第4話
部活紹介オリエンテーション後、一年生は下校となった。
明日からは、通常の授業が始まる。
和樹たち五人は、高校の近くのスーパーの中のバーガーショップに入った。
和樹は、
「どーゆーこっちゃい?」
上野はチーズバーガーを頬張りつつ、首を
一戸もカフェラテをすすり、考え込む。
「
一戸は、スマホをテーブルに置いた。
ディスプレイには、顔写真が映っている。
「市議会議員の名簿サイトだ。見たところ、うちの市議会議員に『
「それって……どういうこと?」
久住さんは眉を寄せ、一戸はチラリと蓬莱さんを見る。
「分からん。何らかの力が働いていて、学校関係者に催眠術のようなものを掛けているのかも知れない。広瀬は『
「うん。事前登校日に、そう聞いた」
「広瀬の記憶も植え付けられたものだろう。
「じゃ、どうするよ?」と、上野はお手上げポーズをする。
「それにさ、方丈先輩も名字からして怪しいよな?」
「……
「方丈先輩を睨みながら、そう言った」
和樹は一戸を見て頷き、フライドポテトを摘まみ……しかし、目を
蓬莱さんが注文したココアのカップを掴む、別の手が在る。
手はテーブルの下の、蓬莱さんと久住さんの間から伸びており、和樹は慌てて下を覗き込んだが、何も視えない。
けれどテーブルの上から見直すと、やはりカップを掴む手が在る。
「出た……蓬莱さんのカップを男の手が掴んでる」
「分かった」
一戸は頷いた。
「今夜も集合だ。蓬莱さんの都合の良い時間に合わせよう」
「じゃあ……午後の9時半で良いでしょうか?」
「オッケーです!」
上野は、残りのアイスをペロリと平らげる。
和樹も残りのコーラを飲み干し、立ち上がる。
しかし、蓬莱さんはココアのカップを見つめ、席を立とうとしない。
「……帰ろう、蓬莱さん」
久住さんが促し、蓬莱さんはようやく立ち上がる。
蓬莱さんがテーブルを離れるのを見た和樹だが、カップを握っている手が蓬莱さんのスクールバッグに移動したのを確認した。
蓬莱さんに取り憑く『悪霊』は、蓬莱さんには直接の危害を与えない。
まるで『
彼らは同じ目的で動いているのか……和樹は考えつつ、アプリで決済を済ます。
そうして夜の入浴時、和樹は浴槽でスタンバイをする。
母の沙々子も、昨夜と同じく脱衣所に座る。
沙々子は和樹のスマホを持ち、その着信音が鳴った。
蓬莱さんからの合図である。
その直後、浴槽の湯に『三途の川』の水が混じり出す。
仄かな刺激が肌にまとわりつくが、心地は悪くない。
額に光を集めるイメージを描き、放たれた振動が神経を揺らす。
『
いつものように、『
「あれ? ジジイが居ないぞ」
上野は山門の周囲を探す。
山門の傍で待機している
「チロ、ジジイのニオイはしないか?」
しかしチロは尻尾を下げ、しょげたようにクンクン鳴くばかりだ。
「ほっちゃれ先輩が現れた途端、消えやがった。どうする、
「……山門は開いてるから行こう。
和樹は、不本意ながら決断する。
老人の正体が何であれ、ここで立ち止まることなど出来ない。
巨大な月を見上げつつ、開け放たれた山門を潜る。
五人と一頭と一匹が潜り終わると、門は閉じて消えた。
「おい、今度は岩山かよ?」
上野は周囲を見渡した。
山の中腹と思しき斜面には、剥き出しの土と突き出た岩が転がっている。
山頂は遠く、その向こうにも灰色の高い山影が見える。
少し上の斜面には、短い草が群生している。
しかし空は灰色の雲に覆われ、今にも雨が降りそうだ。
人が踏みしめた細い道が山頂方向に続いているが、蛇行もアップダウンも激しい。
道沿いの地面には、『←』マークが書かれた木板が、何本も刺さっている。
「矢印に沿って進め、ってことかいな?」
上野は板を蹴ってみるが、ただの木の板だ。何の反応も無い。
一戸は遠くの山頂を見つめ、愛馬の首を撫でる。
「
「ええ!?」
フランチェスカはプンプンと頬を膨らませたが、和樹も同意する。
「君は、ここで月窮の君を守ってくれ。彼女が、山道を進むのは無理だ。足場の悪い場所で戦闘になったら、僕たちでも月窮の君を守り切れるか分からないからね」
「でも、私には『癒しの力』があります」
蓬莱さんは首を振ったが、一戸は毅然と言った。
「率直に申し上げますが、足手まといです。心配には及びません。それに、
「だよねー。チロも頼むわ」
上野は、フランチェスカの腕にチロを預けた。
「敵をやっつければ、この山も消えるだろうし。待ってろや」
「……バカ」
フランチェスカはチロを抱き締め、蓬莱さんは被っている
三人はフランチェスカたちに軽く手を振り、山道を登り始めた。
進み始めると、どこからか霧が漂い始め、背後の蓬莱さんたちは見えなくなった。
「あちゃ~。後ろが何も見えねー。月窮の君たちは無事だよな?」
「……敵は、月窮の君を傷付けないと思う」
和樹は、荒地を見回しつつ言う。
「奴らの目的は……僕のような気がする」
「おいおい、オレたちがオマケみたいなこと言うなよ」
「……そうだね」
和樹は苦笑いした。
だが、敵の目的が自分だけである方が良い。
それならば、万一の時は自分が倒されれば済む。
上野や一戸が傷付く前に、自分の後始末をすれば済む……。
けれど、彼らは付いて来てくれる。
何度も、何度も……
お人好しの大馬鹿だ……
「
一戸が背を支えた。
「こめん、ちょっとボンヤリした」
「ま、山登りには不向きな衣装だからな。登山靴とか
「変なとこがリアルだね~。つーか、ここって重力を感じるんだけど」
上野は自分のブーツの底に挟まった小石を取り除く。
一戸も小石を拾い、地面に落として訊いた。
「
「……できる気がしない。本当に重力があるみたいだ」
「それってヤバくね?」
上野が言う。
「能力を封じられたら、オレなんてフツーの人だぞ。武器も無い。クマよけスプレーぐらい売ってないかねー。何か、喉まで乾いてきた」
「下に行けば、沢があるかもな。どこからか、水音がする……」
和樹は、ここで気が付いた。
前方にそびえる山の形を見たことがある……
そして、登山道の傍らの草むらに咲く紫の花……
「この花……父さんが撮った写真の花と似てる……」
和樹は呟き、屈んで花を眺めた。
間違いなく、写真と同じ花だ。
父のリュックの中に入っていたカメラは無事で、高山植物が写っていた。
「ここって……父さんが遭難した山だ!」
和樹は叫び、聴き耳を立てる。
確かに、水音がする。
父の遺体は、川の傍で見つかったのだ。
「父さん……!」
和樹は、思わず叫ぶ。
その瞬間に、彼の身に異変が起きた。
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