第9話 炎の護り【後編】
その後も次々と魔法やら剣撃やらを弾いては飲み込んでいく、炎の結界。
なかなかしぶとい勾玉の結界に、騎士たちも段々と躍起になってくる。
「四方同時にいくぞ! 誰か付き合え!」
「俺行く!」
「俺も!」
「魔術を飛ばすぞ!」
同時攻撃も何のその。勾玉の結界は攻撃をすべて弾いて炎で飲み込む。わーあ……あまりにも炎がうねりすぎて、ロランさんが火柱に隠れて見えないじゃん。
特撮もビックリなド派手戦闘アクションに、思わず釘付けになっちゃう。
わっ、結界に斬りかかった剣が炎に飲まれた……っと思ったら、騎士がすぐさま剣を引いて後退する。
剣撃に夢中になっていれば、後方からは雨のように魔法の光が飛んでいく。
流星群のようなその魔法たちは、炎に飲み込まれて沈静化したり、小爆発を起こしつつやっぱり結界の前に消えていった。
そんな中で。
「百……九十九……九十八……」
「わぁぁぁぁカウントダウンが始まったぞー!」
「いけー! 全力で結界壊せー!」
「魔力を練ろ! 剣だと無理だ!」
おおっと、騎士たちの動きが変わった?
すっごい必死の形相で、結界へと攻撃を入れていく。
もう完全にロランさんの姿が見えないけど、ロランさんは結界の中で何をしているんだろうね?
目を瞬かせながら騎士たちのアタックを見ていると、不意にラチイさんが言葉をこぼす。
「そろそろですね」
「え?」
「決着つくぞー」
ダニールさんののんびりした声に、ラチイさんに向きかけていた顔を慌てて戻す。
炎のうねりが消えた。
勾玉の結界は未だ輝いている。
その中央で、ロランさんはにっこりと微笑んでいた。
剣を、構える。
「五……四……」
「退避ー! 退避ー!」
「防御展開ー! 隊長のでかいのがくるぞー!」
ロランさんの唇が弧を描く。
剣を水平に構えたロランさんは、腰を水平に落とすと、その場で勢いよく体を旋回させた。
勾玉の結界が消える。
それと同時に、騎士たちがロランさんを爆心地にして吹っ飛んだ。
ええええ!? わ、なにそれ!? って、えっ?
ちょ、待っ、吹っ飛んだ騎士の一人が私たちの頭上に落ちてくる!?
「わぁぁぁっ!?」
「大丈夫ですよ」
「よっ、と」
焦って叫んだら、ラチイさんが安心させるように抱き寄せてくる。
ダニールさんの声も聞こえた。
ぶつかる! と思って目を閉じたけれど、いつまでたっても衝撃はこなくて。
代わりに、少し離れたところから「ぐぶほっ」という呻き声が聞こえた。
え、何……? 何が起きた……?
おそるおそる空を見てみるけど、今にも落ちてきそうな人影はない。
きょろきょろしてみたら、さっき落ちてきそうだった騎士らしき人が、ちょっと離れたところで呻いていた。
大丈夫なのか不安になるけど、特に焦った様子のない二人の魔法使いに挟まれていれば、なんとなく緊急を要するような場面ではないことだけは理解できて。
「……何が起きたし」
「ダニールが結界を使って、弾いたんですよ」
「情けねー。ロランに簡単に吹っ飛ばされるなんてな。今の騎士団、たるんでるんじゃねーか?」
ラチイさんとダニールさんの言葉に、思わず私は呻く騎士に向かって合掌してしまった。
ロランさんに吹っ飛ばされて、さらにはダニールさんにも弾かれて?
なかなかに踏んだり蹴ったりなご様子の騎士さん、お疲れ様です。強く生きて。
しばらく呻いていた騎士だけれど、もぞもぞと動くと身を起こして、こちらに一礼した。それからよたよたと訓練場に戻っていく。
「……なんというか、すごいね」
騎士が戻っていこうとする訓練場を見て、ちょっと顔が引きつった。
ロランさんを中心に起きた爆発? 衝撃波? のあとに残るのは、少々えぐれ気味の地面と、死屍累々と地面に倒れ伏す騎士たち。
その中心で泰然とかまえ、剣を鞘へと戻すロランさん。
……うん、どう見ても、屍の上に立つ魔王的ポジションだ。
「派手に行ったなー」
「さすがロランですね」
「これなら昇進もすぐじゃねぇか?」
「それはどうでしょう。今回のは魔宝石込みですから。彼自身の魔力だけではここまでの圧倒は難しいのでは?」
「やっぱチカちゃんの魔宝石が規格外なんだよなぁ……これ、団長クラスがやったらどうなるんだろ」
「防御に割く魔力がなくなる分、今のロランのように一撃の威力が上がるでしょうね」
「うわぁ……そんなん歩く兵器だわ」
ぼそぼそ話しているラチイさんとダニールさんですが、ちょっとそこのお二人、聞こえていますよ。
私の魔宝石がなんだって?
「ラチイさん、私の魔宝石どう?」
「どう、とは?」
「いや、なんかすごいのは分かったんだけど、普通の魔宝石との比較が分からないから、これってどれくらいすごいのかなって」
ラチイさんは私の言葉に少しだけ考えるそぶりを見せる。それからダニールさんのほうを見て。
「ダニール」
「ん? ああ、これか」
一瞬、不思議そうな顔をしたダニールさんは、ラチイさんが何を言いたいのか察したらしい。長袖に隠れていた手首から、何かを引き抜いた。
「これ、俺が使ってる魔宝石。風属性の魔力が入ってる。騎士を弾いた結界が即席でできたのは、この石の補助があったからだ」
ダニールさんが見せてくれたのは、大粒の緑色の石がはまったブレスレットが一つ。これを使って、ダニールさんはさっきの結界を作ったってこと?
まじまじと緑色の石を見ていると、ラチイさんが補足してくれる。
「通常の魔宝石は電池程度の役割しか出来ないんです。魔法を生むと言っても、作った物の魔法効果は俺たちが望むものとは限らないので、やっぱり魔力の補助に使うことが多いんです」
「因みにこの魔宝石に込められてる魔法は、『風向きを変える』だ」
おおう……なんという微妙な魔法……!
それは確かに、そんな使い道が限られる微妙な魔法を使うくらいなら、エネルギー源にしたほうがいいよね。
納得して頷いていたら、屍の山を踏み越えて、ロランさんがこちらへとやってくる。
「どうだったかな? 素晴らしい魔宝石だろう?」
「いやー、いつ見てもやべぇな、その火の魔宝石」
「ロランもかなり使いこなしているようですしね。さすが、としか言いようがありません」
「ありがとう。かなり重宝させてもらってるよ。チカ嬢はどうだった? 初めての魔宝石の感想は」
にこりと笑いかけてきたロランさんに、私も笑い返す。
「なんか、すごかったです。自分の想像を越えていたというか、イメージと違ったというか……ええっと、今後の参考になりました?」
思ったことをそのまま述べたけど、ちょっとどう言ったら良いのか分からなくて、最後疑問系になった。
もっと気の利いたことを言いたかったけど……それ以外に言いようがなかったんだからしかたないじゃん!
こんな感じで良かったのかなとちらりとラチイさんに視線を向けたら、ラチイさんは笑顔で頷いてくれる。
……ちなみにラチイさんや、いつまで私のお腹に腕を回しているのかね? ちょっと、あまりにも、密着し過ぎなのでは?
「ラチイさん。腕、腕」
「あ、すみません」
ラチイさんが腕をほどいて距離を開けてくれる。
けろっとしたこの様子、ラチイさんにとってはなんてこともない日常茶飯事な事なんだろうけど……時と場合によってはセクハラだからね?
まったく……何度も言うけどさ、ラチイさんは人との距離が近すぎる気がするよ。普通の女の子なら勘違いしちゃうんだからね!
ラチイさんから解放されて、一人で神妙に頷いていると、頭上から吹き出す声が聞こえた。え、何?
「ふはっ。面白いね、君たち。チカ嬢もこれから苦労するねぇ。こんな面倒そうな男に目をつけられちゃったんだから」
「ロラン」
「ははは、そう睨まないでおくれよ」
楽しそうに笑うロランさんと、渋面になるラチイさん。
ううむ、よくわからないけど、仲良きことは素晴らしき、かな?
ロランさんの言葉に愛想笑いをしながら二人のやり取りを見ていれば、ダニールさんが「おーい」と声をかけてきた。
「コンドラチイ。時間、そろそろ良いのか?」
「ああ、そうでした。ロラン、この件はまた後ほど。俺はまだ、智華さんを送っていかないといけないので」
ラチイさんがロランさんに断りを入れる。ロランさんは食い下がることなく頷いた。
「チカ嬢の家ってかなり遠いんだったよね。コンドラチイの転移で帰るのかい?」
「今日のところは、そうですね。ちょっと距離が遠すぎますので、あんまり頻繁に行き来するなら泊まりを考えたほうが楽ですが」
「コンドラチイですら苦労する転移か……。チカ嬢はすごく遠いところから来たんだね。よくこんな人材を見つけたものだよ、第三魔研は」
ロランさんが驚きつつ、そんなことを言う。
まったくもって、私も同意見です。
地球だけでもめちゃくちゃ広いのに、その上、世界まで越えて私に声をかけてきたラチイさん。
その、魔宝石に対する飽くなき探求心というか、執念深さというか……ともかく、その努力はすごいとしか言いようがないよね。
「それではロラン、またの機会に」
「それじゃーなー」
「今日はありがとうございました!」
うんうんと頷いている内に戻ることになったので、ロランさんに別れの挨拶をする。
ロランさんは微笑みながら小さく手を振ってくれた。
「また近い内に会えると良いね。チカ嬢の魔宝石は本当に重宝しているから。騎士団だけじゃなくて、僕個人としての相談にも乗ってくれると嬉しいよ」
「ロラン、そういう話は俺を通してください」
ロランさんの言葉にラチイさんが渋い顔になる。ロランさんはにこやかに笑ったままで。
「コンドラチイに通してもなかなかくれないじゃないか」
「元々、第三魔研が研究用として買い取ってるんです。騎士団に流通することが例外だと思ってください」
「魔獣退治の効率が上がれば、君たちに回す素材の量も増えるよ
「それは、そう、ですが……そういう話ではなく」
「はーい、やめやめ。コンドラチイ戻るぞ」
ヒートアップして言い合いが始まりそうだったラチイさんとロランさんの間に、ダニールさんが割って入る。
ラチイさんの首根っこを掴んだダニールさんが、こちらに視線を寄越してきたので、私は慌ててロランさんにもう一度お辞儀をした。
「また来ます!」
「ああ。またいつでも遊びにおいでよ」
ロランさんはそう言って、私たちを見送ってくれた。
いやー、それにしても、なんというか、すごい光景だったなぁ。
騎士っていう職業はやっぱりイケメンが就くものなのかなってくらいイケメン率が高かったし、CG作画も地団駄踏みそうなド派手な魔法アクションも見られた。
ハリウッド映画を観たときのような満足感に満たされて、ほくほくと歩きだす。
背を向けて歩きだしてからすぐに、背後からロランさんの怒声が上がった。
「いつまで寝てるんだ! 訓練再開!」
「鬼ー! 隊長、鬼ー!」
「ちょ……マジ無理……魔力切れてる……」
「もう少し! もう少し休憩させてぇぇぇ」
「さっきので魔宝石割れたぁ~! 隊長どうしてくれるんすか~っ」
おぉう……風に乗って、騎士たちの悲痛な嘆きが聞こえてきた。
そろりと私の両隣を歩いているラチイさんとダニールさんを見上げれば、二人は苦笑していて。
私も二人につられて苦笑い。
騎士さんたち、強く生きてください。
私は南無三、と心の中で合掌した。
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