第10話 異世界への往復切符

 行きと同様、馬車で王宮から移動する。


 うー、またこの体によくない馬車の拷問が始まるのか……。

 鬱々として馬車に乗り込む。

 私が乗って、ラチイさんも乗った後、ダニールさんも乗るかと思っていたら、馬車の外で立ち止まった。 


「ダニールさん? 乗らないの?」

「俺まだ仕事あるんだよ」


 肩をすくめたダニールさん。

 そっかぁ。仕事なら仕方無いよね。

 残念だけどここでお別れだ。


「またねー」

「おう。また近いうちにな」


 ダニールさんに見送られて、馬車は動き出す。

 ガタガタとして乗り心地画最悪の馬車に、舌を噛まないようにと必死に口を閉じた。


 もー! 馬車の改善を! 要求する! 車! 車発明しよ!? 魔法あるなら車もあっても良いと思うの!


 やり場のないこの気持ちをもて余していれば、ラチイさんが「さて」と声をかけてきた。


「智華さん、今後のことを少しお話ししておきましょうか」

「今後のこと?」


 お尻から伝わる振動でちょっと声が震える。

 うー、ほんと乗り心地悪いなー、馬車。


「依頼の期限はちょうど一ヶ月後です。一ヶ月後、アレクサンドラ王女殿下は西にあるヘスヴィン王国の第二王子との婚約調停があります。おそらく王女殿下は、その婚約調停の場で王子を『悩殺したい』と思われたのかと思います」


 ふーん、と頷く。

 それから、ラチイさんの言葉にちょっと気になることを思い出した。


「そういえば、お姫様が悩殺したい王子様って何歳?」


 お姫様が幼いし、相手の子もやっぱり小さいのかなぁ。王子様って言うからにはやっぱりイギリス的ロイヤルなイケショタとか?

 この国のお姫様もかなりの美少女だったから、お隣の国の王子様も美少年の可能性が高そう。


 そんなことを想像していた私が悪かったのか、ラチイさんが教えてくれた王子の年齢に目を剥いた。


「お相手のロビン王子は十八歳です。智華さんとそう変わらない年齢ですね」

「ん?」


 んん?


「……あれ? お姫様は?」

「御年七歳ですね」

「年の差ありすぎない!?」


 十歳差の婚約!?

 え、それって結婚いつなの!?


「一応、王女殿下が十五になってからの輿入れの運びとなっています。向こうも第二王子ですし、兄君である王太子殿下には既に妊娠中の妃殿下がいらっしゃいますから、世継ぎに関しては問題とならないのが、この結婚のミソですね」


 なんてこともないように言うラチイさんに、開いた口が塞がらない。


 ええと、うん、これって、いわゆるアレだよね?

 国と国を繋ぐ、結婚。

 自他の利益を見込んで交わされる、契約。

 自由恋愛なんて許されない、束縛。


 人はそれを、政略結婚と言う。


「政略結婚、なの?」

「そうです。世界的に魔石の産出が減ってきているのはお話ししましたよね」

「うん」

「隣国のヘスヴィン王国は周辺諸国の中で、天然魔石の貯蓄量が一番多い国なんです。逆にラゼテジュは魔宝石の研究が他国より一歩進んでいます。今回の王女殿下の婚約は、天然魔石と魔宝石の共同研究の名の元に決められた契約の一つなんですよ」


 それでも、さすがに七歳の女の子を十も年上の男のところに嫁がせる? 契約なんて紙の契約書でも交わせるだろうに、わざわざ政略結婚をさせるだなんて。


 まったく、国というのは女心を全く分かっていない。

 でもこれで、なんとなく腑に落ちた。


 恐らく、例え政略であっても、相手が年上でも、七歳の女の子であるアレクサンドラ姫は相手の、えぇと……そう、ロビン王子か。その王子様に恋をしたということ。


 あれくらいの年頃はとても難しいもんね。

 大人な婚約者に追いつきたくて、背伸びしたくて。

 だからきっと「悩殺する」なんて結論に至っちゃったんだろうねぇ。


「なんか、悲しいね」

「何がですか?」

「私の住む世界とは全然違う。ううん、私の世界でも昔は似たようなことがあったけど、でも実際に小さな子が大人の問題に利用されてるのって……可哀想」


 同情なんていらないのかもしれない。

 でも、まだ世界を知らない内に勝手に人生を決められるのは……やっぱりなんだか、可哀想。


 それでもお姫様が王子様に恋をしたから、悲劇では無いのかもしれないけれどさ。


 なんだか胸がもやっとして顔をしかめると、ラチイさんはちょっと困ったような顔になる。


「それは、智華さんだからこその感覚でしょうね。日本はラゼテジュ……いいえ、この世界に比べて、自由の幅がすごく広い国ですから」


 そう言ったラチイさんは、淡く微笑むと私と視線を合わせてくる。

 ほんのりと切なさを滲ませた琥珀の瞳に、私が映り込む。


「智華さん、王女殿下は嫌だと言っていましたか? 不幸だと泣いていましたか?」

「ううん」


 お姫様は、恋をしてた。

 私に、相手を悩殺するための魔宝石を作って欲しいとお願いしていた。

 恋してるんだねって言ったら真っ赤になって、一人の女の子になっちゃった。


 お姫様はちゃんと、恋をしてる。

 自分の運命を嘆いてなんかいない。

 つまりは、そういうこと。


「……うん。部外者である私が、同情するような話でもないね。ごめんラチイさん。話、逸れちゃった」

「いいんですよ。智華さんのその感覚は、智華さんが生きてきた場所での感覚です。俺たちと異なって当然です」


 ラチイさんはそう言って、私から視線を外す。

 ガタゴトと乱暴に揺れる馬車の中から窓の外を見た。私もつられて窓の外を見る。


 頭上の青色が、だんだんと赤と黄色に押し出されていくグラデーション。

 少しずつ日が傾いて、空が茜色に染まっていく。


 異世界でも夕焼けの染まりかたは一緒なんだなぁ。


「長居してしまいましたね。家に戻ったらすぐに日本へと送ります。また次の週末に伺おうと思いますが、良いですか?」

「え、あ、うん。お願いします」


 今日はざっくり依頼を受けて、魔宝石について教えてもらっただけだもん。

 細かいデザインとか、素材とか、もっと詳しく詰めたいし。


 明日も学校だから、今日はこれ以上何かを進めることはできないしね。

 次までにデザイン案候補を考えて、材料にも目星を付けて……あ、そうだ!


「ねねね、ラチイさん!」

「なんですか?」

「来週は土日ともこっち来ても良い? デザインを考えるにしても、魔宝石をもっと知りたいし、材料についてもっと詳しく教えてほしい」

「ああ、いいですよ。ただ……」

「ただ?」


 ラチイさんが少しだけ言葉を濁して口を閉じる。

 続く言葉をじっと待っていると、申し訳なさそうにラチイさんは話してくれる。


「俺の魔力にも限界があります。土日とも日帰りは難しいので泊まりになりますが……いいですか?」

「異世界でお泊まり!」


 なんか面白そう!


「いいよ、いいよ! お泊まり! それじゃ、来週はお泊まりセットも持って行くね!」


 来週の予定が決まって、心がうきうきしてきた!

 むふふ、異世界でお泊まりとかすごいじゃんね!? 異世界への往復切符を手に入れた智華さん、最強アイテムを手にした気分だよ!


 断然楽しみになってきた週末に、私はむふふと笑み崩れる。それを見たラチイさんが苦笑して「遊ぶわけじゃありませんからね?」と釘を差してくるけど大丈夫、ちゃんと分かってますって!


 週末に楽しみを控えた私は、座り心地の悪い馬車への恨み辛みが軽減されたのだから現金なものだよね。


 すっかり空が茜色に染まる頃に、馬車はラチイさんの自宅兼工房へと到着した。

 やっばりお尻がじんじんするし、体がふらつくけど、そんなもの、異世界に来週も来るのなら慣れなきゃね!


「それでは工房へ。あそこに異世界転移用の魔石を置いてあるので」


 促されて私は玄関をくぐり、廊下を歩いて、工房へと移動する。

 どうでもいいけど、家の中を土足で歩くのって慣れないなぁ。ここに来た時も思ったけど、文化はやっぱ西洋っぽいのかな。


 とことこ歩いて、工房へ入る。

 入って、びくうっと体が跳ねた。


「ひょぉうっ!?」


 赤い怪獣の生首こんにちわぁっ!


「どうしました?」

「い、いや、油断していただけ……!」


 そうだよー、この部屋ドラゴンさんの生首がいたんじゃーん! めっちゃ目に入っちゃったじゃーん!


 あからさまにドラゴンから目をそらした私にラチイさんも気がついたらしく、くすりと笑って私の肩を抱いて、私の視界にドラゴンの生首が入らないようにしてくれる。


「さ、智華さん帰りますよ」

「う、うん。えと、魔石は……?」

「この部屋の照明に天然の魔石が組み込まれてるんです。だからあとは魔法を行使するだけですよ」

「そうなんだ?」


 肩を抱かれたままラチイさんを見上げれば「はい」と笑って頷く。


「それでは送りますね。俺の帰還分の魔力がないので智華さんだけです。次の土曜の午前十時頃にご実家へお迎えに上がりますので、準備しておいてくださいね」

「はーい。よろしくお願いします」

「はい。……では良い夢を」


 足下にぼやぁっと魔法陣が浮かび上がる。

 行きと同じ、複雑な紋様が描かれた魔法陣。


 強い光に目を瞑った瞬間、ラチイさんとの距離がぐっと近づいて、ふわっと額に温かいものが触れた気がした。


 え? 今の感触は、なに?

 不思議な感触に思わず顔を上げた。


「うわぁ!?」

「まぁ……」


 その瞬間には私は自分の家の玄関に立っていて、腰を抜かした仕事帰りのお父さんと、それを出迎えていたらしいお母さんが目を丸くしてそこにいた。


 おおっと、これは?

 まさかの?


 私は帰って来て早々、めんどくさい事態に遭遇したことを理解した。乾いた笑みでなんとか両親に笑いかける。


 ……ラチイさんや。

 実家にまで送ってくれたのはありがたいけどさ。


 もっと送っていく場所と時間は考えて欲しかったよ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る