第8話 炎の護り【前編】

「なんかチカちゃん疲れてる?」

「あははは……まぁ、文化の違いと言いますかなんと言いますか」


 ラチイさんにエスコートされてたどり着いた先で、大きくため息をつくと、ダニールさんにそう言われた。


 ようやくラチイさんから解放されて、私は自由を謳歌しているところ。

 いやー、本当、ラチイさんのフェミニスト力はずば抜け過ぎていて、私、流されっぱなし!


 奥向きな日本人が海外……いやこの場合異世界なんだけど、そこに根づくフェミニスト文化に触れると、本当にたじたじになってしまうよね。私だけじゃないはず……!


 はぁ~、ともう一度ため息をついていると、ある人に話をしてくると言って、この場を離れていたラチイさんが戻ってきた。


「お待たせしました。今からちょうど訓練が始まるそうです。少し離れていますが、巻き込まれないようにここから観戦しましょう」

「やったなチカちゃん! 第一騎士団の訓練なんてそうそう見れないからな!」

「だいいちきしだん……」


 いやもう、ファンタジーな世界だから驚くまい。


 私が連れてこられたのは、ラゼテジュ王国の第一騎士団がいるという訓練場。

 訓練場と言うからどんな感じだろうと身構えていたけど、トラックの引かれた運動場とそんなに変わらない。


 そこで白と赤で構成された制服に身を包み、戦闘訓練に精を出す騎士たち。

 なんでも、私の作った魔宝石の一つが、第一騎士団に渡っているのだとか。


 研究するにも、魔法に関しては実践してもらったほうがいいという事で、騎士団に使われているらしいんだけど……この辺りの詳しいことは、私には分かんない。

 そういう経緯で、第一騎士団が訓練をしているという訓練場に足を運んで来たんですが。


「わぁ……」


 もくもくと上がる、土煙。

 剣やら槍やら弓矢やら。

 己の獲物片手に撃ち合う騎士達。

 そこに飛び交う、赤や青、緑、黄色の光。

 光がカッと輝く度に、炎が生まれたり、水が噴水したり、風が竜巻を起こしたり、土の壁が現れたり。


 ハリウッド顔負けのCG合成に、思わず感嘆の声が漏れた。

 フィルター越しでもなんでもないので、CG合成じゃないんだろうけど!


 圧巻の訓練場。あちこちに忙しなく視線を動かす。

 あ、あっちの人の人の足元に黄色の光が……よくよく見てみると、円形で複雑な線が引いてあって……あっ、あれか! もしかしてあのふんわりとした光が魔法陣か!


 騎士服を着た男性の一人が、黄色い光の円陣の中に立っている。

 光がひときわ眩しく輝くと、男性の足下の土がせり上がり、人の背の高さの三倍はある円柱になった。


 男性はその円柱の天辺から、手元で小さな明かりをチカチカと赤く光らせる。

 赤い光から、幾つもの火球が地面に向かって降り注いだ。


 うわぁ……炎の尾が引かれて、流星群みたい。

 もはや剣を使ってないあの騎士は、魔法使いと名乗るべきなんじゃない?


「待たせたね」

「ロラン」


 熱心に訓練場を見ていると、ラチイさんが誰かの名前を呼んだ。

 声につられてそちらを見れば、訓練場の端を通るようにして歩いてくる、一人の男性。


 わーお、すごい。ここにもイケメンが……。

 肩で切り揃えられた金髪が、歩く度にさらりと揺れる。背が高くて体格も良いのに、それでいて男らしいゴツさを感じない不思議な印象の人。


 思わずまじまじと見つめていると、金髪の騎士様が私と視線を絡ませてきた。


「おや? そんなに熱心に見られてしまうと困ってしまうよ。僕に剣を捧げて欲しいのかい?」

「冗談はほどほどに、ロラン」


 剣を捧げるってなんだろう?

 私が聞き返すより早く、ラチイさんが切り返した。

 きょとんとしていると、ラチイさんが不満そうに騎士様にさらに言い募る。


「ロランといい、ダニールといい、智華さんを口説くのはやめてください」

「あはは、コンドラチイをからかうのが楽しくて」

「つか俺、別に口説いてねーし」

「そうでしたか? 貴方の趣味って女性の後を追いかけることでは?」

「ダニール、正直に言ったほうがいいよ。残念ながら、君が身の潔白を証明するのは難しい」

「だから口説いてないって人の話聞けよ!? そもそもちっこいのは俺の守備範囲じゃねぇ!」

「女性を貶すなんて正気ですか?」

「ダニール……」

「てめぇら俺をどうしたいんだ!?」


 三人で言い合いを始めてしまった。

 一人置いてけぼりで背の高いイケメンたちを見上げる。


 おーい、誰かお忘れではないですかねー。

 智華さんいますよー、ここに智華さんがいますよー。


 じぃ……と見ていれば、ラチイさんがハッと私の視線に気がつく。


「あっ、すみません智華さん。ご紹介がまだでしたね」

「そうだね。ラチイさんたちが仲が良いのは分かったから、紹介してくれると嬉しいね」

「ラチイ……」


 ぼそりと騎士様が何かを呟く。

 うまく聞き取れなかったけど、ラチイさんの名前を呼んだ?


 騎士様のほうを見ると、ちょっと驚いた顔をしていて。

 えー、何? 私の顔に何かついてる?


 騎士様を見ていると、ダニールさんが騎士様に近づいて、何かをこそっと耳打ちした。

 騎士様はそれに何度か納得したように頷くと、私に向かって笑顔を振り撒いてくる。


「ごめんよ。チカさん、だったね。僕は第一騎士団第二部隊長のロラン・クーバレフだ。コンドラチイの幼馴染みさ」

「はじめまして、笠江智華です」


 手を差し出されたので、私も握手を交わす。

 うわ、思ったより手が大きくて肉厚? 私の手がすっぽりと覆われちゃう。


 感心しながら手を離そうとしたんだけど、ここでまさかの問題が。

 なかなか手がほどけない。

 ロランさんが、手を離してくれない。


「えっと……ロランさん?」


 なんで私の手をにぎにぎしてるんですか?

 きゅっ、きゅっ、とさっきから私の手が痛まない程度の力でにぎにぎされてるんだけど……何故に?

 困惑した表情でロランさんを見上げれば、ロランさんは爽やかな笑顔を浮かべて手を離してくれる。


「これがあの魔宝石を作った人間の手だと思うと、つい感慨深くてね。なるほど、僕らの手とは全然違う。剣を握るのとは別の、細かい作業に向いている繊手だね」


 私と同じようなことを思っていたらしい。

 それだけで、なんだかロランさんとは気が合いそうだなー、とか思っちゃうあたり、私って単純?


 握手を交わし終えた私たちを見て、ラチイさんが改めてロランさんに向き合った。


「それで、ロランに差し上げた魔宝石の力を見せてもらいたんですが」

「もちろんだとも」


 ロランさんがそう言って、腰から剣をごそっと外した。

 目の前に差し出される。剣。鞘。あとベルト?


「ご覧の通り、剣帯飾りとして持ち歩かせてもらっているよ」


 赤銅色の剣鞘が刺さっている赤茶色のベルトを見れば、剣を固定している部分のちょっと上、腰のベルト穴の所に、見覚えのあるストラップが。


「……めっちゃぶら下がってる」

「うん? 何か変だったかい?」


 不思議そうな顔をしたロランさんに、ふるふると首を振る。


 ま、まぁ……スマホとか、鞄とか、そういうところに付けるのを想定していたからさ。ちょっと意外な所に付けられているのを見て、驚いたよね。


 別にストラップなんて「どこどこにつけなきゃいけない!」なんてルールは無いから、好きなところに付ければいいんだよ! ね!


「これ、確か……『炎の護り』だよね?」

「正解です」


 私の言葉に、ラチイさんは頷く。


 ロランさんが持っていたのは、私が『炎の護り』をイメージして作ったアクセサリー。

 護り、ということで、お守りをイメージして作った勾玉型のストラップだ。


 ラチイさんにお願いして、無色と赤色の樹脂液を用意してもらって、無色の樹脂を基本に、赤を混ぜこんで揺らぐ炎を表現。

 勾玉の尻尾の部分には赤系の貝殻シェルを薄く配置して、バリアっぽいものをイメージしてみた。


 シンプルだけど、透明感がウリの、勾玉ストラップ。

 縁起を担いで勾玉の形にしてみたけど、所詮はただのアクセサリーだった……はず。


 魔宝石という存在を知るまでは、ただのレジンアクセサリーだったはずのそれ。今ではただの勾玉ストラップなんかじゃなくて、未知のアイテムだ。


 自分の知ってるものなのに、違うものっていうのはなんだか変な気分。


 不思議な気持ちのまま、ロランさんが持っていた『炎の護り』を見ていると、ロランさんは剣帯を腰へと装着しなおした。


「魔宝石の力を見たいんだよね? これから訓練に入るから、よく見ていると良い」


 それじゃ、と片手を挙げてロランさんは訓練をしている騎士たちの環の中へと入っていく。

 近くにまで行くと、騎士たちがロランさんの様子を窺うように動きを止めていった。


「注目ーーー!」


 うわ、声大きい……!

 ロランさんの声が、ビリっと鼓膜を揺らす。

 騎士たちは一斉にロランさんのほうへと向き、姿勢を伸ばした。


「これより模擬戦闘を始める! 目標は僕の展開する結界の破壊! 魔力、知力、剣技を以て、結界を破壊せよ!」

「「「はっ!」」」

「いざ、尋常に!」

「「「参る!」」」


 ロランさんは怒号とともに、右手で剣を鞘から引き抜いた。

 そして鞘を支えていた左手が、腰の辺りを撫でる。

 その瞬間。


「うわぁっ」


 ちょ、何あれ!?

 それまで見ていた複雑な魔法陣とは全く違う陣が出てきた!?


 勾玉を二つ合わせた、赤と白の太極図みたいな陣。

 それがロランさんの足下半径三メートルに現れ、火の粉を散らしている。


「ロランさん、熱くないの……!?」

「あれは魔力の残滓みたいなもんだ。実際はあの魔法陣の縁から真っ直ぐ空に向かって結界が伸びてんだよ。よく見てみな」


 ダニールさんが示したと同時、離れた場所にいた騎士の一人が剣を振り下ろした。

 剣を振り下ろした軌跡をなぞるように、衝撃波のように空間が歪み、その歪みはロランさんへと迫っていく。


 えええ、何そのゲームみたいな技ー!


「ちょ、危な――!」

「大丈夫ですよ」

「ほら、見えたか?」

「え?」


 衝撃波のようなものが太極図の円周に到達した瞬間、触れた部分だけ六角形の格子のようなものが可視化する。バリアのようなそれに弾かれると、円周から炎が吹き上がり、うねりながら衝撃波を飲み込んだ。


 ……………………うわぁ、なんだ今の。


 どこがお守りなのかな?

 私の想像していたお守りと違う。


 これ、あれだ。

 お守りとかじゃなくて、むしろあれだ。


 どこぞの汎用人型決戦兵器のバリアに、何でも食べちゃう大食らいの火の悪魔がくっついています!?

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