第11章 双媛の牙城
第49話
初日は金曜日で、仮装行列で近隣を練り歩く。
土曜日は学校関係者の招待日で、日曜日は一般客を入れる日だ。
1年A組は、ヨーロッパの歴史衣装で仮装行列をする。
絵画に描かれた人物のコスプレで、主に百均で購入したグッズを使う。
絵画を元に描いた衣装プラカードを 持つ生徒の後ろを、コスプレした生徒が歩くのだ。
古代ローマ時代のトガは、二枚のシーツを縫い合わせて体に巻き付ければ良い。
中世イタリア男性の左右色違いのタイツは、色違いのタイツを片方ずつ履く。
女王エリザベス1世のコスプレも、フラフープを組み合わせてスカートの膨らみを表現する。
肖像画では、女王は王冠風首飾りを付けたペットのアーミンも描かれている。
白いアーミン役は、白い全身タイツを着た男子生徒が担当する予定だ。
映画などでお馴染みの貴族男性のカボチャパンツは、体格の良い男子生徒のハーフパンツを借りて、詰め物をして膨らませる。
いかに工夫を凝らし、真面目かつ笑いを取るかかポイントだ。
そして『巨大ロボット研究所』は、今年も段ボール製コックピットを作る。
二基を造り、全身タイツ着用のパイロットは――くじ引きで、上野&共同開発者のパソコン部の吉崎先輩と決まった。
かくして『
和樹と一戸は、学校近くのスーパーに出向き、取り置きして貰った段ボールを取りに行った。
今は、その帰り道である。
二人とも半袖の運動着にジャージの上着、ハーフパンツ姿だ。
両手で段ボールを抱え、通行人にぶつからないように注意して歩く。
別のクラスか部活の生徒が三人、同じように段ボールを抱えて、前を歩いている。
どこも大忙しだ。
「……最近、敵もあまり出て来ないね」
信号で立ち止まった和樹は、ふと周囲を眺めて言う。
子供たちの霊体と闘って以来、『
それも、いわゆる『ザコ』が続いた。
強敵であろう『八十八紀の四将』も現れない。
ニセ者事件も進展は無く、緊張感も抜けてきた頃合いである。
「油断は禁物だ。いつ『八十八紀の四将』が出て来るか分からない。ひょっとして、俺たちのニセ者が先かも知れない」
一戸は声を引き締める。
彼の言う通り――今夜に、敵と闘うことになるかも知れない。
多くのサポートがあるとは云え、危険であることに変わりない。
やがて信号が変わり、二人は歩き出した。
向かいから、ベビーカーを押す若い母親と祖母らしき人が来る。
小学生三人が、横を走り抜けていく。
震える犬をバスタオルで
誰もが、精一杯生きようとしている。
青い空を見上げた和樹は、この世に生まれて良かった――と思う。
楽しいことばかりじゃない。
つらいこともあった。
死の危険と隣り合わせの日々だ。
それでも、仲間がいる。
みんなで助け合ってきた。
「……ナシロ!」
一戸が叫んだ。
目前の校門前で、90度曲がって校門をくぐった生徒三人が――かき消えた。
「……消えた!?」
二人は、小走りで校門前に立つ。
校門の向こうの樹木や、奥に佇む校舎はいつと変わらなく見える。
しかし――生徒たちの姿が全く見えない。
それに、空がおかしい。
分厚い雲で蓋をされたように、灰色の煙が渦巻いている。
「……前と同じだ。また、転移させられたらしい」
一戸は段ボールを置く。
すると、校舎上空に巨大な月が現れた――。
『緊急放送です。緊急放送です。先ほど、地震が発生しました。校内に残っている生徒は、近くの教室で待機して下さい。中森先生は、至急職員室にお戻りください』
「地震…?」
『巨大ロボット研究所』の基地たる実験室で、段ボールの寸法を測っていた中里と上野は顔を上げ、スピーカーから流れた声に聴き入る。
緊急放送とは、穏やかではない。
他の生徒たちも、雑談を止めて顔を見合わせる。
コックピットの設計図を眺めていた月城は立ち上がり、全身タイツ用のパーツを仕分けしていた久住さんと蓬莱さん、女子生徒二名は不安そうに窓の外を見た。
「揺れるの感じた?」
「全然。震度1かも」
「スマホに速報とか出てない?」
「……出てない。ホントに地震あったの?」
二年生の内藤さんが、スクールバッグからスマホを出して確認する。
が、その横を月城が足早に通り過ぎた。
「……トイレに行って来る」
「……オレも!」
異変を察した上野も付いて行く。
真面目な中里は、慌てて止めようとする。
「教室に居た方が良くない?」
「ここで空きボトルにしろってか? ついでに便器にヒビ入ってないか見て来る」
上野は久住さんと蓬莱さんに目配せし、月城と共に教室を出た。
廊下には、まだ生徒が残っている。
大きなベニヤ板を抱えた男子生徒二人が立ち止まっている。
布を詰めた紙袋を手に下げた女生徒もいる。
「お前ら、板を置いて教室に入ってろ」
上野は彼らに忠告し、トイレとは逆方向に向かう。
すると、
二人に気付いた
「二人とも、何してるの。教室に戻って!」
「……不審者が校内に居るんですね?」
月城は問い返す。
柴田先生は手にした
体育教師であり、運動神経には自信がある。
だが、今の月城には得体の知れない
そうでなくとも、現状を誤魔化しきれるものではない。
「ええ……あの……若い変な女性が二人……」
「でも心配しないで。何も手に持ってなかったし。警察もすぐ来てくれるから」
「見たんですか!?」
顔を強張らせた上野が突っ込むと、
「ええ……職員用トイレから、髪の長い女性が二人出て来て。変だと思って後を付けたんだけど、すぐに見失ってしまったの」
「確認したが、午後からの来客は無い。相手は手ぶらでも、何が起きるか分からん。二人とも、教室に戻りなさい」
「……ウンコしてから戻ります!」
柴田先生の指示を無視し、上野と月城は先生たちの横を走り抜ける。
柴田先生は追いかけようとしたが、すぐに断念した。
侵入者が潜んでいる場所が不明な場合は、捜索ルートが定められている。
教師が思い思いの場所を探しては、侵入者を見過ごすことも考えられるからだ。
二人を追いかけて、肝心の捜索が疎かになるのは避けたいが……
「相手は女性二人だし、月城くんは背が高いですし……私たちは、順路通りに探しませんか…?」
柴田先生は、
二人は廊下の角を曲がったらしく、もう姿が見えない。
やむなく、順路を進むことにした。
後日、二人を『生徒指導室』に呼び出そうと考えながら。
(来やがったか! それも……
時同じくして――ジャージ姿の方丈日那女は舌打ちしつつ、廊下を走っていた。
パソコン部に顔を出しているうちに、空間の一部が捲れ上がったのを感じた。
(教頭の時と同じだ!
日那女は、例の水飲み場に駆け付ける。
日那女が蛇口から出る水でシンクを濡らしていると。上野と月城もやって来た。
「他の二人は? 久住君くんと蓬莱くんは無事か!?」
早口で問い質すと、上野が答えた。
「久住さんたちは教室です。ナシロと一戸は、スーパーに段ボールを取りに行きましたが、まだ戻ってません!」
「引き込まれたのは、彼らのようです」
月城はシンクを流れる水を見つめる。
「二人の長髪の女性を見た教師がいますが……」
「
「『八十八紀の四将』の剣士の女性たちですか…?」
上野は額に貼り付いた前髪を払う。
過去世の自分たちの四将叙任式で、顔を合わせた女性たちを思い出す。
二十歳を越えているであろう、快活そうな女性たちだったが――
「
日那女は、渦巻いて流れる水を凝視する。
水の底に、視覚では捉えられない闇が浮かび上がる。
二人が墜とされた位置を特定しなければならない。
「月城くん……行ってくれるな?」
「はい」
月城は快諾する。
『
◆◆◆◆◆
当エピソードの前日の小話を描いた外伝
「信夫百合帆先生、男子ドールに狩衣を着せる」はこちらです。
↓
https://kakuyomu.jp/works/16816452221358206980/episodes/16816927861440751264
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