第4話

 部活紹介オリエンテーション後、一年生は下校となった。

 明日からは、通常の授業が始まる。

 和樹たち五人は、高校の近くのスーパーの中のバーガーショップに入った。

 和樹は、月城つきしろの様子と謎めいた言葉を、ありのまま伝える。


「どーゆーこっちゃい?」

 上野はチーズバーガーを頬張りつつ、首をひねる。

 一戸もカフェラテをすすり、考え込む。

月城つきしろを信用して良いかいなか、だ。間違いなく、彼は俺たちの闘いについて知っている。それに、先ほど検索したんだが……」

 

 一戸は、スマホをテーブルに置いた。

 ディスプレイには、顔写真が映っている。

「市議会議員の名簿サイトだ。見たところ、うちの市議会議員に『月城つきしろ』と言う名字の議員は居ない。過去10年も調べたけれど、やはり居ない」

「それって……どういうこと?」

 久住さんは眉を寄せ、一戸はチラリと蓬莱さんを見る。

「分からん。何らかの力が働いていて、学校関係者に催眠術のようなものを掛けているのかも知れない。広瀬は『月城つきしろと同じクラスだった』と言ったんだっけ?」

「うん。事前登校日に、そう聞いた」

「広瀬の記憶も植え付けられたものだろう。月城つきしろも、蓬莱さんのような『存在』の可能性がある」


「じゃ、どうするよ?」と、上野はお手上げポーズをする。

「それにさ、方丈先輩も名字からして怪しいよな?」

「……月城つきしろが『あの女に気を付けろ』と言ったのは間違いないな?」

「方丈先輩を睨みながら、そう言った」

 

 和樹は一戸を見て頷き、フライドポテトを摘まみ……しかし、目をみはる。

 蓬莱さんが注文したココアのカップを掴む、別の手が在る。

 手はテーブルの下の、蓬莱さんと久住さんの間から伸びており、和樹は慌てて下を覗き込んだが、何も視えない。

 けれどテーブルの上から見直すと、やはりカップを掴む手が在る。


「出た……蓬莱さんのカップを男の手が掴んでる」

「分かった」

 一戸は頷いた。

「今夜も集合だ。蓬莱さんの都合の良い時間に合わせよう」

「じゃあ……午後の9時半で良いでしょうか?」

「オッケーです!」

 上野は、残りのアイスをペロリと平らげる。

 和樹も残りのコーラを飲み干し、立ち上がる。

 しかし、蓬莱さんはココアのカップを見つめ、席を立とうとしない。


「……帰ろう、蓬莱さん」

 久住さんが促し、蓬莱さんはようやく立ち上がる。

 蓬莱さんがテーブルを離れるのを見た和樹だが、カップを握っている手が蓬莱さんのスクールバッグに移動したのを確認した。


 蓬莱さんに取り憑く『悪霊』は、蓬莱さんには直接の危害を与えない。

 まるで『魔窟まくつ』に来いと言わんばかりに姿を現す。

 笙慶しょうけいさんの独鈷杵とっこしょに憑いた邪悪な『悪霊』もいれば、鹿の親子の姿をした無害な『悪霊』もいた。

 彼らは同じ目的で動いているのか……和樹は考えつつ、アプリで決済を済ます。




 


 そうして夜の入浴時、和樹は浴槽でスタンバイをする。

 母の沙々子も、昨夜と同じく脱衣所に座る。

 沙々子は和樹のスマホを持ち、その着信音が鳴った。

 蓬莱さんからの合図である。


 その直後、浴槽の湯に『三途の川』の水が混じり出す。

 仄かな刺激が肌にまとわりつくが、心地は悪くない。

 額に光を集めるイメージを描き、放たれた振動が神経を揺らす。

 『神名月かみなづきの中将』の姿に変化した和樹は、水底を目指して潜行する。

 いつものように、『魔窟まくつ』で五人は再会したのだが……




「あれ? ジジイが居ないぞ」

 上野は山門の周囲を探す。

 山門の傍で待機している方丈ほうじょう老人が、今回は居ない。

「チロ、ジジイのニオイはしないか?」

 しかしチロは尻尾を下げ、しょげたようにクンクン鳴くばかりだ。


「ほっちゃれ先輩が現れた途端、消えやがった。どうする、神名月かみなづき?」

「……山門は開いてるから行こう。方丈ほうじょうさまが居なくても闘えるだろうし……」


 和樹は、不本意ながら決断する。

 老人の正体が何であれ、ここで立ち止まることなど出来ない。

 巨大な月を見上げつつ、開け放たれた山門を潜る。

 五人と一頭と一匹が潜り終わると、門は閉じて消えた。


「おい、今度は岩山かよ?」

 上野は周囲を見渡した。

 山の中腹と思しき斜面には、剥き出しの土と突き出た岩が転がっている。

 山頂は遠く、その向こうにも灰色の高い山影が見える。

 少し上の斜面には、短い草が群生している。

 しかし空は灰色の雲に覆われ、今にも雨が降りそうだ。

 人が踏みしめた細い道が山頂方向に続いているが、蛇行もアップダウンも激しい。

 道沿いの地面には、『←』マークが書かれた木板が、何本も刺さっている。


「矢印に沿って進め、ってことかいな?」

 上野は板を蹴ってみるが、ただの木の板だ。何の反応も無い。

 一戸は遠くの山頂を見つめ、愛馬の首を撫でる。

白炎びゃくえんが進むのは無理だ。月窮げっきゅうの君さま、あなたも残って下さい。フランチェスカもだ」

「ええ!?」

 フランチェスカはプンプンと頬を膨らませたが、和樹も同意する。

「君は、ここで月窮の君を守ってくれ。彼女が、山道を進むのは無理だ。足場の悪い場所で戦闘になったら、僕たちでも月窮の君を守り切れるか分からないからね」


「でも、私には『癒しの力』があります」

 蓬莱さんは首を振ったが、一戸は毅然と言った。

「率直に申し上げますが、足手まといです。心配には及びません。それに、神名月かみなづきの『表着うわぎ』を被れば、手足が千切れてもくっつきます」

「だよねー。チロも頼むわ」


 上野は、フランチェスカの腕にチロを預けた。

「敵をやっつければ、この山も消えるだろうし。待ってろや」

「……バカ」

 フランチェスカはチロを抱き締め、蓬莱さんは被っている被衣かつぎを握り締める。


 三人はフランチェスカたちに軽く手を振り、山道を登り始めた。

 進み始めると、どこからか霧が漂い始め、背後の蓬莱さんたちは見えなくなった。

「あちゃ~。後ろが何も見えねー。月窮の君たちは無事だよな?」

「……敵は、月窮の君を傷付けないと思う」

 和樹は、荒地を見回しつつ言う。

「奴らの目的は……僕のような気がする」

「おいおい、オレたちがオマケみたいなこと言うなよ」


「……そうだね」

 和樹は苦笑いした。

 だが、敵の目的が自分だけである方が良い。

 それならば、万一の時は自分が倒されれば済む。

 上野や一戸が傷付く前に、自分の後始末をすれば済む……。


 けれど、彼らは付いて来てくれる。

 何度も、何度も……

 お人好しの大馬鹿だ……





神名月かみなづき、足元に気を付けろよ」

 一戸が背を支えた。

「こめん、ちょっとボンヤリした」

「ま、山登りには不向きな衣装だからな。登山靴とか草履ぞうりの方が登りやすい」

「変なとこがリアルだね~。つーか、ここって重力を感じるんだけど」

 上野は自分のブーツの底に挟まった小石を取り除く。

 

 一戸も小石を拾い、地面に落として訊いた。

神名月かみなづき、高くジャンプできるか?」

「……できる気がしない。本当に重力があるみたいだ」

「それってヤバくね?」

 上野が言う。

「能力を封じられたら、オレなんてフツーの人だぞ。武器も無い。クマよけスプレーぐらい売ってないかねー。何か、喉まで乾いてきた」

「下に行けば、沢があるかもな。どこからか、水音がする……」


 和樹は、ここで気が付いた。

 前方にそびえる山の形を見たことがある……

 そして、登山道の傍らの草むらに咲く紫の花……


「この花……父さんが撮った写真の花と似てる……」

 

 和樹は呟き、屈んで花を眺めた。

 間違いなく、写真と同じ花だ。

 父のリュックの中に入っていたカメラは無事で、高山植物が写っていた。


「ここって……父さんが遭難した山だ!」

 和樹は叫び、聴き耳を立てる。

 確かに、水音がする。

 父の遺体は、川の傍で見つかったのだ。


「父さん……!」

 和樹は、思わず叫ぶ。

 その瞬間に、彼の身に異変が起きた。

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