第10章 虚ろなる者、虚ろならざるもの

第45話

 翌日の午前10時。

 一同は、方丈邸に集まった。

 あいにくの小雨模様だったが、方丈日那女の懇意でタクシー二台に分乗しての訪問である。

 和樹と月城以外――上野・一戸は『和樹の家で勉強する』との名目で、ノートや筆記具まで持参してきた。

 久住さん・蓬莱さんは、『同好会の先輩宅に遊びに行く』との名目だ。もちろん、ミゾレも連れている。

 

 ミゾレとの別れを前に、久住さんは言葉少なだった。

 タクシーの中でも、頻繁にキャリーバッグの窓を開けてミゾレの様子を伺った。

 同乗した和樹は、帰宅後の慰めの言葉を考える。

 久住さんの安全のためとは言え、大切な家族を引き離すのは酷だ。

 しかし、闘いが終われば……ミゾレも元の生活に戻れるだろう。




 方丈邸に入ると、八畳の和室に通された。

 玄関で応対してくれたのは、五十代ぐらいの女性だ。

 家政婦さんで、週に三回ずつ派遣して貰っているそうだ。


 かくして、一同は黒塗りの座卓を囲む。

 和樹と上野・月城と一戸・久住さんと蓬莱さんが二人並びに座り、議長役の日那女は六人を見渡した。


「父は、部屋で横になっている。君たちによろしく、とのことだ」

 日那女は電気ポットの湯を急須に注ぎ、湯呑みに緑茶を注いで配る。

 座卓の真ん中のカゴには、個包装のイチゴ大福・チーズケーキ・くるみ餅・チョコバウム・バタピーが並ぶ。


 床の間もあり、山水画が描かれた掛け軸の下には、刀が飾られている。

 ミゾレもバッグから出して貰い、用意されていた猫用ベッドに転がった。

 持参したピンクの魚のオモチャで遊びながらも、時折人間たちの様子を伺うように耳を立てる。


「さて、非常にマズイことが起きている訳だが」

 日那女は、チーズケーキを取って開封する。

「私の後輩にして、君たちの先輩だった『第八十八紀の近衛府の四将』が敵として登場するようだ。彼らについては、久住くんにも話したな?」


 日那女は久住さんを眺め、久住さんは「はい…」と相槌を打つ。

「一昨日の子供たちの霊は浄化されたが、その後ろに『第八十八紀の四将』が居る。彼らの魂が『神逅椰かぐや』に利用され、我々の敵に回った。……真っ直ぐで、正義感の強い面々だった……残念だ」


「……はい」

 月城は、顔を伏せる。

 彼は、『第八十八紀の近衛府の四将』を覚えている。

 自らの命と引き換えに、羽月うげつ殿を救い出した勇気を覚えている。

 その彼らと闘わねばならない――。


 日那女は和樹たちの口惜し気な顔を見回し――自分のスマホを座卓に置いた。

 その画面には、こう表示されていた。


『夜重月/やえづき』『沙夜月/さやづき』『火名月/ひなづき』『三神月/みかづき』


「『八十八紀』は、この四人だ。『夜重月やえづき』と『沙夜月さやづき』は剣士の女性。後の二人は術士の男性だ。『火名月ひなづき』は火を操り、『三神月みかづき』は、テレポート能力があった」


 日那女はジェスチャーで、和樹たちに菓子を勧める。

 みんなも好みの菓子を、目の前の四角い陶器の皿に取った。

 和樹はチョコバウムを開封し、上野もバタピーを口に放り込む。

 手と口を動かしていないと、場が持たない。

 胸の痛みを押さえられない――。

 

 月城はくるみ餅をかじり、呑み込み――話を再開した。

夜重月やえづき様と沙夜月さやづき様は、連携技を使うと聞いたことがあります。けれど、その技を見た者は居ないとも」


 聞かされた和樹と一戸は顔を見合わせ、一戸は日那女に訊ねた。

「今の俺の『魔窟まくつ』での武器は薙刀なぎなたですが……太刀相手には不利です」

「……部活のオリエンテーションの薙刀なぎなた対剣道の演武では、剣道が勝ってたな?」

「はい。距離を詰められると、短い竹刀に分があります」


「必要なら、俺が持ち込める刀を彼に貸します」

 月城が言い、一戸は頷いた。

 刀使い二人を相手にするには、神名月かみなづきと共に刀で対抗すべきと判断したのだろう。

 

「早くも対抗策か。さすがだねぇ」

 上野は感心したように言い、顔を上げて笑ってみせた。

 少しだけ、場の重い空気が緩む。

 

 やはり、一昨日の戦闘のことは覚えていないらしい――と、和樹は思う。

 だが、今はその方が良い。

 彼は、昔もムードメーカーだった。

 『如月きさらぎの中将』の、あの狂気の顔が二度と出ないことを願いたいが……

 

 久住さんもイチゴ大福を開封し、懐紙に包んで食べた。

 蓬莱さんもイチゴ大福を食べ、久住さんに「イチゴ、甘いね」と語り掛けた。

 戸惑う久住さんへの思いやりだろう。


 

 方丈日那女も話題を変える。

「さて、もうひとつの面倒な話だ。一昨日に、この私と神無代かみむしろくんのニセモノが現れたのだ。目撃した我が友は、親切・丁寧・厚かましくも写真まで撮ってくれた」


「は?」

 和樹たちも意表を突かれ、菓子を持つ手を止めた。

 久住さん以外には、耳に入っていたことだが、写真の件は初耳である。

 日那女はスマホを操作し、写真を表示した。

 

 ――書棚の前に、和服姿の男女が立っている。

 日那女と似た髪型の女性の後ろ姿と、長髪を束ねた男性が写っている。

 立ち読みしている男性の横顔は……和樹によく似ている。


「我が友は、書店に入って直ぐに二人に気付いたそうだ。和服で外出するカップルは珍しいし、男の長髪は稀だ。そそそっと近寄って横から覗くと、何と! 旧知の友と後輩の神無代かみむしろくんではないか! しかも神無代かみむしろくんは、長髪のヅラ姿だ! 気付かれぬように後退し、スマホで撮影したのだ!」


「はあ……」

 和樹は、日那女の大芝居ぶりに半ば感心しつつも、画面を見る。

 確かに、長髪ウィッグ姿の自分に見える。


「……ゴホン」

 日那女は咳払いし、何となく嬉しそうに一同を見回した。

「正義のヒーローの信用を落とすべく、ニセヒーローに悪事を働かせるのは、特撮の定番ストーリーだ。やってくれたぜ、カグヤくん!」


「冗談言ってる場合じゃないですよ……こんなことが噂になったら……」

 和樹は、日那女の悪ノリをたしなめる。

 特撮絡みになると、途端にハイになるのが悪いクセだ。

 

 だが日那女は――そんな杞憂を無視して、前のめりになって和樹に顔を寄せる。

「この私と、長髪ヅラの君がデートしてたと云う噂はマズイか?」

「そうじゃなくて……こいつらの目的は何なんですか? 僕が万引きでもする所を、誰かに目撃させるとか?」


「あの……彼、どうして長髪なんですか……」

 久住さんは、おずおずと聞いた。

 日那女は、サッと体を引いて説明する。

「うむ。あっちの世界の身分ある男子は、長髪が標準仕様なのだ。昔の日本男子も、まげを結うために髪を伸ばしてただろう?」


「変装するなら、ハンチングに髪を突っ込むとか、すりゃイイのに。和服は調達できても、ハンチングは無理だったか」

 上野は、帽子を被る仕草をする。


「羽織も短いですよね」

 蓬莱さんは指摘した。

 日那女のニセモノの羽織の裾からは、腰に巻いた帯が半分出ている。

 今どき和服は自由にアレンジして着る風潮があるので、アリと言えばアリかも知れないが……


「あー、それでだ」

 日那女は、二つ目のチーズケーキを取る。

「ニセ神無代かみむしろくんの手元に注目してくれ。奴の読んでる本だ。私は昨日の放課後に、実際に書店に行ってみた」

 写真の一部――和樹のニセモノの手元をズームする。

 開いた雑誌を手にしているのが分かる。


「こやつらの立ってる場所と、開いたページを調べた。右下に桜の花びらのイラストが見えるだろう? 五分で、こやつらの読んでる本を特定した!」


 日那女は座卓の下から、本を三冊取り出した。

 それは、テレビコマーシャルでお馴染みの、結婚情報誌だった。

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