない。
前を見ると、姫君の乘る輿も少し揺れている。
輿の四方に張られた薄絹が垂れ下がっており、中の様子ははっきり見えない。
が、自分と同じ
姫君が、化粧を施されたこの顔を見たら……と、暗雲たる心地に囚われる。
行列が行く大路の両側には、見物の民が押し寄せ、無邪気に手を振る
思えば、姫君とお会いしたのも、月の
あの時は、王后さまと姫君の輿に随行した。
今は、姫君の
奇異な
喧騒は遠退き、風が野の香りを運ぶ。
御山が近いようだ。
お腹の空き具合からして、辰の刻ぐらいだろうか。
いつもなら、朝げをいただいている時間だ。
やがて輿が停まり、周囲の動きが慌ただしくなる。
リーオが、薄絹の向こうから声を掛けてきた。
「射手の君、お
「はい……」
裏声で答え、輿の薄布を捲って外を眺めると――『方丈の御山』が間近に見えた。
王都からも見えた御山で、多くの行者たちが籠もって行に励んでいると聞く。
御山の麓に続く山道の手前に、お
お
いつの頃に建てられたのか分からないが、かなり古びている。
幅広の二本の円柱の上には屋根があり、その下の厚い扉は閉まっている。
扉の幅は四丈(12メートル)ほど、山門の上の屋根までの高さは五丈ほどだ。
停まった輿の脇には、姫君と
中は板張りで、屏風で二つに仕切られているが、休息するには充分な余裕がある。
香も焚きしめられ、爽やかな香りに満ちていた。
アトルシオは出された梅茶を飲み、
梅茶の酸味も、餅の甘みも空腹には効く。
少々物足りないが、儀礼の前だからこんなものだろう。
屏風の向こうからも、衣擦れの音が絶えない。
お付きの者たちが、お世話をしているに違いない――。
「御衣裳を整えましょう」
几帳の影に控えていた
「……姫さまはお疲れなのでは?」
心配して小声で訊ねると――
「姫さまは、お前が思うよりも強い。案ずるな」
「はい……」
しばしの休息の後、儀式が始まった。
外に出るように促され、
二本の道の如く敷かれたそれは、山門の手前まで続いている。
随行の者たちは、見守るように後ろに並び立っている。
男たちは弓を右手で持って直立し、女官たちは後方に敷いた畳に座している。
セオたちも、弓を持って女官たちの横に居る。
右を見ると、姫君が立っていらっしゃる。
姫君も、こちらを見て――優し気に微笑えまれた。
その手に三尺(90cm)ほどの短弓と矢を持ち、白き
弓も白く塗られ、矢羽根も白い。
その様は愛らしくも凛として、御使いに相応しい姿である。
アトルシオの身も、自然と引き締まる。
今の自分は、姫君の
男でも女でも無い、御使いとして――。。
二人は、どちらが合図をした訳でも無く――敷かれた畳の上を踏み出す。
風の音と衣擦れの音が交わり、荘厳な気配が濃く渦巻く。
山門まで半分の距離に近付くと、その陰から白衣の三人の男が現れた。
その衣は膝下より長く、
白い頭巾を被り、顔も同色の垂れ布で覆っている。
中央の男は背が低く、腰が曲がっていることから老人と見た。
背を伸ばして立つ両脇の二人は、それよりずっと若そうだ。
三人を見つめつつ、アトルシオと姫君は山門手前に辿り着いた。
敷かれた一枚の畳の左右に、並び立つ。
白衣の老人は姫君の前に歩み寄り、嗄れ声で囁いた。
「
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