続・第11章 その木は、すべてを見ていた

第54話

 夜重月やえづき紗夜月さやづき戦の翌日。

 桜南高等学校は授業を四時間目で打ち切り、保護者説明会を開催した。

 不審者二名が校内で目撃され、警察も出動・捜索と相成った。

 二ヶ月前の教頭昏倒事件に続く警察介入事件である。

 教頭事件の時は大事おおごとにはならなかったが、今回はSNS上でも根拠の無い噂が書き込まれ、学校への問い合わせ&イタズラ電話は五十件を超えた。

 


「不審者二名は、生徒数名にも目撃されました。その後、警察と共に捜索しました。しかし午後七時になっても発見できず、不審者は校舎内から立ち去ったと判断するに至りました。今後は生徒用玄関・教師用玄関にも防犯カメラを設置し、生徒の安全確保に取り組む所存でございます……」


 体育館に集まった保護者達を前に、校長は深々と頭を下げる。

 校長の言葉通り、不審者は見つからなかった。

 見つかる筈もなかった。

 だが――


(……これは酷いな……)

 最後尾のパイプ椅子に座った岸松おじさんは、残存する霊気を探る。

 和樹の話に依ると、『悪霊』たちに異界に引き入れられ、追いかけられ、体育館で戦闘になったと言う。

 

 その影響か、頭上で霊道が絡み合い、多くの浮遊霊が蛍の如く飛び交っている。

 幸い、人に実害を与えるほどの『念』を持った霊体は居ないが、長居すると気分が悪くなりそうだ。

 和樹から預かった『醬油さし』をポケットに忍ばせて来なければ、早々に逃げ出していたに違いない。

 大量の『三途の川エキス』は刺激が強すぎるが、少量ならば霊障除けになる。

 

 ――左端の列に座っていた女性が立ち上がり、口元を押さえて出入口に向かった。

 近くの壁際に立っていた女性教師が、その後を追う。

 多少なりとも霊感のある人間なら、体調に影響するのは必至だ。

 退場した女性も、そういうたぐいだろう。

 

 幸い、同行した村崎七枝さんと、久住さんの母親には影響は無さそうだ。

 二人は並んで右横に座り、校長の話に聞き入っている。

 姪の沙々子は仕事を抜けられず、代わりに説明会に出席したのだが――


 

 最前列に座っていた白髪の男性が、立ち上がっていかめしい声で詰問する。

「校庭が映る位置にも、防犯カメラを付けるべきだ。生徒たちを本気で守る気があるのか?」との問いに、気圧され気味の校長は「道の教育機関とも相談し、検討している最中でございます」と答えるのが精一杯だ。

 

白髪の男性は拳を振り上げ、追及を続けようとしたが――中列辺りに居たライダースジャケットを着た青年が手を上げて立ち上がり、男性教師がワイヤレスマイクを差し出す。


「弟の話では、不審者はセーラー服姿の白塗りの女性たちだったそうですが、生徒の悪ふざけという線は考えられませんか? 当日は学園祭の準備中で、ホラーハウスを企画していたクラスもあると聞きましたが」


「本日、全クラスに聞き取りいたしましたが、身に覚えが無いとの解答でした…」

 青年の穏やかな物言いに、校長は少し安堵したらしく、ペコリと頭を下げる。


「ともかく、生徒と保護者の皆さまには大変なご心配をかけてしまい、誠に申し訳なく思っております…」

 校長と教頭、壁際に立つ教師たちは深々と頭を下げた。

「現在、警察とも話し合っております。今週中は、警察の方が校門前に立って警戒に当たってくださいます……」


 

 こんな調子で、歯切れの悪いまま説明会は終わった。

 不満そうな顔の保護者も多いが、三々五々と退場して行く。

 

 岸松おじさんたちも、校舎を出た。

「じゃあ、久住さんと村崎さん、ご自宅までお送りしますので」

「すみません。お手数をかけます」

 二人は丁重に礼を言う。

 沙々子が二人にも声を掛け、岸松おじさんの車で学校まで足を運んだのだ。

 何も知らない久住さんの母親はともかく――村崎さんは、何か言いたげだった。

 

『お孫さんの周りでは、不思議なことが起きています。いずれは解決するでしょう。ただひとつ、お孫さんを信じてあげてください。彼女には、悪意はありません。あなたを本当の祖母と思い、慕っています。私は、全力であなたとお孫さんを手助けいたします』


 そう説明はしていたし、主催する『向心会』の読書会にも彼女は参加している。

 彼女は普通の看護師で、控え目で善良な女性である。

 さすがに『天音さんは、悪霊と闘っています』とは明かせない。

 闘いが終わったとして……本物の孫娘の『村崎綾音』とその両親がどうなるかは、予想もつかない。

 当面は、ごまかし続けるしか手はない……。


 


 

  ◇

  ◇

  ◇




「これで良し!」

 上野は駅ナカのパン屋から出て来て、パン屋の紙袋を掲げ、笑って見せた。

 タマゴ入り野菜カレーパン、レーズンデニッシュ、プチフランスパン2個が入っている。

 そして学校近くの『かくや』で買った駄菓子各種、コーラとオレンジジュース。

 一戸が持参したレジ袋にそれらを纏め、三人は月城のマンションに向かう。


 夜重月やえづきたちを倒した後、すぐに現世には戻れた。

 和樹と一戸は体育館の床に座り込んでおり、二人の靴下とスニーカーが投げ出されていた。

 体育館の天井にも床にも、壊れた痕跡は全く無い。

 あの体育館は、別世界の構造物だったのだろう。

 二人は無言で靴下を拾って履く。

 すると、上野が駆け込んで来た。

 

 彼はパニック状態で「月城の腕が無い!」を繰り返す。

 和樹と上野は急いでスニーカーを履き、裏の水飲み場に行くと――方丈日那女が、ホースで水撒きをしていた。

 そして彼女は言った――「月城は家に帰った。数日で治るから、心配するな」と。

 

 『魔窟まくつ』で負傷すれば、肉体にもダメージがあることは承知している。

 怪我が治るのは良いとして、彼は軽傷なのか――

 歩いて帰ったのか――


 訝しんで顔を見合わせると、生徒たちが校庭に出て来た。

 蓬莱さんが和樹たちを見つけ、手招きをした。

 三人が生徒の群れに混じると――全員帰宅が命ぜられた。

 警官たちの姿も見え、事が大きくなっていると知る。

 

 制服もスクールバッグも校内に置いたままの和樹たちは、久住さんにバス代を借りての帰宅となった。

 そのような経緯いきさつで、本日は私服ズボン姿での登校である。

 そして下校の後、三人で月城宅に見舞いに向かっている。

 今ごろ学校では、保護者説明会が開かれている筈だが……


 

 昨日から、和樹は悶々とした時間を過ごしていた。

 『魔窟まくつ』で先輩の『四将』のうちの二人、夜重月やえづき紗夜月さやづきと闘い……勝った。

 だが、残ったのは吐き気をもよおすような後悔のみだ。

 

 映画などのゾンビ同様に、彼女たちには感情など無いと思っていた。

 けれど――夜重月やえづきの『紗夜さやっ!!』の一言に打ちのめされた。

 あの声は、自分たちと変わらない。

 仲間を案じる『人間』の声だった。

 重なって倒れた二人を見て――自分の正気さえ疑った。

 『悪霊退治』の筈が、自分たちと同じ『人間』を倒している――。

 刀で、人を斬っている――。




「……前も、こうして月城んに行ったな……」

「うん……」

 明るく振る舞う上野の呟きに答え、和樹は月城のマンションを見上げる。

 あの時のように見舞いに来た。

 けれど、今日は……心が重い。


「誰か……今日、ほっちゃれ先輩と話をしたか?」

 一戸が訊ね、和樹は首を横に振る。

 昼休みに廊下で彼女と擦れ違ったが――無視して通り過ぎた。

 彼女は慰めてくれたかも知れない。

 けれど、それを聞きたくなかった。

 彼女とて、筆舌に尽くし難い過去世がある。

 なのに、「あなたには分からないよ!」と八つ当たりしそうで――

 そんな自分を曝け出したくなかった。

 

 母とも、昨夜から殆ど口を聞いていない。

 だが母は知らぬ素振りで、アイドルグループの配信映像を見てペンライトを振っていた。

 それが和樹には有り難かったが――我慢せずに、母に思いをぶつけるべきだったのかも知れない。

 たが、それでは母に心配を掛けてしまう……。


 

 

「おい……」

 マンションの入り口を見て、上野は声を上げた。

 入り口前には、和装の男性が佇んでいた。

 紛れなく、舟曳ふなびき先生だった。


 三人を見た先生は近付いて来て……手に下げた風呂敷を少し持ち上げ、微笑んだ。

「君たちとお茶を飲もうと思って待ってたんだ。玉露の新茶だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る