第59話
五人の少女たちは、八十個の貝を等間隔に並べ終えた。
対となる貝にも椿が描かれており、お付きの四人は「これは」と思った貝を順番に返していく。
対の貝を当てたら、その一対の貝は当てた者が取る。
全ての貝が開いた時、最も多くの貝を所持していた者の勝ちだ。
「あー、これも違う」
「猫ちゃんの絵だった~」
少女たちは、年相応に無邪気に『遊び』に没頭する。
大人たちの『儀礼と文化』としての『貝合わせ』とは異なり、純粋に楽しめるのは子供の特権だ。
お付きの四人に続き、
「これも違った。朝顔の絵」
姫君は口元を袖で押さえて笑い、貝を元に戻す。
こうしている間は、二つの国を背負っていることを忘れられる。
しかし、年が明けたら『
初めて
結婚も許され、祭礼に参加する機会も増える。
人形遊びが出来るのも、今年が最後になる――。
そうして貝の半分ほどが減った頃、女房の二条の少納言が几帳の前に膝立ちで進み出た。
「菓子と茶をお持ちしましょう。少し、お休みあそばされませ」
「はい!」
五人はその場を離れ、几帳の奥に移動した。
姫君は畳に座り、
本来なら、臣下の
しかし母后の意向で、『遊び』の最中は身分に関わりなく過ごす。
彼女たちが『友達』でいられる時間は短い。
かつて『近衛童子』として、身分を問われぬ場で修練に励んだ母后は、友と過ごす時間の喜びを知っていた。
貴重な時間を、愛娘にも与えたいと云う親心なのだ。
女房達が、菓子を載せた
少女たちは、餅を千切って豆の煮汁に絡めて頬張る。
豆は箸で摘まみ、茶で喉を潤し、山葡萄をゆっくり噛む。
ほんのり甘い豆の煮汁と、甘酸っぱい山葡萄は少女たちを喜ばせた。
五人が菓子を食べ終えた頃、母后の使いの女房が現れた。
書が堪能な古参の女房で、たびたび姫君にも教えている。
「玉花の姫さまに申し上げます。
「えええええーっ!?」
『御一同でお相手』とは、姫君に付き添って使者の前に出よ、との意味だ。
「えええ? どうすれば良いの?」
「どうって……女房たちのように、姫さまの後ろに控えるとか……」
「私たちだけで? 誰が姫さまの御言葉を伝えるの?」
「……だから、晴れの
女房に揃いの晴れ装束が用意されるのは、王や大貴族が主催する
今日、晴れ装束が用意されたのは少し変だと思ってはいたが……
他の三人も、不安そうに互いの顔を覗き合う。
ひと通りの礼儀作法は心得ているつもりだが、いきなり使者の前に出ろと云うのは無理難門である。
「
玉花の姫君は落ち着き払った声で、使いの女房に訊ねた。
女房は
「隣の『
「分かりました。私が御使者と、直接お話をします」
王族の姫君が初対面の客人と会い、直に話すことは異例だ。
女房が姫君の言葉を聞き取り、間接的に客人に伝えるのが慣例である。
『私たちの誰かが、姫さまの御言葉を取り次がなければ』と思うのだが、尻込みしてしまう。
だが、二つの国の主となるやも知れない
万一の時は、国主となる――。
その厳しい宿命は、姫君の早い自立を促していたのである。
戸惑うお付きの者たちに、強要は出来ない――。
それなら、自分が話をする――。
それを当然と考えていた。
『
姫君たちを載せた牛車は大勢の従者たちに付き添われ、庭を横切り、すみやかに『
降りた先の廊下には十二人の女房が控えており、姫君と
衣擦れの音がスルスルと響き、風も心地良い。
が、
廊下を曲がると、四人の女房が待機しており、母屋に続く
広い室内には、姫君のための
中央の柱の間に
その両脇には几帳が置かれ、後ろには桜の花が描かれた金屏風がある。
覚悟は決めていたものの――整えられた
けれど、たじろいでは駄目だ。
相手は伯父上さまの国の使者であり、身内の姫として恥ずかしい態度は取れない。
民たちを失望させることは許されない。
「月の国より、近衛府の
叙任後の宴の後に、姉の
懐かしい姿を思い出し、ほうっと胸を撫で下ろす。
とても素敵な女性で、騎乗した姿も
「みんな、大丈夫。前に、お会いしたことがある方よ。
姫君は微笑みつつ、小声で指示を出した。
四人の着ている
右の二人の
「みんな、大丈夫よ。頑張りましょう」
姫君は自分にも言い聞かせ――慎重に、長袴を軽く蹴るように歩き出す。
裾を引き摺る長袴は、足首に弛みを持たせて歩かないと、つまずいてしまうからだ。
そうやって背筋を伸ばし、堂々と――御座に向かう。
その姿に奮起した
姫君は御座に上ると、裳裾を強く回すようにして正面を向いた。
姫君はゆっくりと御座に腰を下ろし、
それが終わり、四人の
四人は、
最後に、尼僧の君が屏風の斜め後ろに座った。
皆が座に付いたのを確かめ、姫君は顎を据える。
「この国の
「月よりの御使者の方々をお迎えできることを、心より光栄に思います」
「公主さまの直々の御言葉、もったいのうございます」
烏帽子は被らずに、髪を高く結い上げ、金の
背後に控える女性二人も同じ装束だが、彼女たちの
齢も少し若く見え、近衛府の後輩の女性たちだと思われた。
だが――姫君の黒い瞳は、その後ろに控える四人の少年たちに注がれる。
彼らは茶色の水干に濃藍色の袴を纏っていたが――その中の、左端に座る少年に心を奪われた。
取り立てて特徴のある顔立ちでも無い。
けれど、あの時の彼だと分かる。
なぜか分かる。
「お母さま、屋根に雀たちが留まっています……」
あの
輿に乗って帝都大路を練り歩いていた時のこと。
雀を見たさに、輿を覆う薄絹を手で除けてしまった。
そして見下ろした先に、輿の下を歩く彼が居た。
あの時、目が合った
近衛府の、剣士修練生の萌黄色の水干を着ていた彼――。
初めて間近で見た、同年代の男の子――。
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