第46話

 方丈日那女は、結婚情報誌『アット☆メルティ』を配布する。

「残っていた三冊を買ってきた。二人で一冊を読んでくれ。ニセの神無代かみむしろが開いているのは、12ページだ」


 和樹と上野、一戸と月城、久住さんと蓬莱さんペアに一冊ずつ渡る。

 表紙の写真は、色打ち掛けを着た女性である。

 

 一戸は、素早く該当のページを探し出して開く。

 ミゾレもベッドから出て、久住さんの座布団の横に座った。

 蓬莱さんは雑誌を畳に置き、三者で該当ページを眺める。

 

 上野は「ほえ~~」と声を上げ、ヒョイヒョイと誌面をめくった。

 挙式の費用、ウェディングプランナーへの質問、新婚旅行にお勧めのホテル、などの記事が見える。

 横から覗き見ていた和樹は、初めて触れる文言に目と頭がチカチカした。

 ニセの自分は、何が目的でこの雑誌を手にしたのだろう……と、疑問が渦巻く。


「ここですねぇ~」

 上野はようやく該当ページを開き、手を止めた。

 ページの見出しは、『春の新作ウェディングドレス&白無垢特集』である。

 右下には桜の花のイラストがあり、その横にはAラインのゴシック風ドレスを着たモデル、薔薇の刺繍入り白無垢を着たモデルの写真が載っている。

 

 和樹は、蓬莱さんに憑いた『悪霊』が、彼女に白無垢を着せたのを思い出した。

 銃を持っていた『悪霊』も居た。

 

 父や舟曳ふなびき先生のように『霊界』の住人も来ているし、何より自分たち自身が、『魔窟まくつ』に潜行している。

 現世を訪れた『悪霊』が、得た知識を『魔窟まくつ』に流布しても不思議ではない。

 しかし彼らの大半は、自分たちに害を与える存在と化している。

 闘わなければ、50年前の繰り返しになる――。

 母を喪主にする訳にはいかない――。

 

 

「……険しい顔だな、神無代かみむしろくん」

 日那女に指摘され、慌てて頬の力を緩める。

 敵と母のことを考えると、知らず知らずにりきんでしまうらしい。

 

 ふと左を見ると、久住さんと目が合った。

 久住さんは、慌てて目を逸らす。

 見せてはいけない顔を見せてしまった――と、和樹は悔やんだ。

 自分が見せたのは、『神名月かみなづき』の顔に違いない。

 太刀を構え、敵に挑む表情は……殺気が滲んでいるに違いない。

 久住さんを巻き込みたくはないのに、気が付けば対策会議に同席させている。

 やはり、ミゾレと彼女を引き離すのは正解だろう……

 

 

「……さて、皆の衆。ニセの私とニセ神無代かみむしろが、これを見ていた理由は何だと思う? 奴らは何故なにゆえに、こちらの世界の花嫁衣裳を観察していたのだ?」

 日那女が提言すると、上野が即答した。

「ニセ先輩と付き合ってるからとか?」


 本人たちを前に物怖じしない言い方に――日那女は鼻をピクピクさせる。

「……君と、我が友の吉崎くんは気が合うようだが、不正解だと断言したい」

「僕も、そう思う……」

 和樹も、ゲンナリ顔で反論する。


 漂い始めた不穏な空気を読んだ一戸は、サッと話題を変えた。

「連中は、容易に現世に来れるんでしょうか? 俺は、ナシロや蓬莱さんのリードで『魔窟まくつ』に潜行しています。向こうも、自力で往来できる者は少ないのでは?」


「……君の予想は正しい。自力で往来可能なのは、中ボス以上だろう。だが、奴らが結婚情報誌を立ち読みするとは想定外だ」

 日那女はチラリと月城を見て――腕組みをして首を捻る。


 

 すると、蓬莱さんの柔らかなアルトの声が響いた。

「あの……もう一度、スマホの写真を見たいんですけど」

「構わんよ」

 日那女は即答してスマホを彼女の前に押し出す。

 蓬莱さんと久住さんは写真を見つめ、やがて蓬莱さんは口を開いた。

「……ニセのナシロくんが、この雑誌に興味を持っていたと思います」


 男子四人は「えっ」と云う表情で、雑誌を見直す。

 蓬莱さんは、彼らを尻目に指摘する。


「この写真だけで判断は出来かねますが、雑誌を持っているのはニセナシロくんで、ニセ先輩がそれを覗き込んでいるように見えます。強く興味を持っている方が、雑誌を持つのが自然かと」


「あたしも、そう思います……」

 久住さんは控え目に言った。

 ミゾレも「ニャニャッ」と鳴いて頷く。


「では、ニセムシロが花嫁写真を見ていた理由は? 自分で着たくなったとか?」

 日那女は、また話題を戻した。

 和樹は、恨めしそうに軽く睨む。

 ニセ者の趣向はともかく、自分はウェディングドレス着用願望は皆無だ。


「いや……誰が花嫁衣裳を着ようが構わん…」

 日那女は、お茶をひと口飲んで場を濁す。

「『自分で着るためだけに、現世に足を運んだ』だけなら、大問題ではない。だが、それ以外の目的があるなら別だ」


「自分の彼女に着せたいんじゃないですか?」

 また上野が答え、二袋目のバタピーを開封する。

 すると、一戸は横目で蓬莱さんを見た。

 彼女の本体の『蓬莱の尼姫』は、『神名月かみなづきの中将』の恋人だった。

 ニセ者が、『蓬莱の尼姫』に着せようと画策するのは有り得る話だ。

 

 

 しかし――月城は、別方向の核心を突く。

神無代かみむしろのニセ者が居るなら、我々のニセ者も居るのではないでしょうか? 先輩のニセ者も居ることですし」


「だろうな……」

 日那女は、くるみ餅を手にして呟いた。

 特撮の定番対決なのだろうが、今度は茶化したりせず、真面目顔で考え込む。



「ニセ者や、先輩たちが相手でも……僕は闘います」

 和樹は、決意を新たに顔を上げる。

「僕の父が、『魔窟まくつ』の中心に居るんです。それに悪意のある敵が、こちらに来て、僕たちの家族や友人を傷付ける危険があります。現世の僕は非力だけど、『魔窟まくつ』でなら闘えます! それに『時映しの術』に掛かった時に、僕は先輩たちを見ました。儀式で太刀を渡されました。あの方たちを救ってあげたい……!」



「……生意気言いやがって…!」

 日那女は不敵に笑った。

 眼鏡の奥の瞳が、うっすらと潤んでいるように見える。

 彼女は首を据え、一同を見回した。

「ニセムシロどもの意図は、はっきりとは分からん。だが、連中との闘いは『魔窟まくつ』で展開されるだろう。出来うる限りのサポートはする。それと……」


 眼鏡を掛け直し、久住さんをジッと見る。

「事情が変わった。ミゾレは、君のもとに置いておく」


「……いいんですか?」

 久住さんは思わず、ミゾレの背に手を掛ける。

 和樹も、意外な判断に驚く。

 が、日那女は自信たっぷりに頷いた。

「ニセムシロの出入りが分かった以上。ミゾレを傍に置く方が安全だ。より強力な『三途の川エキス』入りのお守りも渡す。こんなこともあろうかと、すでに用意してある。全員、家に置いてくれ」


 彼女は後ろの押し入れの引き戸を開け、紙袋を六つ取り出す。

「ガラス瓶に入れてある。ラベンダーのアロマを垂らして置いた。芳香剤と言って、竹串を差して飾ってくれ。玄関か窓際がベストだ」


「オレっちの醤油さしの中身と同じ水ですか……」

 上野は紙袋の中身を見つめる。

 市販の芳香剤ほどの大きさのガラス瓶が三個と、百均で売っている竹串セットが入っている。

 ガラス瓶は、紫のリボンと花柄のシールで装飾されていた。

 これなら、インテリアとして飾っても不自然ではない。



「これにて、今日の会議はお開きにする。昼飯を食べてから帰ってくれ。寿司を注文して置いた。握りと巻き寿司、好きなモノを食え」

 日那女が言うと同時に、玄関のチャイムが鳴るのが聞こえた。


「さすが先輩! オレ、先輩となら結婚できます~!」

 上野は目をキラキラさせ、しかし、日那女のパンチが彼の頭頂部に落ちる。

「そうだ。この雑誌は、レディース三人で引き取る。付録のポーチごとな」





 その頃――

 縁側に面した部屋に、別の客が忽然と、浮き出る影のように出現した。

 

 小雨は止み、ほのかな日差しが障子を照らしている。

 布団に伏せていた方丈幾夜いくや氏は、瞼を閉じたまま客を迎えた。

「……お手間を掛けさせ、申し訳ございません……」


「あの子たちのために、よく尽くしてくれた……。すべての責は私にある……」

 灰色の和服に芥子からし色の羽織を纏った舟曳ふなびき千紀やきのり氏は、傍らに……音も無く座る。

「残念ながら、私の真の力を発揮することは出来ない……『現世うつしよ』では特に……」


「……承知しております……月帝つきみかどさま……」

 幾夜いくや氏は僅かに微笑み、肩を揺らす。

「『魔窟まくつ』に居る方が、身の自由が利く……皮肉なものです……」


 それを聞いた舟曳ふなびき氏の端正な顔の、苦悩の影が深まる。

 彼は、幾夜いくや氏の額に手を当て、念を送った。

 すると――幾夜いくや氏の呼吸は、少し楽になったようだった。

 

 舟曳ふなびき氏は安堵し――そして縁側の影に気付く。

 雀が止まったらしく、障子越しの向こうで可愛らしい影が動いていた。

 微かな鳴き声も聞こえる。

 ふと、遥かな過去の……在りし日を思い出す。


 それは、『第八十八紀 近衛府の四将』の叙任式の二十日ほど後のこと――

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