第26話

「アトルシオ、背筋を伸ばして」

「アトルシオ、背筋を伸ばして」

「……う、うん……」


 最後尾を歩く『月城に似た彼』が小声で指示し、彼の前を歩く上野が取り次ぎ、和樹はピッと背を伸ばした。

 一戸は『セオ』、上野は『アラーシュ』と呼ばれていたから、『アトルシオ』が自分であることは容易に想像が付く。

 

 いわゆる『平安王朝絵巻』のような場所に転移させられ、祭だか儀式だかに参加させられ、訳も分からずレッドカーペットを歩いている。

 しかも、事情を知る『月城に似た彼』が最後尾と云うポジションの悪さだ。

 彼が先頭を歩いてくれれば、まださまになるのだが……

 それでも一戸は、背を伸ばして真っ直ぐ前を見て、ゆっくり進む。

 体育館ステージで答辞を読んだ経験がモノを言うのか、堂々とした歩きっぷりだ。

 両手の肘から上を曲げ、幅広の袖が形良く見える姿勢を保っている。


(そうか。ひな人形って、肘を直角に曲げてたな)

 CMで見たひな人形を思い出し、一戸の真似をする。

 一戸も、同じことを思い出したのかも知れない。

 いつだか、彼が「妹と一緒にひな人形を飾った」と言っていたのだから。


 歩き方のコツが掴めると、少しは余裕が出て来る。

 和樹は落ち着いて、周囲をチラチラと見る。

 夜明け前で、空はまだ薄暗い。

 レッドカーペットの両横には、一定間隔に設置された篝火が燃え盛っている。


 周囲に座っている少年少女たちは、憧憬の眼差しでこちらを見ている。

 涙ぐんでいる子も居り、これは重要な儀式であることが伺えた。


 やがて一戸は舞台手前の階段に達し、昇り始めた。

「舞台に落とし穴とか仕掛けてるんじゃねーか? 昇ったら、どーすんだ?」

 上野が囁いたが、『月城に似た彼』は小声でいさめた。

「おかしなこと言ってないで。昇ったら、中央に二人ずつ並んで立つ。セオは右で、アトルシオは左。アトルシオの後ろがアラーシュだ」

「……ありがと」


 和樹は答え、一戸の左側に立つ。

 上野も何とか昇りきり、四人全員が舞台に上がった。

 音楽はピタリと止み、少し腰の曲がった老人が告げた。

「これより、そなたら四人に『月守つくもりの名』を与える」


「『北門の将』を『雨月うげつ』、『東門の将』を『神名月かみなづき』、『西門の将』を『如月きさらぎ』、『南門の将』を『水葉月みずはづき』とし、『北門』を『大将』と為す」


 それを聞いた三人は、飛び上がらんばかりに驚いた。

 『何となく、そう思った』自分たちの『魔窟まくつ』での呼び名の由来を、こんなところで知ろうとは。

 

 奇妙な感慨に耽っていると、後ろから四人の男女が現れた。

 女性二人は太刀を、男性二人は護符らしい物を持っている。

 四人は舞台に上がり、和樹たちを囲むように立った。

 和樹と一戸には数珠と太刀を、上野と『月城似の彼』には数珠と護符を渡した。


「おめでとう。月帝つきみかどさまと、国と民の安寧を君たちに託す」

 上野に数珠と御札を渡した青年は、力強く微笑んだ。

「は、はい! 火名月ひなづき様、頑張ります!」

 上野は背を伸ばして、無意識に答えた。

 なぜ、彼の『呼び名』を知っているのかは分からないままに。


 そして火名月ひなづきたちは退場し、空が明るい紫色へに変化した。

 日輪の光が、地平の果てから差し込む。

 『月城似の彼』は、右手に数珠を嵌め、護符を持つ。

 同じことをするように、と言いたげに三人を見つめ、三人はそれに従った。


雨月うげつちぎりの言葉を」

 『月城似の彼』は進言し、さすがの一戸も戸惑う。

 いきなり言われても、何を言えば良いのか分からない。

 和樹と上野も『これはヤバイ』、と固唾を呑む。


 『月城似の彼』は、更に囁く。

雨月うげつは太刀を捧げ持って。そして正殿の方を向いて、ちぎりの言葉を言って」


「……分かった!」

 一戸は覚悟を決めたのか、『月城似の彼』に従って、腕を伸ばして太刀を捧げる。

 二つ深呼吸し、前を見て堂々と言い放った。


「『大いなる慈悲深き御方』と月帝つきみかどさまに、この言葉を捧げ給う。我ら四将、片時も『義』の心を忘れず、月帝つきみかどさまと故国と民にお仕えすることを誓い給う。ゆえに我ら四将の『絆』は、時の果つるまで続くであろう。この言葉を以って、我ら四将の『不滅の契り』と為す!」



 言葉が終わると同時に、和樹と一戸は太刀を鞘から引き抜いた。

『月城似の彼』は目を伏せ、すると護符から金色の小さな炎が上がった。

 それを真似た上野の護符からも、炎が上がる。


 日輪が姿を現し、空が金色を帯びた紫色に染まった。

 歓声が立ち昇り、和樹たちは暁の空に感動を覚え、目を細めて見つめ続けた。




 儀も終わり、退場した和樹たちは殿舎に招かれ、饗宴きょうえんに預かる。

 高位の役人たちは、長テーブルに並んで食べるようだが、四人は屏風で仕切られた狭い場所に案内された。

 椅子に座ると、細長いテーブルに御膳が並べられる。

 山盛りの白飯、焼き鮎、焼きアワビ、干した肉、里芋と茄子の煮物、揚げ菓子、

 干し柿、栗、チーズっぽい物、塩や味噌っぽい調味料の入った小皿、澄んだ酒。

 庶民の口に入る機会が少ない料理ばかりだ。


「うーん……味が薄い。でも、アワビはうめえ」

 上野はアワビを頬張り、上機嫌だ。

「それに付けても、男四人の華の無さよ~♪ 先代の四将は、二人が麗しき姫ときてるのによ」


「どうなることかと思った…」

 『月城似の彼』は呆れたように上野を一瞥いちべつし、チーズっぽい物を口に入れた。

雨月うげつも顔を引き攣らせてたし……」

「すまない。やっぱり緊張した」

「無事に終わって良かった。でも……神鞍月かぐらづき様の具合はどうだ? 高僧が御邸に呼ばれていると聞いたが」

「へ?」


 振られた上野は、里芋を掴んだまま箸を止める。

 『かぐらづき』なる初出の人物について問われたのだ。

 すると、古文が得意な和樹が助け船を出した。


「ご祈祷と薬のおかげで、快方に向かってるらしいよ」

「そうか。では春の除目じもくで、いよいよ『宰相』に任ぜられるのか。お父上が、お喜びだろう」

「……あ~、水葉月みずはづきくん。あのぉ~、『かぐらづき』って誰?」


「……え?」

 『月城似の彼』は上野の問いに戸惑い、和樹と一戸を見る。

「……気にするな。如月きさらぎは嬉しさの余り、うわついているんだ」

 一戸は、そう言ってカマをかける。

水葉月みずはづき……妖月あやづき様に最後に会ったのは、いつだった覚えているか?」

「冬に『武徳殿ぶとくでん』に来られた時に、お見掛けしたよな…?」


 ……『月城似の彼』は、首をすくめた。

 彼の間の悪そうな表情から、禁句を口走ったと察する。


「……鮎も美味しいね」

 和樹は鮎に塩を振り、口に運ぶ。

(それより、フランチェスカや蓬莱さんは無事なんだろうか……)

 引き離された二人と一匹と一頭の心配をする。

 それに、この状況はいつになったら終わるのか。

 どうすれば、終わらせられるのか。

 不安は募る。

 


 日輪が空の頂上に昇った頃、フランチェスカと蓬莱さんは都大路の桟敷さじき席に座っていた。

 フランチェスカはチロを抱いているが、白炎びゃくえん舎人とねりに連れて行かれた。

 四将のお披露目の行列に使うのだと言う。


「お姫さま、のんびり座っていて良いんですか?」

 フランチェスカは訊ねつつ、椿の葉で包んだ餅を頬張る。

 桟敷さじき席は、上流貴族用の特別観覧席だ。

 木で骨組みを作り、床板をはめ、畳を敷いて御簾みすを垂らす。

 プレハブのロッジのようなものだ。

 儀式の後になぜか此処に案内され、汁粉や揚げ菓子や椿餅にお茶、チロ用の干し肉などが提供されたのだ。

 

 フランチェスカは喜んで食べたが、蓬莱さんは薄味の汁粉を少しだけすすった。

 そして考える。

 自分は、確かにこの祭を見た記憶がある。

 それも、あの四角い舞台を真正面に見る位置で、儀式を見た記憶がある。

 それなのに、はっきり思い出せないのが情けない。



「……やはり、亜夜月あやづき様は、尚侍ないしの女官として、後宮に入られるようですよ」

 二人の世話役を務める女房の声が、几帳きちょうの背後から聞こえた。

月帝つきみかどさまは、叙任の儀の時から、お気に召されていたとか」

「それで、神鞍月かぐらづき様が寝込んだと……お気の毒」



「あやづき……亜夜月あやづき……」

 蓬莱さんは呟いた。

 遠い日に、母の隣で聞いた言葉がよみがえる。

 


「『北門の将』を『羽月うづき』、『東門の将』を『神鞍月かぐらづき』、『西門の将』を『亜夜月あやづき』、『南門の将』を『水影月みかげづき』とし、『東門』を『大将』と為す」



「何てこと……!」

 彼女は身を乗り出し、お茶を飲むフランチェスカに告げた。

「聞いて! 私たちは、すでに敵の術に掛かってる!」


「その通りですよ……蓬莱の奥方さま!」


 目の前の御簾みすが、横一文字に切り裂かれた。

 チロが激しく吠え、フランチェスカは身構える。

 御簾の向こうの大路には、墨染の衣に身を包んだ白拍子しらびょうしが立っている。

 赤い紅をひいた唇には、艶然たる笑みが浮かんでいる。


「浮気はいけませんね。あなたさまは、宰相の神逅椰かぐやさまの御正室。神名月かみなづきなどに、うつつを抜かすとは、御乱心あそばされましたか」

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