第10話
閃光が宙を裂き、血の臭いが舞い、風に溶け、消える。
だが左頬に染み付く血痕の温かさに、
空の
初めて、この国に降り立った時は、こんなに美しい
故郷の空の昼は白銀、夜は紺碧だ。
この
主君のため、民のため、
二つの国の戦を止めようとしたまでのこと。
おそらくは、自分たちが最後の
「よぉーし、王と
細い長い絹紐を持った二人の衛士も、ガタガタと震えるばかりで、その手足は物の役には立ちそうに無い。
ますます苛立ちを募らせた
「貴様らぁ! さっさと紐を木に引っ掛けろ! 貴様らの手足を斬り落とすぞ!」
「ミャア……」
物陰から、か細い鳴き声がした。
「
一同が目を向けると、姫君の背後に立つ衛士の足元に白い仔猫が居た。
仔猫はトコトコと主人に近寄り、墨染の
主人を慕い、這い出て来たのだろう。
「この
嫌な音が空気を揺らし、衛士たちは息を呑む。
御神木にて殺生を行うとは、あってはならぬ
「くそっ! 湿っぽい奴らだ!」
「仲間を増やしてやったぞぉ! 道連れは多い方が楽しいよな~?」
もはや、憂さ晴らしの虐殺場と化している。
「……そなた、弟を斬る時に『せめてもの情け』と申したな……」
一同は、耳を取り澄ます。
「そなたにも、まだ
「そなたの座る玉座は、砂山の頂上にある。周囲は果て無き砂漠で、草の一本も生えず、虫さえも居らぬ。王尺を掲げても、鳥さえも応えぬ。砂山は、いつか崩れよう。その前に重い衣を脱ぎ捨て、玉座を降りるが良い……」
「はぁあ? やっぱり命が惜しいか~? 額を土に擦り付けて、己の罪を認めたら、お前ら家族の命は助けてやっても良いぞぉ?」
「……王の命は、民と国を護る最後の砦なり!」
直後に、ふたりは前のめりに倒れ込む。
「おい、何だ!?」
「こいつら、自害しやがったっ! くそっ! 毒針かよお!」
「衛士!
「我が数珠に、仕込んだ物は無し。だが、欲しければ持て行け!」
姫君は数珠を手前に置き、瞼を閉じる。
よぎるのは、御父上と御母上と過ごした日々だ。
御親の後を追えるならば、すぐにでも追いたい。
だが自分までも自害したら、残された民の虐殺が始まるのは明らかだ。
狂気に毒された宰相を押し止められるのは、自分だけ……
悲嘆に暮れつつ、向かい合う
やがて、頭を上げた雨月殿は言った。
「王と
すると衛士たちは促されるように進み出、背後の正殿から畳を持ち出して来た。
探し出した
それは驚くほど手際が良く、
亡骸が運び出された後に、ようやく
「てめえら、何やってんだあ!? 何で、こいつの命令に従ってやがる!?」
狂気の眼差しで
「衛士たちは、我が言葉に従ったのでは無い! 己の良心に従ったのだ!」
「じゃあ、俺も良心とやらに従って、てめえの首を落としてくれるわ!」
鈍い閃きの後、
血痕が、
「ははは……やったぞ。生意気な
笑いながら血の滴る刀を持ち、辺りを歩き回る。
無表情で座る
「あれぇ? まだ一人残ってやがる。
そして、布屏風の向こうで震えている
「おーい。そんなとこに隠れてんじゃねーよぉ。まだ生きてやがるのが居るぞ~。
でもな~、この刃じゃあ、一刀で首を落とせねえよぉ。二人やっちまったから、血で
叫びながら、布屏風の背後に座り込んでいる
「お前、刀を持ってるじゃないか。それで、お前が奴の首を落とせえええ!」
それを聞いた
衛士たちも
真正面に座る
「やっちまえよ、
が、足腰が立たず、地を這いながら
術士である彼は、滅多に太刀を抜かない。
鍛錬以外の場で、人に向けるのは初めてだ。
向けた相手は、
「姫君……この
微かに濡れた声で語りながら、
「短い時間ながら、この国の美しいものに触れられたことは……至高の喜びでした。私は、掛け替えなき友と共に、この世界を離れます。なれど……いつか、必ず姫君の
ここで彼は付け加える。
「そうだ……
「はい…」
玉花の姫君はうなずき……ひと時の夢を分け合った剣士を眺める。
彼の眼差しから、彼が最後に求めるものを知る。
今、与えられる全てを捧げる。
剣士の姿を瞳に焼き付け、少年らしさが残る声を耳に閉じ込める。
さやぐ風が、断たれた短い髪を掻き上げる。
微かな花の香りが、頬を撫でる。
彼は少し振り向き……蒼白な顔で太刀を構える友に告げた。
「……そんな顔をするなよ……こっちまで哀しくなるじゃないか……」
彼は微笑み、
一陣の風が、背後から吹き抜けた。
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