第12話 学校とお弁当とバカップル

「おはよ~」

「おはよう、智華ちゃ……智華ちゃん?」


 朝、登校して教室に入ってすぐ、親友の麻理子から声をかけられた。

 ひらひらと手を振って自分の席に着くと、机に突っ伏す。


 うはぁ、眠い~。

 ちょこちょこっと寄ってきた麻理子が私の顔を覗きこんでくる。


「どうしたの智華ちゃん。すごい隈」

「デザイン考えてたら、つい徹夜をしてしまった……」

「あらら」


 顎を机にくっつけたまま視線を上げると、麻理子がちょっと驚いたような顔をしていた。


「何か作りたいものがあるの?」

「うーん、それもあるし、バイトのほうも」

「あぁ、フォミナさんの?」


 麻理子が納得したように頷く。

 麻理子も私がちょっとしたアルバイトをしているのを知っている。ラチイさんのことも名前だけは知っているから、状況を察したみたい。


「う~、インスピレーションが降って湧いてくるから筆が止まらない~、でも眠い~」

「そんでもってここガッコー」

「あっ、ジロー」


 麻理子との会話にしれっと混ざってくる男子の声。

 麻理子が嬉しそうにその男子の名前を呼ぶ。


 限りなく赤毛に近い茶髪に、人懐こそうな丸い茶色の目。

 ワイルドな感じのイケメンが麻理子の背中から抱きつくように私に声をかけてくる。


 日本人離れしている容姿のこいつは、私の親友、浅野あさの麻理子まりこの彼氏、ジロー・山田・バルテレミー。

 日本人のお母さんと、どこぞの僻地の国出身のお父さんを持つハーフらしい。


「麻理子、今日も良い匂い」

「ひゃぁっ。もう、ジロー、におい、かがないでってば……」


 まーた始まったよ。

 ……親友ながら、朝っぱらからいちゃつき始めたバカップルにイラッとしてしまった私は悪くないと思う。


「ちょっと、いちゃつくなら帰れ次男坊」

「次男じゃねぇよ。一人っ子だよ」


 麻理子の肩に頭をのせて半眼になるジローに、私はおどけて見せる。


「次郎なのに?」

「発音違う。ジローだ」

「二郎」

「ジロー」

「太郎くんはどこかな?」

「一人っ子だっつってんだろ!」


 吠えたジローのせいで、びくっと麻理子が肩を震わせた。


 ふははー、油断したなジロー!

 ぶっちゃけ麻理子にくっつくジロー、気にくわないんだよね!


 私はここぞとばかりにジローを責め立てた。


「ちょっと、麻理子がびっくりしちゃったじゃない。そんな大声出しちゃってさ」

「てんめぇ……良い度胸してんな。今日という今日はケリ付けてやろうじゃねぇか」

「ちょ、ジロー、待って、智華ちゃん女の子だから……! 暴力だめ……!」


 くるっと麻理子がジローのほうを向いて必死にとめる。

 牙を剥いて私を睨み付けるジローに、私はふふんと笑ってやった。


「あっ、てめ、笑いやがってっ」

「かっこつけても麻理子に抱きつかれたままじゃぁね。全然怖くないよ」

「麻理子、離してくれ、今日こそはこいつと話をつける!」

「駄目だってば……! 離したら智華ちゃん殴っちゃうでしょ……っ」

「たぶんしないから放してくれっ」

「たぶんじゃダメだようっ」


 むぅ……自分から焚き付けておいてなんだけど、麻理子がずっとジローに構いっぱなしなのは面白くないなぁ。

 ジローは高校に入学してから麻理子にできた彼氏だけど、私のほうが麻理子とずっと一緒にいたもの。


 しっしっと二人を追い払うように手を振ってやる。

 面白くはないけど、そろそろチャイムがなりそうだからね。

 別に麻理子が私を構ってくれないのが寂しい訳じゃないし……!


「ほら、ホームルーム始まるよ」

「あっ、もうこんな時間? チャイム鳴っちゃう」

「笠江、あとで覚えてろよ」

「やぁだ」


 慌てる麻理子と軽口を叩くジローを見送って、私はもう一度机に突っ伏した。


 ふぁぁ。

 それにしても、眠い。

 ちょっと、チャイムがなるまででも寝ようかな……。



  ◇   ◇   ◇



 お昼休み。

 お弁当のサンドイッチをモゴモゴしながら、私はノートを広げる。


 私のデザインノート。

 未だにアイデアの泉は尽きないんだよねぇ~。

 細かいところとか材料まで描いているせいもあるんだけど。


 せっせとノートに書き込みながらお昼御飯を食べていると、麻理子とジローがやって来て、近くの机を私の机にくっつけてきた。


 二人もお弁当を広げる。


「智華ちゃん、お行儀悪いよ」

「うーむ」

「麻理子、笠江なんか放っておけって。ほら、あーん」

「え、あ、ジロー……っ。う、あ、あーん……」


 バカップルめ……。

 内心毒づいてるの、私だけじゃないと思う。

 むしろ毎日毎日、昼になる度に見せつけられているクラスメイト全員が思ってることだと思う。


 食べさせあいっことかいうバカップルナンバーワンな行為に勤しんでる二人を尻目に、私は止まらないペンを黙々と動かしていく。


「智華ちゃん、それが次の作品?」

「そ。久々にアイデアが溢れてきてるから、どれにしようかすごい迷ってるの」


 麻理子がジローに卵焼きを食べさせながら聞いてくる。

 私は片手間に食べていたサンドイッチを食べきると、いったんペンを動かすのをやめる。


「買ってくれるのは小さな女の子で、恋愛成就をテーマにしてるんだけど……私のアクセサリーを魔法のアイテムかなんかだと思っててさ。これを持ったら恋が叶うなんて、本気で思っていたみたいなんだよねぇ」

「それはまた、珍しいね?」

「ガキにありがちだな」


 目を丸くする麻理子とは違い、鼻で笑うジローは半笑いだ。まぁ、そう言いたくなる気持ちも分かるんだけど、異世界に行ってしまった身としては一蹴できないんだよねぇ。


 しかも相手、本物のお姫様だし。

 たぶん初恋なんじゃないかなぁ。

 それにお相手の王子様、婚約者だって言うし。

 できることなら叶えてあげたいよねぇ。


「でも可愛いよね。小さくてもやっぱり女の子は女の子って感じがする。恋に一生懸命なの、可愛い」

「分かる~! ほんとそれ!」

「初恋なら、叶えてあげたくなっちゃう」

「だよね、やっぱそう思うよね!」


 さすがは麻理子!

 私と同意見!


 微笑ましそうな顔をした麻理子と二人で頷き合う。

 するとそれを横から見ていたジローが口を尖らせて。


「麻理子、他にうつつを抜かすなよ。お前は俺だけ見てればいいの」

「ジロー。私じゃなくて、違う女の子の話だよ?」

「女も男もだめ。麻理子は俺だけのことを考えて。ほら、あーん」

「じ、ジロー……っ」


 拗ねたジローがまるで乙女ゲームにあるかのような台詞を吐き出しながら、麻理子にタコさんウインナーを食べさせた。麻理子は真っ赤になりながらもウインナーをかじる。

 私はペンを持ったまま頬杖をついた。


「独占欲みっともなーい」

「うるさい。笠江には分かるもんか」

「分かりたくもないけどね。でも麻理子を独占するのは許しませーん」

「あ゛あ゛?」

「じ、ジロー!」


 ドスの効いた声をあげたジローに、また麻理子が慌てる。


 いつものことだけど、このままだと麻理子と私が仲良くしてジローが嫉妬するという、無限ループタイムに突入しそう。


 高校入学してからすぐに付き合いだした二人だけど、たぶんそろそろ一年だよね? 付き合って一年ってここまでアツアツなものなの? 私には恋愛経験が無いからよくわかんないや。


 生ぬるい目で二人を見ていたら、パッと良いことを思いついた。

 この手があったか!


「ねぇねぇ麻理子、アドバイスくれない?」

「アドバイス?」


 きょとんとした麻理子に私は頬杖をやめて、持っていたペンをくるんと回した。


「そ。アドバイス。どうやったら好きな人に振り向いて貰えるのか、その子に教えてあげたくて」

「ええっ? そ、そんなこと、言われても……」


 驚いた後に、じんわりと耳を赤く染めた麻理子が、ちらちらとジローのほうへと視線を向けた。

 小動物のように可愛らしい動きをする麻理子の視線を受け止めたジローは、蕩けるような笑みを浮かべる。


 うっわ、顔面やば。

 なまじイケメンだから、無駄に様になってるというか、むしろ見ているだけでも自分が口説かれてる気分になるというか。


 うっかりこちらのほうを見ていたクラスメイトに被弾して、顔を赤くしてる人が何人か。

 イケメン怖い。


「ちょっと山田ジロー、そのしまりのない顔やめて」

「ミドルとファーストネーム繋げんな。ダサくなるだろ」


 多方面に影響を与える顔を瞬時に引っ込めて、むすっとしたジローが私を見た。

 あはは、本人もミドルネームとファーストネームを繋げると没個性な名前になってしまうのは自分でも思っているらしい……じゃなくて。


「それで麻理子、アドバイス頂戴?」

「そうは言われても……私、告白された側、だから……」

「だからこそ、だよ! この名前クソダサい顔だけ男のどこに絆されたのか教えてほしいの!」

「おいこら笠江、表出ろ。誰が名前のクソダサい顔だけ男だ」

「ほんとの事じゃない。いっとくけど、私から麻理子を奪えただなんて思わないことだね!」

「うるせぇ、この万年脳内宝石女!」

「お褒めのお言葉をどうも!」


 あっははは、悪口が悪口になってないぞ山田ジロー君!

 宝石好きなんだから良いじゃない!

 キラキラしてて、つるつるしてて、見てるだけでも幸せになれるじゃん!


 バチバチと机を挟んで睨み合う私とジロー。

 それをおろおろとしながら見ている麻理子。


 一瞬だけ剣呑とした空気になり、教室が静まったけれど、クラスメイト達はいつものことかとこちらに注視するのをやめていく。


 そそ、これは見世物なんかじゃないんだからね!


「それで麻理子、教えてくれないの?」

「言うなよ、麻理子。お前の可愛い言葉は全部俺だけのもんだろ?」


 ジローと二人で麻理子に詰め寄る。

 麻理子は「あ、う……」と可愛らしい呻き声をあげて、小動物みたくぷるぷる震えた。


 我が親友ながらすんごく可愛い。

 すぐ隣の顔だけ男が麻理子に惚れるのも、さもありなんと思わせるだけの可愛さ。


 だからこそ、私は知りたい。

 元々可愛くて狙ってた男子も多かっただろう麻理子が、この地味ネームの男と付き合うことを決めた理由を!


 聞いてみたいな~と思いつつ聞けていなかったから、この際根掘り葉掘り聞いちゃおうじゃない!


 デバガメ? いやいや、お姫様のためのヒアリング!


 ここからは男子禁制女子トーク。

 没個性名な無駄イケメンはお引き取りくださーい!

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2024年12月13日 07:00 毎日 07:00

世界一つの魔宝石を〜ハンドメイド作家と異世界の魔法使い〜 采火 @unebi

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