第8章 黄金週間にジンギスカン。しかし…

第32話

 そして日曜日。

 黄金週間に突入して二日目。


 ガーデンパーティーに相応しく、今日も朝から抜けるような晴天である。

 北海道には、梅雨は無い。

 これから、緑が美しい季節が到来する。

 

 和樹たちは、意気揚々と方丈日那女の自宅に向かった。

 高校前のバス停まで乗車し、そこから別路線のバスに乗り換える。

 8つ先の停留所で降り、そこから徒歩10分で到着するらしい。


 和樹たちがバスに乗車すると、始発の駅前から乗車していた月城が、運転席の後ろに立っていた。

 驚いたことに、彼は着物姿だった。

 本人曰く、「制服と、この着物しか持っていない」とのこと。

 光沢のあるグレーの着物に紺色の羽織姿だが、いかなる経緯で入手したのだろう?

 彼が『水葉月みずはづき』本人なら、現代の洋服よりは着心地が良いのだうか。



 そんなことを考えていると、上野・一戸・宇野笙慶さんも乗車してきた。

 狭い車内だから、軽い会釈を交わすに留まる。

 僧侶なので、笙慶さんも着物姿だった。

 百衣に、外出用の黒い道服を着て、黒いハットを被っている。

 まだアームホルダーで腕を吊っており、完治には時間が掛かりそうだ。


 服装と言えば――

 和樹・上野・一戸は厚手のシャツやらデニムやら、無難なお出かけコーデだ。


 久住さんはデニムジャケットに明るいカーキ色のカーゴパンツ。

 グレーのソフトキャリーバッグにミゾレを入れている。

 和樹は進んでキャリーバッグを預かり、肩に掛けた。

 ミゾレも事態を理解しているらしく、車内でも鳴き声を立てなかったのは助かる。

 

 蓬莱さんは、白いブラウスにピンクベージュのカーディガン、フレアースカートと云うお嬢さまっぽいコーデで、茶色のシュシュで髪を纏めている。

 お祖母さんの村崎七枝さんは、あの翌日には体調が元に戻ったそうだ。

 無事に済んで良かった、と和樹たちは胸を撫で下ろしたが、今後も油断は禁物だ。

 『悪霊』たちは、どんな卑劣な手段を講じてくるか分からない。


 


 

 彼らは高校前で下車し、別路線のバスに乗り換え、8つ目の停留所で降りる。

 そこは閑静な住宅地だった。

 ベージュ色の外観の高層マンションと、2階建ての総合スーパー以外は、目立った建物は無い。

 停留所後ろの、柴犬イラストの巨大看板が、ひときわ自己主張している程度だ。



「で、どっちだ?」

 上野は、十字路をグルリと見回す。

 住人たちの姿は殆ど無く、後ろの生花店のシャッターも閉まっている。

「この道を直進して、コンビニの前を右に曲がって5分ぐらいの所。2階建ての日本家屋だ」

 月城は説明し、一戸を先頭にして、一行は進む。

 彼が方丈家の場所を知っている理由は聞いていないが、それは後回しだ。

 ジンギスカンを味わいながら、ゆっくり話し合おう。

 時間はある。



「ちょっと郊外に出れば、田舎って感じですね」

「この辺は、昔と変わりませんね。向こうのスーパーは、秋に建て替えるとか」

 笙慶さんは、目を細めてスーパーを眺める。

「高校を中退してフラフラしてて、父に叱責されて……友人たちの家を、転々としてました。スーパーの向かいにも友人が住んでて、よく買い物に行きましたよ」


「そうなんですか……どうして、僧侶になられたんですか?」

 誠実さを背負ったような笙慶さんの意外な過去に、和樹は関心を示す。

 出会ったのは、自分が小学校6年生だったと思う。

 いつもお参りに来る住職がギックリ腰で寝込み、その代理で訪れたのだ。


「姉の旦那様の勧めで、旦那様のご実家のお寺に身を寄せ、勉強を再開しました。20歳で高卒認定を取得して、仏教系の大学に入り、御山での修行を経て、現在に至る訳です。でも、まだまだ煩悩には勝てず……半人前ですよ」


 笙慶さんは、すまなさそうに目配せした。

 『悪霊』に取り憑かれたことを気に病んでいるのだろう。

 しかし、謝罪すべきは自分たちの方だ。

 闘いに巻き込んでしまい、車を大破させて大怪我をさせてしまった。

 それに父の魂も無事なのだから、負い目を感じる必要は無い。


 そう気遣いつつも、蓬莱さんをチラ見する。

 彼女は、『蓬莱の尼姫』の『影』だと云う。

 だが、月城の正体に関しては、何も知らなかったようだ。

 『尼姫』の力の片鱗を託されてはいるが、自分たち『四将』についても記憶に無いとのこと。


 彼女は、自分をどう見ているのだろう――

 和樹は、疑問に思う。

 『神名月かみなづき』と『尼姫』は愛し合っていたらしい。

 『神名月かみなづき』は彼女を見つめ、最期の瞬間を迎えた。

 妖月あやづきに示唆され――その光景を、はっきり見た。

 

 彼が、『尼姫』を深く愛していたことは伝わった。

 身分違いの恋と知りつつも、結ばれない恋と知りつつも、互いを大切に想っていたことも。

 

 けれど、それは『神名月かみなづき』の想いであり、自分ではない。

 考えるに、少し腑に落ちない。

 一戸・上野・月城……『彼ら』との、時を経ての再会は嬉しい。

 『近衛府の四将』時代の記憶が無い時でさえ、深い友情を感じた。

 なのに、蓬莱さんに『深い愛しさ』を感じないのは奇妙だ。

 いや、全く感じていない訳ではないが、『友情』の粋を大きく超えていない。


(前世の恋人同士が、今生でもくっつくとは限らないし……アニメやマンガじゃないんだからさ)


 和樹は、自分を納得させるべく言い聞かせる。

 父に『彼女は運命の恋人だ』と言われたことは気に掛かるが……

(僕は、まだ15歳じゃないか。『燃える恋』なんて早いよ……)


 そう考えたが――すると、『神名月かみなづき』の享年が気になった。

 彼の顔を確認した訳ではないが、『雨月うげつ』や『如月きさらぎ』は、今の一戸や上野よりも大人びて見えた。

 それは、豪華な平安時代風の衣装のせいだけでは無いだろう。

(『神名月かみなづき』は、今の僕よりも年上だったのかな……)

 流れる細い薄雲を見上げ、遠い過去世の自分の最期を思う。

 愛する女性に、自分の無残な亡骸を晒さなければならない――

 

 『尼姫』の心中を想像すると涙腺が緩み、おのずと足が遅くなる。




「ちょーい、君たち~」

 呼ばれて我に返り、振り向くと――笙慶さんを除く全員が、目を丸くした。

 速足で近付くのは、パソコン部の部長の吉崎文生ふみさんと、クラスメイトの中里あきらだ。

 二人とも、両手にマイバッグを持っている。


「……こんにちは。先輩」

 和樹は目を軽く拭い、頭を下げた。

 しかし、意外な遭遇に困惑する。

 二人は買い物帰りらしいが、なぜ此処に居るのか?

 見ると、マイバッグからペットボトルや野菜、アルミ製の鍋などがはみ出ている。


「君たちも、日那女に呼ばれた?」

 吉崎先輩は、右手に持っていたマイバッグを上野に押し付けた。

 仕方なく受け取った上野は、愛想笑いをして訊ねた。

「……あ~、ひょっとしまして、先輩もジンパに?」

「正解。他にも、君たちの同僚の所員が集まってる。私たちが、追加の食材を買いに走ったのだけど……ひぃ、ふぅ、みぃ……君たちを入れると、24……26名かな?」

「……へ?」


 和樹は、マイバッグから出ている物を見やる。

 アルミ製ジンギスカン鍋、トング、菜箸、コーラ、オレンジジュース、ラムネ等が入っている。


「大勢、集まってるようですが……?」

 一戸は、中里のマイバッグをひとつ持ってやる。

 自分たちだけが呼ばれ、『魔窟まくつ』の重大な話や種明かしが聞けると思っていた。

 けれど、そんな多勢では、まともに話が出来るとは思えない。

 しかし事情を知らない吉崎先輩は、家に全員が入りきれるかを心配したと思ったようだ。

 

「大丈夫。日那女の家は広いし。庭なら、全員がウロついても大丈夫だよ。トイレも2ヶ所あるし。それより、そちらのお坊様は……」

「僕の叔父です。方丈先輩の好意で招待していただきました。寺の修行の話に興味があるとか」


 咄嗟に作り話をした一戸と笙慶さんが会釈すると、吉崎先輩も会釈を返した。

「そうでしたか。私は、桜南高校三年生の吉崎と申します。お見苦しい所を、お見せ致しました」

 吉崎先輩は、礼儀正しく自己紹介する。

「茶道部顧問の先生と、家庭科の先生もいらっしゃってます。賑やかなパーティーになりそうですね。ぜひ、修行の話などお聞かせ下さい。京都の山寺の修行僧の番組を観て、私も興味を持っていました」


 吉崎先輩の返答を聞いた和樹は、頭を抱えたくなった。

 舟曳ふなびき先生が居ても決して不思議では無いが、なぜ信夫しのぶ先生まで居るのだろう?

 茶道部初日、教室に現れた舟曳ふなびき先生を見る信夫しのぶ先生の視線を思い出してしまう。


「はははははは……予想外に盛大なパーティーになりそうでしゅね~」

 上野のカラ笑いが虚しく響く。

 月城は、吉崎先輩のもうひとつのマイバッグを受け取り、嘆息した。

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