第7話 王女殿下の依頼【後編】

 どうしたらお姫様に納得してもらえるのかな。

 行き詰まって視線を落とせば、頭上から言葉が降ってきた。


「王女殿下、一つだけよろしいですか」

「……なにかしら」


 ラチイさんがお姫様へと声をかけた。

 そろりと視線をあげれば、お姫様は私から視線をはずして、ラチイさんを見ている。


「元々、魔宝石によって発動する魔法の特定については未だ研究段階にあります。なので、どのような魔法が生まれるのかは、作ってみないことには分かりません」

「そんなこと知ってるわ。魔法の先生に教えてもらったわ」

「殿下ならご理解できませんか? 智華さんの『願いを叶える魔宝石』も同じなのです」

「それならあなたたちは嘘つきだわ。願いを叶えると言ってるのに、叶えられないんだから!」


 ぷくっと頬を膨らませて叫んだお姫様の言いぐさに、私はカチンときた。

 さすがの私も、自分の身に覚えのないことで嘘つき呼ばわりされるのは、我慢がならない。


「お姫様」

「今度はなによ」


 私がお姫様を呼ぶと、お姫様は拗ねたように唇を尖らせて私を見た。

 私はにっこりと微笑みかける。


「私は一度も、私の作るアクセサリーが願いを叶えるものだとは言っていません。それはラチイさんやダニールさんたちが、私の知らないところで付けた、勝手な価値です」


 お姫様が意味が分からないとでも言うようにますます唇を尖らせる。

 王族に逆らったら不敬だっけ? とか思っても、相手は小さなお子様だ。教育的なお話くらいはしても良いと思うんだよね!

 私は真面目な顔を作る。


「私は、私の作品に誇りを持っています。それを、魔法が使えないからって嘘つき呼ばわり? 私から言わせてもらえば、むしろ魔法がなければ男の一人も落とせないなんて馬鹿らしい」


 ソファーから立ち上がる。


 私にとっての魔宝石はアクセサリー。

 キラキラしてて、つるつるしてて、手に取れば心が踊るような、そんなアクセサリー。


 魔法がない世界で生きてきた私だよ?

 魔法が使えなくても、この程度のお姫様の「お願い」くらい、魔法がなくたって叶えられる! ……はず! たぶん! 恋愛経験、ないけど!


 でも、これだけは言わせて欲しい。


「男の子を夢中にさせるのに魔法の力に頼るのですか? そんなの恋する乙女の正攻法とは言えないでしょう!」


 啖呵を切った瞬間、お姫様のお顔がぼぼっと赤くなる。


「ふきゃ!? そ、そんな大きな声で恋だなんて言わないで! お父様に聞こえちゃう!」

「え? 恋じゃないんですか? 違うんですか?」

「ぴぇっ」


 唐突にお姫様の態度が変わる。

 あわあわして、三人のメイドに何かしら目配せしている。そのメイドさんたちといえば、分かっていますと言わんばかりに頷いているし。


 やっぱりね。精一杯背伸びしたくなるお年頃だっただけなんだよね。

 言葉は大人っぽくても、お姫様の中身はまだまだお子様ということ。

 そんな背伸びしたがる女の子が男の子を悩殺したい、なんてお願いする理由なんてたかが知れているもん。


 あわあわしていたお姫様が、顔を真っ赤にさせて私の言葉を遮った。

 口がつるつる滑っていく私を止めたいのか、ソファから降りようとしてはメイドさんに止められている。

 真っ赤な顔で可愛い反応をしてくれたお姫様に、私はもう一度、にこりと笑った。


「恋する魔法は乙女の兵法と先人は言いました。私の魔宝石の魔法を引き出せるのは、魔力なんかじゃありません。お姫様自身の魅力です」


 私は勢いのままに言葉を紡ぐ。


「お望み通りに、魔宝石をお作りしましょう。ですが、私の作った魔宝石から望む結果が引き出せなかったのなら、それはお姫様のほうに問題があるということ」


 お姫様がエメラルドの瞳を大きく見開いた。

 ここが正念場。

 とびきりの営業スマイルで、お姫様に問いかける。


「私の魔宝石を、それでも欲しいと思いますか?」


 お姫様は俯いた。

 考えているのか、じっと動かない。

 メイドさんたちが緊張した様子でお姫様を見守っている。


 お姫様がどう答えるのか。

 部屋の誰もがお姫様に注目している。


 お姫様が面をゆるりと上げた。

 エメラルドの瞳はやる気に満ちていて、唇は不敵に三日月を描いている。


 その表情を見て、私も口の端を持ち上げた。


「魔法が使えるかどうかは、魔力じゃなくて、わたくしの魅力次第……魔宝石の魔法を引き出すならば、私に今以上の完璧な『王女』を求めるということですか」


 ん?

 なんかちょっと違う気がするけど……まぁそれでいいか。


 納得したらしいお姫様が、メイドさんの手を借りずにソファから降り立つ。

 慌てるメイドさんをよそに、お姫様は私を毅然とした目で見上げてきた。


「面白いですわ、チカ様。このわたくし、あなたのその言葉を挑戦と受けとりました! ならばやって見せましょう。ラゼテジュ王国最高の王女として自分を磨き、見事あなたの魔宝石を使いこなしてみせます!」


 宣言するお姫様。

 私はそれでよしと頷いてみせる。


 ……は~、狙い通りに事が運んで良かったぁ。

 これでもし万が一、私が『男を悩殺する魔法のついた魔宝石』を作れなくても、私のせいにはならないはず……!


 もし魔法ができたとしても、そんな人の心を弄ぶような魔宝石は無い方がいいと思うし。

 お姫様の為にも、ね?


 話が終わると、私たちは速やかに退出を促された。

 お姫様はまだ幼いというのに忙しいらしくて、今日の時間も無理矢理作ったのだとか。

 やっぱり王族にもなると、子供でも時間にゆとりがないくらい大変なんだなぁ。

 頑張れー、と思いつつ、私たちは退出した。






「はぁ~、終わったぁ~!」

「お疲れさまでした」


 王宮から出て、馬車に乗る前にぐいーっと伸びをしたら、ラチイさんが労ってくれた。

 私は脱力して、ため息をつく。


「ほんとだよ。身に覚えの無いことばかりで焦ったよ」

「二つ返事で頷くかと思ったけど、チカちゃん案外慎重だったな? もっと気軽に応じるかと思ってたんだけど」

「自分に出来ないことを出来るなんて言わないよ」


 ダニールさん、私のことをそんなお気軽な子だと思ってたの? 心外~!

 私、これでも堅実的なほうだからね!

 むっとして唇を尖らせたら、ラチイさんがくすりと笑う。


「ダニールの言い分もわかりますよ。今まで智華さんにお願いしてきた魔宝石は、俺たちの期待以上の魔法を発揮してきてますから」

「そう、それ!」


 私はビシッとラチイさんに指を突きつける。

 魔宝石のあれこれについて、王女殿下に会う前にあれこれ聞いていたけど、肝心なことを聞いてなかったんだよ!


「私、自分の作った魔宝石から魔法が出るとこ見てない! それなのに自分の魔宝石に魔法が籠められているって言いきれるわけないでしょう!」


 ラチイさんにそう言い募ると、ラチイさんは「あっ」と今思い出したかのような声を上げた。

 そして申し訳なさそうに眉をへにょりとさせて、肩をすくめる。


「すみません。そういえばそうでしたね……」

「魔宝石は作るけどさ。あくまでもそれは私のできる範囲で、だよ。どうやって望み通りに魔法を籠められるのか、ラチイさんすら分からないものを私ができる分けないじゃん」

「その通りですね。すみません、色々抜けていて……」


 本当だよ!

 ラチイさんもちゃんと反省してほしい。

 その上で。


「ダニールさんもだからね。私がここに来ることになったのは、ダニールさんのせいが八割あると思ってます!」

「え、それ多すぎねぇ?」


 ダニールさんが心外なとばかりに目を見開いてるけど、ほんとうは十割くらいあげてもいいんだよ?


「そもそもダニールさんが私のことをお姫様に言わなければこの場が設けられることは無かったし、男を悩殺するなんておかしな言葉をお姫様に教えなければ話は複雑化しなかったと思う」


 この二点を上げるだけでかなりギルティなんですけど? 違う?


 私が真顔であげつらえば、ダニールさんはそろりと視線をそらした。

 ほらぁー! 目をそらすくらいには自覚あるんじゃん!


 ダニールさんがこちらに反論する様子も見せないので、私は溜め息をついてラチイさんへと視線を戻した。


「ラチイさん、もう一つ教えて欲しいんですけど。なんでダニールさんはお姫様に私の魔宝石のことリークしてるの? これ、流れて良い情報なの?」


 そう、これ。

 これ重要。


 私の魔宝石がラチイさんの研究対象って言われていたわけだけど、その情報ってオープンにしている情報なの?


 なんか色々、秘密にしたほうが良さそうな内容っぽいんだけど。

 私の気がかりを聞いてみれば、ラチイさんは苦笑する。


「一応、第三魔研がそういうものを研究しているという噂は流れています。実は智華さんに作っていただいた物の幾つかは、実験を兼ねて外部に流しているので」

「……おおっと?」


 ここに来て私の作っていた魔宝石について新情報が。

 依頼しているのは第三魔法研究室から、ということだったけど……実際どこにモノが行っているのか、私は知らないんだよね。


「……あの、今、いったいどなたが私のアクセを持ってるの?」


 作り手として、ちょっとそれが気になった。

 視線をそらし続けていたダニールさんがからりとした笑顔になって、私を見る。


「それならさ、チカちゃんの魔宝石の魔法を見に行くついでに、どんな奴が持っているか今から見に行けば?」


 ダニールさんが提案してくれる。

 えー、そんなこと言われても、相手の人に迷惑じゃない? アポなし訪問はちょっと気が引ける。


 私が躊躇していると、ラチイさんがそっと私の隣へと移動してきて、腰へと腕を回す。

 ふぉ!?


「ラチイさんっ?」

「ダニールもたまには良いことを言いますね」

「ははは、もっと誉めて良いんだぞ?」

「今の時間なら彼もちょうど良い時間ですかね。せっかくなので行ってみましょうか。王宮内の訓練場にいるはずなので、身構えなくても良いですよ」

「俺の扱い雑っ!」


 ラチイさんが、ダニールさんを無視して歩き出してしまう。

 私は恥ずかしいことに、ラチイさんに腰を抱かれてしまったので、その場に留まることもできずに渋々と歩き出すしかない。

 ダニールさんも、私たちの後ろから着いてきた。


 私は歩きながらうつむく。

 今から魔宝石の持ち主に会いに行くのは良いんだけどさ。


 お願いだから、ラチイさんや。

 この腰の腕。

 密着している体。


 この距離感をどうにかして欲しいです……!


 私はラチイさんにエスコートされながら、日本人らしい謙虚さからくる羞恥心に堪えるという苦行タイムに突入したのであった。

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