第6話 王女殿下の依頼【前編】
白くて冷たい、それでいて手に吸い付くようになめらかな扉を開けば、廊下と同じように天然の魔石が使われている白い壁と青い天井が現れた。
違うのは、床に紺の絨毯が敷かれているということ。
扉を開けた先に広がっていたのは、全体的に白く、それでいて深い青色が良い感じに配色された上品な部屋だった。
ソファーやローテーブルといった家具は清楚な白だけど、差し色に深く落ち着いた青色が使われている。
思わず「わぁ」と声が漏れた。
ザ・理想の部屋! って感じ。家具集め系のゲームとかで、ロイヤルシリーズ的な名前でありそうな雰囲気のお部屋。
そのロイヤルな部屋に、まずはダニールさんが入室した。
「失礼します、ダニールです。第三魔法研究室のフォミナ室長と、魔宝石職人のチカ様をお連れしました」
さっきまでと同じで滑舌よくハキハキ喋っているのに、口調はかなり丁寧になったダニールさん。これが大人の仕事モードというものか……勉強になるね!
作法も何も分からないので、私はラチイさんの後に続いて部屋へと入る。一応、入る時にラチイさんがお辞儀をしたので、私もそれにならってお辞儀をしておいた。
「お待ちしておりましたわ、ダニール!」
言葉通りに待っていたのかな?
聞こえた声がはしゃいでる。
声に惹かれるように視線を向ければ、白と青の上品な色合いのソファーに座っている、アンティークドールみたいな女の子。
わあっ、これが本物のお姫様?
めちゃくちゃ可愛いじゃん!
ふわふわとした金髪に、くりくりとした緑色の瞳。ふっくらしたほっぺはほんのりとピンク色に染まっていて、リボンとフリルがふんだんにあしらわれた淡い水色のドレスがよく似合っている。
まるで等身大のドールみたいな、小さい頃に憧れたお姫様をそっくりそのまま体現したような女の子に、私のテンション爆上がり!
近くには三人のメイドさんがいて、その内の一人が、私たちを部屋の中へと案内してくれた。すごいよ、リアルメイドだよ……!
ラチイさんにエスコートされて、ソファーへと向かう。
三人掛けられるソファーだったので、詰めようとしたら、ラチイさんに小さく腕を引かれた。
足を止めてラチイさんを見上げると、小さく口パクされる。
(行きすぎです)
ええっと、止まればいいのかな? 詰めなくて良い感じ?
どうすれば良いのかと思っていれば、ダニールさんがソファーの後ろに立った。ダニールさんは座らないのか。
なるほどと頷いていれば、お姫様がメイドさんの手を借りてソファーから降りる。ソファーに座ってると微妙に足が浮いてしまうのとか、すっごく可愛いチャームポイントだね!
「来ていただいて感謝いたしますわ、コンドラチイ。そして、魔宝石職人の方。噂の魔宝石職人にお会いできてうれしいですわ! わたくしは、ラゼテジュ王国第一王女のアレクサンドラです。よろしくね」
すごい、小学校低学年くらいに見えるのに、私よりしっかりしているんじゃないかな、この子!
私も、子供に負けないようにしっかりしないと!
「はじめまして、笠江智華です。コンドラチイさんのところで、魔宝石を作っています!」
「チカですね! 今日はよろしくおねがいしますね」
「はい!」
お姫様がぱあっと笑顔になって、両手を合わせて頬へと当てる。
小首を少しだけ傾けたそのポーズ。
めちゃくちゃあざと可愛い。
小さい子にそんな可愛いポーズされたら、宝石とは違う意味でときめいちゃうよ~!
「王女殿下。今日はご依頼のために時間を作っていただいたのですから、ご挨拶はこのくらいにしてもよろしいでしょうか」
「コンドラチイの言うとおりね! チカ、あのね。さっそくお願いを聞いてほしいの」
ラチイさんが促すと、お姫様はそう言って、再びメイドさんにソファーへと座らせてもらう。
あ~、ちっちゃくて可愛い~!
「私に出来ることなら、何でもやりますよ!」
「ほんとう?」
「もちろん! お姫様は何を作って欲しいんですか?」
私もラチイさんと並んでソファーに座る。座ったタイミングで、メイドさんがお茶とお茶菓子を出してくれた。わぁ、至れり尽くせり。
ティーカップから立ち上る湯気が冷める前に、さっそく本題に入ってみる。
お姫様はもじもじしてて、なかなか話し出せないでいる様子。そんなに恥ずかしい内容なのかな?
ティーカップに手を伸ばしながら考える。
これくらいの子が魔宝石を欲しがる理由ってなんだろう?
私なら自分で愛でる用に宝石が欲しいと思ってるけど……それこそちっちゃい時からね!
お姫様もそんな感じなのかなー、とか思ったけど、私と同じで考えちゃ駄目だよね。一国のお姫様が私みたいにカラス扱いとか不敬になってしまうもん。
うーん、それならやっぱり普通に贈り物とかかな?
母の日とか、父の日とか。そういうほっこりする感じ?
これならちょっと恥ずかしがっているのも頷ける。
だいたい見当のついた私はティーカップを口につけて、ほどよい温度の紅茶を口に含んだ。
「あのね、好きな殿方をノウサツする魔宝石が欲しいの!」
「ごぶっ」
むせた。
「智華さん大丈夫ですか?」
「うへぇぬれたっ、タオルっ」
火傷はなかったけど、顔の周りが大惨事!
ラチイさんがメイドさんから借りた布巾を手渡してくれた。ティーカップをぬぐってから、私は濡れてしまった口元と零れて首に伝っていったお茶をぬぐう。あちゃー、襟がちょっと濡れちゃった。
綺麗に水分をぬぐって、布巾をメイドさんに返した私は、もぞもぞと居住まいを正す。
そして不思議そうな顔でこちらを見ているお姫様に視線を戻した。
私はこほんと咳払いを一つ。
「お姫様。悩殺なんて言葉、どこで覚えたんですか」
子供が悩殺とかいう刺激的な言葉を覚えてるのどうかと思うの!
だから私は、そう口にしてみたんだけど。
「ダニールが言ったのよ? 殿方を落とすなら、悩殺してやればいいって」
「だーにーいーるーさーんー?」
犯人が以外と身近なところにいらっしゃった!
ぎぎぎっとブリキの人形のように首を巡らせれば、ダニールさんはあさってのほうを見ながら笑っていて。
「ははは」
「ダニールさん? 子供になんという言葉を教えてるんですか?」
「ははは」
「ダニールさん?」
駄目だ、視線を合わせてくれやしない。
詰めよってやろうかしらと思って腰を上げようとしたら、ラチイさんが私の腕を引いて押し止めた。
えー、何で止めるのよラチイさん。
ムッとしてラチイさんの顔を見上げれば、ラチイさんはなんとも良い笑顔をしていて。
「ダニール」
「ははは」
「責任とって魔宝石を作ります?」
「コンドラチイの無茶ぶりー! 無理だし! 俺の魔宝石の悲惨さを知っての言葉か!?」
「自分のせいでしょうが」
ラチイさんの目が一瞬で据わったものになる。
ダニールさんは呻いて、タスケテーと言わんばかりに視線をうろつかせた。
そこに現れる救世主。
「ダニールはイヤよ。第三魔研にいるくせに、ダニールの魔宝石はかわいくないし、魔法の力もないじゃない」
「殿下が俺の心を抉る!」
心臓を押さえて、残りHPをごっそり削られたダニールさん。自業自得です。
というか、今の会話の流れでちょっと気になることができあ。私はラチイさんの袖を引く。
ラチイさんはそれに気づくと、私のほうへと耳を傾けてくれて。
「ダニールさんってラチイさんと同じ第三魔法研究室の人だよね? 魔宝石を作るのがお仕事なの?」
「いいえ。一応、うちは研究室ですから。彼の研究テーマは、魔宝石に蓄積する純粋な魔力量のみの増加なんです」
そういえば研究室って言ってるもんね。
お仕事はやっぱり研究になるんだ。
「魔宝石の魔法だけを研究するんじゃないんだね」
「そうですね。ダニールの場合は太陽の樹液が研究対象になります。なので
ふぅん。調べてるものの対象が違うんだ。
そこでさらに出てくる疑問がもう一つ。
「
「駄目ですね。魔法化させるには配置に何らかの法則があるようなのですが、ダニールにはそのセンスが壊滅的なようでして」
にべもない言葉に、私はそういうこともあるのかと頷いておく。
ラチイさんとこそこそ話していると、ダニールさんを撃沈させたお姫様が私に声をかけてきた。
「ねぇ、チカ。チカなら、殿方をノウサツする魔法をいれた魔宝石を作れるのよね?」
ダニールさんを無視されて要求される、とんでもないブツ。
それねぇ。私、それの為に呼ばれたんだと思うんだけどさぁ。
私は神妙な顔を作って、お姫様と向き合う。
「お姫様、お答えする前にお伝えしたいことがあるんですけど……お話しても、いいですか?」
「まぁ。何かしら?」
こてんと首を傾げるお姫様。たっぷりの金髪がふんわりと揺れる。
あーもー! さっきから言ってるけど、あざと可愛い過ぎる……!
私はそんな可愛らしいお姫様をまっすぐに見て。
「あのですね。実は私は、私の魔宝石がどんな魔法になるのか全く分からないんです。だから出来るとは言えません」
「え?」
お姫様が驚いたように目を見開いた。
そうなんです。私ってば、魔宝石って実は本物のマジックアイテムなんだ! ってカミングアウトされたのがついさっきでして。
だから、無責任なことは言えないんだけど。
「でも、お姫様に欲しいと思ってくれるようなアクセサリー……ううん、魔宝石を作りたいと思っています。たとえば、お姫様がその魔宝石を見た時に明るい気持ちになれたり、勇気が出たりするような。そんな魔宝石です。それじゃ、駄目ですか?」
「………………」
お姫様は黙ってしまう。
難しい顔になって、愛らしいお顔が翳ってしまった。
あー……。やっぱり納得できないかなぁ……。
でもさ、正直言うとね? こうして要求された物のイメージが私の想像していたものと違ったから、こうとしか答えられないんだよね。
私は、ラチイさんが今まで私に依頼してきたように「◯◯のイメージで」とか、もしくは「こういうデザインにしてほしい」というお話をするのかと思って、気軽にここに来たんだよ。
そこに突然の「この魔法をいれた魔宝石が欲しい」というお話。
普通に考えて無理だよ!?
私が今まで作ってたという魔宝石がどんな魔法になったのかすら分かんないのに、無茶振りはやめて欲しい……!
でもそれは私の側の事情で、お姫様には私がすごい魔宝石を作れる人だという認識があると思うんだよね。わざわざ私を指名するくらいなんだから。
でもさ、指名されたのは私なんだよ。
ついさっきまで、私は魔法を非科学的なものと思ってた人間なんですよ。
そんな人間があっさり魔法のメカニズムについて分かるとでも!?
改めて思う。
ラチイさん、やっぱり今回の依頼の無茶振り度がひどくないですか?
恐らく、この状況が読めていたからラチイさんは私の判断で断っても良いと言ってくれたんだと思う。
思うんだけど。
できればもっと詳細に、尚且つ、魔宝石に関する魔法の知識とかも教えてくれるとありがたかったかな……!
黙ってしまったお姫様。
私はちらりとラチイさんを見上げた。
ラチイさんは少しだけ困ったように眉を下げて私を見ていた。
視線が合うけど、困ったように微笑むだけで何も言ってはくれない。
もー! 困ってるのは私のほうだよー! どうにかしてよー! 助け船くらい出しても良いんじゃないのー!?
ここでこそ地団駄踏んでやりたいんですけどー!
沈黙がー! つらいー!
私が沈黙に耐えきれずに、そろそろこちらからアクションを起こすべきかと思い巡らせ始めた頃、ようやくお姫様が顔をあげた。
お姫様の、エメラルドのような瞳が私を真っ直ぐに映す。
心なしか、その色はくすんでいるように見えた。
「チカ」
「はい」
「魔宝石に、わたくしの望む魔法はこめられないということ?」
私は頷く。
だって私は、私の魔宝石にどんな魔法が籠められていたのさすら、知らないんだから。
「魔法がきちんと籠められることに対して、保証はできないです。私自身、まだ自分の魔宝石で魔法が使われているのを見たことがないので」
「でも、あなたの魔宝石は、どんな願いも叶えられる魔宝石だって、ダニールが言っていたわ」
お姫様はその顔からは子供らしい表情を一切消して、淡々と私に言い募る。
私の知らないところで広まった過分な評価に、今度は私が閉口する番だった。
どう答えればいいんだろう?
私が異世界から来たことは、ここでは理由になるの?
この世界に来て、本当の魔宝石について知ったのはついさっきだからっていう理由で、幼いお姫様を納得させられる?
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