第11話 魔法の世界から帰って来て
異世界から帰ってきたら、父と母が玄関で腰を抜かしていました。
次のうち、私がとるべき正しい行動はどれでしょう。
一、ただいま。
二、どうしたの?
三、じゃじゃーん、マジックです!
正解は……。
「ただいま?」
「おかえり?」
取り繕うことも忘れて、反射的にただいまの挨拶をすれば、お母さんもいつも通りにおかえりと言ってくれた。
「今何時?」
「そうねぇ。だいたい六時よ」
「あれ? お父さん、帰ってくるの早くない?」
接客業で土日は稼ぎ時だから、いつもだいたい九時くらいに帰ってくるのに、今日は随分早いお帰りだね? 早番だったのかな?
そんなことを思いつつ、いまだに玄関で腰を抜かしているお父さんを見下げれば、お父さんは口元をひくひくとひきつらせて、ふるふると私に指を指してきた。
「お、おま……お前、今、どこから湧いてでた」
「まるで虫でも見たかのような言い方じゃん」
お父さんのひどい言いぐさにちょっと心がすさむ。
むぅ、と唇を尖らせたらお母さんが頬に手を当て、いかにも困りました的なポーズを取る。
「智華ちゃん、いつから魔法使いになったの?」
「お母さん鋭い!」
「冗談よ」
「冗談じゃないよ!?」
冗談じゃないのに冗談として処理されそうになって、慌てて否定する。
実際には私が魔法使いになったわけじゃないけど!
でも魔法使いと知り合いになって、魔法を使って送ってもらったんだから似たようなものだと思うの!
むぅ、とますます膨れっ面になりながらお母さんを見れば、お母さんは驚いていたのも束の間、すぐにいつも通りの顔になって「ご飯よ」と言う。
え、なにそのあっさりとした反応。
すごく拍子抜けしたんだけど?
でも、そうだね、お腹空いたし。
いつもはお父さんそっちのけでお母さんと二人での食卓だけど、今日はお父さんもいるから三人でご飯だ!
「ねねね、お母さん。今日のご飯は?」
「ピーマンとお肉」
「チンジャオロース?」
「正解」
へたりこんでるお父さんをすり抜けて、私は靴を脱ぐと家へと上がった。
ダイニングに移動するお母さんの後ろを着いていく。
「ちょ、ちょっと待てお前たち!」
「んー?」
「あら、お父さん。まだ上がってなかったの?」
お母さんと二人で振り替える。
お父さんは悲壮感を漂わせながら、くいくいと手でこっちに来いと示した。
お母さんと顔を見合わせる。
なんだろう?
じっとお父さんを見ていれば、お父さんは観念したように口を開いた。
「……腰抜かしたから、立つの手伝って……」
すんごい情けない顔をするお父さん。
私とお母さんはもう一度顔を見合わせて……ふっ、と笑った。
どっきりイリュージョンな登場は、お父さんには少々刺激が強すぎたみたいだね!
今日の夕飯はお母さんの宣言通り、チンジャオロースと卵のスープだった。
お母さんとお父さんと私の家族三人で食卓を囲み、私はうまうまとチンジャオロースのピーマンを口に頬張る。
しばらくは何てことのない会話をしながら食べていたんだけど、食事も終わりがけになってようやくお父さんが本題へと切り込んだ。
「それで、智華。お前、今日は何してたんだ? あの玄関でのマジックの種明かしも含めて全部話せ」
「今日はバイトの打ち合わせだったんでしょう? コンドラチイさんと一緒って話だったじゃない」
お父さんに便乗して、お母さんもここぞとばかりに尋ねてくる。
私はお椀に入った卵スープの最後の一口を飲み込むと、ご馳走さまと手を合わせた。
「そうだよ。ラチイさんと一緒だったの。それでラチイさんと一緒に注文依頼してくれた人のとこに行ったんだけどね? そこがさぁ、そこらのカフェとかじゃなくて、異世界のお城だったんだよ」
食べ終わった食器を重ねながらそう言えば、お父さんが訝しげな目で私を見てくる。
「お城? どこぞのテーマパークに行ってきたのか?」
「なぁに、お仕事だって言いながら実はデート? 日帰りで東京のほうまで行ってたの? それとも大阪のほうかしら?」
お母さんもお父さんと同じく、「お城」をテーマパークだと思ったらしい。
違うって。
重要なのその前だって。
「もー、違うってば。異世界だよ、い、せ、か、い! 異世界のお城だったの!」
食器を持ちながら席を立つ。
お父さんが食べかけのビーマンをぼとりと皿の上に落とした。
お母さんは食べ終わったらしく、食器を重ねようとした手が止まっている。
それから互いの顔を見合わせて。
「智華。お前、騙されてないか? 何か危険なことに巻き込まれてないか?」
「智華ちゃん、頭大丈夫? 病院行く?」
「せっかくお父さんが婉曲に聞いたのにお母さんが直裁的すぎてつらぁい!」
まぁ、私も知り合いが唐突に異世界とか言い出したら、頭の病気を疑うけどね!
だけどさぁ、お母さんはもうちょっと言葉を取り繕っても良いと思うんだ……! さすがの私も傷つくよ……!? 虫みたいな反応をしたお父さんの時以上に傷つくよ!?
食器を流しに運び、水を流す。
お水に食器を浸した私は食卓に戻って座った。
その頃にはお父さんもご飯を食べ終わっていて、お母さんと二人して、私を見て胡散臭そうな顔をしている。
「本当なんだってぇー、本当に異世界に行ったんだってぇー」
「寝言は寝てから言うものよ?」
辛辣なお母さんの言葉に、テーブルの下で私は足をバタバタさせる。椅子がガタガタ揺れた。
「てゆーか! お母さんもお父さんも、私が何もないところから帰ってきたの見てるんじゃん! なんで否定するのさ!」
「そうなのよねぇ。あなた、何もないところから出てきたのよねぇ。お父さんの腰が抜けるくらいに唐突に帰ってきたものね」
「…………」
あ、お父さんがとばっちりのようにディスられて、しょげてしまった。
「……どうせ俺はへっぴり腰のヘタレだよ……」
「やぁだ、あなたったら。私はそこまで言っていないわ。でもそんなあなたが好きよ?」
「そ、そうか? それなら、いい」
「そうよ~。だから、あなたはそのままでいてね? 外では格好いいんだから、家の中でくらい情けなくてもいいのよ?」
ころっころっと調子よくお母さんに転がされているお父さん。毒舌をかますお母さんだけど、目の前の光景通りにお父さんにべたぼれなので放っておいても問題はない。
むしろ今問題があるのは放置されてる私だよね?
「それで智華ちゃん、バイトはこれからどうするの? またフォミナさんと会うの?」
「え? あ、うん。来週もまた、ラチイさんと一緒に出掛ける予定」
「異世界とやらに?」
「異世界に」
「そう、気をつけていってらっしゃい」
さっきまでとは一転、お母さんのあっさりとした返事にきょとんとしてしまう。
え、いってらっしゃい?
「……いいの?」
「それが智華ちゃんのお仕事なんでしょう? 危ないことがないのなら構わないわ」
「本当に?」
「智華ちゃんがいつもお部屋で一生懸命内職してるの知ってるしねぇ。危なくないのなら私から言うことは何もないわ」
内職って。
いやまぁ内職なんだけどさ。
お母さんの言い方にちょっと微妙な気持ちになりつつも、ちょっとだけほっとした。
「……本当に危なくないのか?」
「んー、一応? アクセサリー作るのに変わりはないしね」
「異世界なのにか?」
「異世界だけど」
念を押すお父さんに力強くうなずくけど、やっぱり心配なのか食い下がられて。
「怖いモンスターとかいないのか?」
「悪い魔女とかは?」
「ドラゴンとか」
「マンドラゴラも捨てがたいわね!」
「ねぇ二人とも、異世界をなんだと思ってるの?」
お父さんがなかなかに食いぎみなのにもびっくりだけど、お母さんのチョイスにもびっくりだよ。何、マンドラゴラって。
あれだよね、叫ぶニンジン?
「魔女もマンドラゴラも知らないけど、モンスターっぽいのはいるみたい。あ、ドラゴンの生首を見たよ。めっちゃ怖かった」
「ドラゴン!」
お父さんが目をキラキラさせてこちらを見てくる。
いや、そんな興味津々で見られるのはいいんだけどね? さっきまで異世界に否定的だったのに、ずいぶん調子がよくないですかね?
うむうむ、と腕を組んで何かを考え出したお父さんを横目に、お母さんが自分とお父さんの分の食器を片していく。
「なんにしても。一度フォミナさんには詳しい事情を教えて貰いたいわ。今までみたいに物のやり取りだけなら良いのだけれど、今日みたいなことがあるのならちょっと心配だし」
「あ、その事なんだけど。来週はラチイさんのところで泊まろうと思ってて」
「何!? 男の元に泊まりに行くだと!?」
食器を流しへ運びに行くお母さんの背中に声をかけると、お父さんがガタッと机を揺らした。
「ちょっとバイト関係で、もうちょっと詳しく聞きたいことがあって。魔法があっても、異世界は一日に何度も行き来はできないんだって」
「けしからん! お前は高校生だぞ!? あんなことやこんなことになったらどうする! 男の所に泊まりは許さん!」
「はぁ? お父さん、ラチイさんに失礼なこと言わないでよね」
むしろお父さんのほうがけしからんでしょ!
ラチイさんに対する偏見にまみれた言い種に、私は冷めた目でお父さんを見た。
睨み付けられて怯んだらしいお父さんは「ぐっ」と呻いて視線をさ迷わせる。
「でもねぇ。麻理子ちゃんの所ならともかく、バイト先……しかも異世界にお泊まりは心配だわ」
食器を洗い出したお母さんが、親友の名前を持ち出して、どれくらい心配なのかと訴えてくる。
むぅ、そう言われてしまうと私も弱い~!
「そんなに危険じゃないから~! ラチイさんも、向こうで会った人も、皆いい人たちばっかりだったもん! だからお願い! お泊まりさせて?」
パンッと手を合わせてお願いする。
お母さんは「そうねぇ」と言ってしばらく食器を洗い続ける。お父さんを見れば、視線をさ迷わせるのを止めて眉間に皺を寄せた顔で私を見ていた。
「……そんなに行きたいのか」
「うん。ていうか、行かないことには仕事にならないもん」
「ただの好奇心ではなく?」
「それもあるけど……でも私は、私に作れるアクセサリーがもっともっと良いものになるなら、何でもするよ。それに、依頼をもう受けてしまったし」
お父さんがため息をつく。
「だ、そうだ。どうする?」
「まぁバイトとはいえ、智華ちゃんにとっては立派なお仕事だものね。智華ちゃんが責任を持てるというのなら、見守りましょう」
お皿を洗いながら、お母さんが前向きな言葉をくれる。お父さんはそれに深く頷いた。
「だ、そうだ。智華。俺たちに相談もせず、そんな仕事を引き受けたのは無責任だが……受けた以上、きちんと果たす意思はあるんだな?」
「うん。当然!」
お父さんの言葉にしっかりと頷くと、お父さんはやれやれと肩をすくめた。
「まったく、誰に似たんだか。それならしっかりとやれよ。だけど危ないことはするな」
「住所はちゃんと聞いておいてね? 連絡先も。スマホ、ちゃんとGPS繋いでおくのよ?」
ようやく引き出せた、賛成の言葉に私は心が軽くなる。ただその後にお母さんが付け足した諸注意に微妙な気分になったけど!
住所も連絡先も聞き出すのはいいけど、私というか、両親では到底ラチイさんの家に行けやしないし、GPSだって地球外の場所に使えるものなのかな?
でも私はあえてそこに突っ込まなかった。
うっかり藪蛇をつついて「それならお泊まりもバイトも無し」になんてされたら、たまったもんじゃないもん!
「ありがとう、お父さん、お母さん!」
「今度からちゃんと相談するのよ? バイトの間はちゃんと私たちに報連相すること。また次に勝手に決めたらそうねぇ……しばらく外出禁止で勉強してもらおうかしら」
「それは困る~!」
勉強漬けは嫌だ! 無理! ただでさえ宿題多くて、アクセ作りをする時間を捻り出すのに四苦八苦してるのに!
非情なお母さんの懲罰にひやっとしながらも、次から勝手なことをしないって約束をする。
両親とも、私のことを心配してくれていることは分かってる。その上で、私がたとえバイトでも引き受けた以上はやり遂げさせてくれようとしているのも伝わってきて。
こんな身勝手な娘で本当にごめんね。
それでも見守ってくれるお父さんとお母さんに、感謝の気持ちでいっぱいになった。
◇ ◇ ◇
両親を説得して、何とか異世界発の依頼受理とお泊まりに理解を得られたその夜。私は夕飯も終えて、お風呂も入って、自分の部屋でスマホをたぷたぷと弄っていた。
スマホで見るのはSNSやフリマサイトに投稿された宝石たち。
こうやって暇さえあれば、世界中にある綺麗な宝石たちを探して電子の海をさ迷っているのが私の日課。
ベッドに仰向けで転がりながら、スマホを弄るのをやめる。
スマホを持ったまま、胸に手を置いた。
「今日はすごかったなぁ……」
思い出すのは今日のこと。
なんというか、怒濤の一日だったよね。
初めての直接依頼に、まさかの異世界への訪問。
宝石でできたお城に、本物のお姫様がいて。
騎士の打ち出す魔法が視界にパッと広がって、音や衝撃波を直に感じられた。
そして極めつけはドラゴンの首。
ファンタジーが過ぎる怒濤の展開はたった数時間前の出来事で、本当はちょっとまだ夢見心地。
「魔法……魔宝石かぁ」
天井を見ながら思い浮かべるのは、私が作ったレジンアクセサリー。……ううん、レジンアクセサリーだったはずのもの。
キラキラしてて、つやつやしてて、私を満たしてくれた宝石たちは、私の知らないところで知らない使われ方をしていた。
誰かの鞄やポーチに付いているのかなと思っていたはずの勾玉のストラップが、剣を佩くためのベルトにぶら下がっていたのには本当に驚いたよね。
ごろりと寝返りを打つ。
スマホがぽすっとマットレスに落ちる。
横を向いた私の視界に、勉強机とは名ばかりの作業台が映った。
あ、そういえば。
むくっと起き上がって、勉強机に備え付けられた椅子に座る。
パチッと備え付けの蛍光灯を付けた。
机の上が明るくなる。
そこには私のアクセサリー作りに必要な道具が溢れかえっていた。
レジンに必要不可欠なレジン液のボトルは勿論、白くて細長いフォルムのUVランプ。ペットボトルキャップくらいのサイズのケースに入った
この机にある素材は自分のものも多いけれど、ラチイさんから貰った素材も散乱してる。
「えーと、たしかこの辺に……あ、あった」
素材の山から発掘したのは、ラチイさんから貰ったものの内の一つ、メタリックレッドのシェルだ。
私はシェルの入ったケースをつまみ上げる。
「これがドラゴンの鱗とか……」
ラチイさんが言っていたことや、私が目で見たものを信じるのならば、これは正真正銘、あの赤い怪物生首の鱗に違いない。
私がちらっと見たドラゴンの鱗よりは小さいし、形もまばらだ。おそらく使いやすいように砕かれているんだと思うんだけど。
見れば見るほど。
触れば触るほど。
本当に今日の出来事は現実だったのかと不思議になる。
だって目の前のメタリックレッドの鱗だって、私にはやっぱり他のシェルと同じようにしか見えないし?
「ま、わけわかんなかったけど、私がやればいいのはお姫様のお願いを叶えてあげることと、アクセサリーを作ることなんだよね。異世界云々はまぁいいや」
お父さんもお母さんも、思っていた以上にすんなり理解を得られたし。まぁ理解したというか、考えることを放棄したような気もしないでもないけど。
というか、お母さんの態度が本当に読めない。信じてくれているのかいないのか、夕食の時間の会話ではよく分からなかった。
それでもなんとか、このアクセサリー作りのバイトを続けても良いというお墨付きを得られたので、私としては万々歳。
メタリックレッドのシェルのケースを片付けて、私は机の下に置いていた紺色のスクールバックからノートを取り出す。それから筆箱も。
「さーて、お姫様にはどんなアクセサリーが似合うかな~」
ぺろっと下唇を舐めて、筆箱からお気に入りのシャーペンを取り出すと、私のデザインノートを広げた。
異世界に、魔法に、お姫様に、王子様に、恋に、私の宝石。
どんなものを描いたら、それはそれは素晴らしい宝石になるんだろう?
もう夜だけど、日付が変わるまでまだまだ時間はあるもんね!
今まで落ち着いていたインスピレーションがむくりと鎌首をもたげた。
新鮮なこのときめきは、新鮮なうちに形にしてあげなくちゃ。
実は一息ついてからずっと、今日のこのトキメキが胸一杯に溢れてうずうずしてたんだよね!
私はノートに向き合うと、早速ペンを走らせる。
形は?
色は?
素材は?
さぁ、忘れない内に全部全部、描いておかないと!
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