第11章 双媛の牙城

第49話

 桜南さくらみなみ高等学校の学園祭『桜夏おうか祭』は七月中旬に開催される。


 初日は金曜日で、仮装行列で近隣を練り歩く。

 土曜日は学校関係者の招待日で、日曜日は一般客を入れる日だ。

 

 1年A組は、ヨーロッパの歴史衣装で仮装行列をする。

 絵画に描かれた人物のコスプレで、主に百均で購入したグッズを使う。

 絵画を元に描いた衣装プラカードを 持つ生徒の後ろを、コスプレした生徒が歩くのだ。

 

 古代ローマ時代のトガは、二枚のシーツを縫い合わせて体に巻き付ければ良い。

 中世イタリア男性の左右色違いのタイツは、色違いのタイツを片方ずつ履く。


 女王エリザベス1世のコスプレも、フラフープを組み合わせてスカートの膨らみを表現する。

 肖像画では、女王は王冠風首飾りを付けたペットのアーミンも描かれている。

 白いアーミン役は、白い全身タイツを着た男子生徒が担当する予定だ。


 映画などでお馴染みの貴族男性のカボチャパンツは、体格の良い男子生徒のハーフパンツを借りて、詰め物をして膨らませる。

 いかに工夫を凝らし、真面目かつ笑いを取るかかポイントだ。


 

 そして『巨大ロボット研究所』は、今年も段ボール製コックピットを作る。

 二基を造り、全身タイツ着用のパイロットは――くじ引きで、上野&共同開発者のパソコン部の吉崎先輩と決まった。

 

 

 かくして『桜夏おうか祭』まで1ヵ月を切った日の放課後――。

 和樹と一戸は、学校近くのスーパーに出向き、取り置きして貰った段ボールを取りに行った。

 今は、その帰り道である。

 二人とも半袖の運動着にジャージの上着、ハーフパンツ姿だ。

 両手で段ボールを抱え、通行人にぶつからないように注意して歩く。

 別のクラスか部活の生徒が三人、同じように段ボールを抱えて、前を歩いている。

 どこも大忙しだ。



「……最近、敵もあまり出て来ないね」

 信号で立ち止まった和樹は、ふと周囲を眺めて言う。

 子供たちの霊体と闘って以来、『魔窟まくつ』での対戦は二度だけ。

 それも、いわゆる『ザコ』が続いた。


 強敵であろう『八十八紀の四将』も現れない。

 ニセ者事件も進展は無く、緊張感も抜けてきた頃合いである。


「油断は禁物だ。いつ『八十八紀の四将』が出て来るか分からない。ひょっとして、俺たちのニセ者が先かも知れない」

 一戸は声を引き締める。

 彼の言う通り――今夜に、敵と闘うことになるかも知れない。

 多くのサポートがあるとは云え、危険であることに変わりない。

 

 やがて信号が変わり、二人は歩き出した。

 向かいから、ベビーカーを押す若い母親と祖母らしき人が来る。

 小学生三人が、横を走り抜けていく。

 震える犬をバスタオルでくるんで抱いた女性が、信号が変わるのを待っている。

 

 誰もが、精一杯生きようとしている。

 青い空を見上げた和樹は、この世に生まれて良かった――と思う。

 

 楽しいことばかりじゃない。

 つらいこともあった。

 死の危険と隣り合わせの日々だ。

 それでも、仲間がいる。

 みんなで助け合ってきた。



「……ナシロ!」

 一戸が叫んだ。

 目前の校門前で、90度曲がって校門をくぐった生徒三人が――かき消えた。


「……消えた!?」

 二人は、小走りで校門前に立つ。

 校門の向こうの樹木や、奥に佇む校舎はいつと変わらなく見える。

 しかし――生徒たちの姿が全く見えない。

 それに、空がおかしい。

 分厚い雲で蓋をされたように、灰色の煙が渦巻いている。


「……前と同じだ。また、転移させられたらしい」

 一戸は段ボールを置く。

 すると、校舎上空に巨大な月が現れた――。






『緊急放送です。緊急放送です。先ほど、地震が発生しました。校内に残っている生徒は、近くの教室で待機して下さい。中森先生は、至急職員室にお戻りください』


「地震…?」

 『巨大ロボット研究所』の基地たる実験室で、段ボールの寸法を測っていた中里と上野は顔を上げ、スピーカーから流れた声に聴き入る。

 緊急放送とは、穏やかではない。

 他の生徒たちも、雑談を止めて顔を見合わせる。

 コックピットの設計図を眺めていた月城は立ち上がり、全身タイツ用のパーツを仕分けしていた久住さんと蓬莱さん、女子生徒二名は不安そうに窓の外を見た。


「揺れるの感じた?」

「全然。震度1かも」

「スマホに速報とか出てない?」


「……出てない。ホントに地震あったの?」

 二年生の内藤さんが、スクールバッグからスマホを出して確認する。


 が、その横を月城が足早に通り過ぎた。

「……トイレに行って来る」

「……オレも!」


 異変を察した上野も付いて行く。

 真面目な中里は、慌てて止めようとする。

「教室に居た方が良くない?」


「ここで空きボトルにしろってか? ついでに便器にヒビ入ってないか見て来る」

 上野は久住さんと蓬莱さんに目配せし、月城と共に教室を出た。

 

 廊下には、まだ生徒が残っている。

 大きなベニヤ板を抱えた男子生徒二人が立ち止まっている。

 布を詰めた紙袋を手に下げた女生徒もいる。

「お前ら、板を置いて教室に入ってろ」

 上野は彼らに忠告し、トイレとは逆方向に向かう。


 すると、刺又さすまたを抱えた新婚の柴田先生と信夫しのぶ先生が前方からやって来た。

 二人に気付いた信夫しのぶ先生は、慌てて駆け寄って来る。

「二人とも、何してるの。教室に戻って!」

「……不審者が校内に居るんですね?」

 月城は問い返す。

 柴田先生は手にした刺又さすまたを見下ろし……黙って頷いた。

 体育教師であり、運動神経には自信がある。

 だが、今の月城には得体の知れないあつが在った。

 そうでなくとも、現状を誤魔化しきれるものではない。


「ええ……あの……若い変な女性が二人……」

 信夫しのぶ先生は、ついつい白状する。

「でも心配しないで。何も手に持ってなかったし。警察もすぐ来てくれるから」

「見たんですか!?」


 顔を強張らせた上野が突っ込むと、信夫しのぶ先生は肩をすくめた。

「ええ……職員用トイレから、髪の長い女性が二人出て来て。変だと思って後を付けたんだけど、すぐに見失ってしまったの」

「確認したが、午後からの来客は無い。相手は手ぶらでも、何が起きるか分からん。二人とも、教室に戻りなさい」


「……ウンコしてから戻ります!」

 柴田先生の指示を無視し、上野と月城は先生たちの横を走り抜ける。

 柴田先生は追いかけようとしたが、すぐに断念した。

 侵入者が潜んでいる場所が不明な場合は、捜索ルートが定められている。

 教師が思い思いの場所を探しては、侵入者を見過ごすことも考えられるからだ。

 二人を追いかけて、肝心の捜索が疎かになるのは避けたいが……


「相手は女性二人だし、月城くんは背が高いですし……私たちは、順路通りに探しませんか…?」

 信夫しのぶ先生は、校内の見取り図を見ながら進言する。

 柴田先生は、刺又さすまたを構えつつ振り返った。

 二人は廊下の角を曲がったらしく、もう姿が見えない。

 やむなく、順路を進むことにした。

 後日、二人を『生徒指導室』に呼び出そうと考えながら。


 



(来やがったか! それも……夜重月やえづき紗夜月さやづきだ!)

 時同じくして――ジャージ姿の方丈日那女は舌打ちしつつ、廊下を走っていた。

 パソコン部に顔を出しているうちに、空間の一部が捲れ上がったのを感じた。

 

(教頭の時と同じだ! 神名月かみなづきたちの誰かが、また『魔窟まくつ』の隙間に墜とされた!)


 日那女は、例の水飲み場に駆け付ける。

 桜夏祭おうかさいの準備のため、グラウンドには運動部の生徒の姿は無い。

 日那女が蛇口から出る水でシンクを濡らしていると。上野と月城もやって来た。


「他の二人は? 久住君くんと蓬莱くんは無事か!?」

 早口で問い質すと、上野が答えた。

「久住さんたちは教室です。ナシロと一戸は、スーパーに段ボールを取りに行きましたが、まだ戻ってません!」

「引き込まれたのは、彼らのようです」


 月城はシンクを流れる水を見つめる。

「二人の長髪の女性を見た教師がいますが……」

夜重月やえづき沙夜月さやづきに間違いない。私も気配を感じた」


「『八十八紀の四将』の剣士の女性たちですか…?」

 上野は額に貼り付いた前髪を払う。

 過去世の自分たちの四将叙任式で、顔を合わせた女性たちを思い出す。

 二十歳を越えているであろう、快活そうな女性たちだったが――


夜重月やえづきたちは、剣士同士の闘いを望んだようだな……」

 日那女は、渦巻いて流れる水を凝視する。

 水の底に、視覚では捉えられない闇が浮かび上がる。

 二人が墜とされた位置を特定しなければならない。

 

 夜重月やえづき紗夜月さやづきが望もうが、『神名月かみなづき雨月うげつふたりで頑張れ』と傍観している訳にはいかない。

「月城くん……行ってくれるな?」


「はい」

 月城は快諾する。

 『魔窟まくつ』に自力で潜行できるのは、自分だけなのだから。




 ◆◆◆◆◆


 当エピソードの前日の小話を描いた外伝

「信夫百合帆先生、男子ドールに狩衣を着せる」はこちらです。

 ↓

https://kakuyomu.jp/works/16816452221358206980/episodes/16816927861440751264

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る